敬意の重み
それから三日間。我王は大人しく療養に励んだ。生きる目的が体にもたらす効果は絶大で、常人では考えられないスピードで瞬く間に回復した。生死の境を乗り越えれば強くなる。なんてことはなく、どちらかというと寝ていた体は鈍って、前より少し重く感じている。
三日後の早朝から、我王は早速家を出た。一人でも問題はないのだが、そこに宮も着いてきた。宮はスキル所持者だが、余程のことがない限り戦闘に参加させることは無いだろう。よって戦い方を学んでも大した意味は持たない。おまけに学んだところで、宮のスキルは我を失うバーサーカー。戦闘中、学んだ知識を活かすことだってできやしない。
それでも我王に文句はなかった。これからを生きる上で宮にも居場所は必要だし、自分がいつまでも守り切れるとも限らない。自身の命ですら明日の保証はないのだから。そういう訳で、居場所は強固なものでなくてはならない。魔物に負けない物理的な強さは勿論、内部紛争のない結束力、道を標すべき先導力、その他諸々強い環境に身を置く必要がある。
マルス・エメルダはそれらの力を持っている、若しくは所持している可能性がある。戦い方はもちろん、我王は自衛組織への入団についても考えていた。
「我王はマルスと話したことがあるんでしょ? どんな人だった?」
「不愛想だが、悪い人間ではないと感じた。だが本性は未だ分からんし、どんな人物かは、お前自身の目で見て確かめるのがいいだろう」
後は無言で歩き続ける二人。両者とも別段居心地が悪いとも思わない。それができなければとうに親友などやめている。我王と宮。この相反する二人が親友となった理由、そこにはとある事柄が関係していた。
それは三年前、我王がまだ中学生だった頃の話。この頃から、既に我王は強かった。周囲が兎として生まれる中、虎として生まれた我王に弱かった時代などありはしない。対して宮はさながら鼠。それも愛玩動物のハムスターといったところ。生まれながらの弱者であった宮はいじめの恰好の的だった。そんな宮を我王が救った、という訳ではない。厳密に言えば間接的には救ったのだが。
我王はいじめを見て見ぬふりはしない。胸糞悪い連中は全て叩き潰す。しかし我王が行うのはそこまでで、その後に救った者と慣れ合うことはしない。だから宮をいじめる者を懲らしめたら、それで我王の役目は終わりを迎えるはずだった。
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「おい、貴様ら。今から貴様らを叩きのめす。なに、光野にしてやったことが返ってくるだけだ。文句はあるまい」
「――――が、ががが、我王……くん……これは違――」
「それ以上喋らん方がいいぞ。舌を失くしたら飯が食えんようになる」
校舎裏。三名の生徒は体を震わせ顔を見上げる。その角度はほぼ垂直で、対して我王は巨体の上の高みから、地に向け眼を下ろしている。宮はその傍らで血反吐と吐瀉物に塗れながら、這いつくばるように地に伏していた。
「ゆ、許して……」
「間抜けか貴様、俺に謝ってどうする。許しは光野に乞え。もっとも光野が許したところで、俺が止めるかは知ったところではないがな」
鉄の拳を振り上げる我王。危機が迫っているにも関わらず三名は恐怖に駆られ、慄き、抵抗はおろか身動き一つ取ることさえできない。
これから三名には途轍もない暴力が振るわれる。我王は宮にしたことが返ってくると言ったが、我王の拳がその程度で済むはずがなかった。
「や、やめて……」
腹を蹴られ口を切り、声を出すことさえ困難なはずの宮は、そんな我王を止めるべく、必死に声を絞り出した。
「やめて……六帝くん。その拳を下ろして、お願いだよ……」
制裁を止めるよう懇願する宮、それを見る我王。しかし視線は向けど、その拳を下ろしたりはしない。
「博愛精神は結構だが、そんなことでこの屑共は反省したりせんぞ。体にみっちり教え込まなければな」
それだけを伝えると、我王は再び視線を戻す。最早三名は失神すんでのところで、次の瞬間にはそれが叶う訳だ。振り下ろされる我王の拳をもってして。
「だから! やめろって言ってるんだ! 僕の問題を、僕の試練を、勝手に君が解決するな!」
唸る鉄拳が顔面を貫く間際、我王の動きはピタリと止まる。
「なんだと?」
まるで時が止まったかのように静止する我王だが、首から上だけをゆっくりと、負け犬であったはずの宮へと捻る。
「余計なお世話ってことだよ。僕は確かに弱い。だからこうして今、不甲斐なくもいじめられている。だけどね、僕は強くなりたい。それは虎の威を借るんじゃなく、自分自身が真に強くなるってことだ。”許しは光野に乞え”だと? そうしてやるさ! ただそれは、六帝くんの台詞じゃない!」
そして我王は拳を引いた。ここで殴れば宮の誇りを傷付けることになるから。同時に宮に興味を持った。逆境においても、命の炎を滾らす光野宮という男に敬意を抱いたのだ。
その後、宮へのいじめはなくなった。宮には不本意かもしれないが、結局は我王の威に怯えた三名は、二度と宮に近付くこともなくなった。声を掛けたのは意外にも我王の方。特にいじめについては触れることもなく、お堅い日常会話から宮へと話を振ったのだ。宮も宮で、元来は穏やかで朗らかな性格。特に根に持つこともせず、笑って我王に言葉を返した。
我王は、敬える者を友とする。肉体の強弱は関係ない。尊敬すべき点があるなら、敬意を払いその者に接するのだ。そして、マルス・エメルダは敬意を払うに値するだろう。自身には持ちえない、特別な力を備えているのだから。