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魔物の文明

 船を泊め、魔物の住む港町へと降り立つ頃には夕刻を回り、次第にぽつぽつと街の明かりが灯りはじめる。人の暮らしを思わせるが、しかし行き交う全てが異形の者。


「こ、これは凄まじい光景ですね……」

「まるで、異世界に来ているようだわ」


 我王からして見れば異世界なのだが、この世界に住む者には現世であるはず。しかしそんなセラフィやユリアからして見ても、現実とは思えない光景が目の前に広がっていた。


「主に町を形成するのは人型の魔物が多いね。人語を解する者も多いし、君たちが暮らすこともできる。もっとも種族間でまとまるケースが大半だから、コミュニティに入るのは難儀だろうがね。レベルは君たちで言うところの凡そファーストからセカンドが精々だ。人型でサードレベルまで到達する者は非常に稀な存在だよ」


 人型でサード以上と言えば、サイクロプスが該当する。しかし彼らは巨人であり、町に住めるかといえば不可能だ。彼らは彼らで、別個で生活圏を形成している。


「だから君達は特殊なんだよ。セカンドレベルの魔物を軽々と倒すなんて、そんな者は魔物をして、その体躯ではありえないことなんだから」


 イゴールが先頭に立ち、そして皆が付いて回る。人の暮らしを思わせると先は述べたが、生活レベルはまるで違う。野蛮な魔物であれば低いのか、いや、逆である。魔物は魔力というエネルギーを持ち、その力はあらゆる箇所に散りばめられている。


「おい、あの車は……馬を引かずに走ってねぇか?」

「魔力の力で動かす車さ。それだけのこと、固有の名称は特にないよ」


 幅の広い街道には、馬車の客車を思わせる籠が走っている。四方にはランタンを下げて道を照らし、誰が引くでもなく、自然に車輪が回っているのだ。自動化に疎いマルス達には異様な光景に見えただろう。しかし我王は近い物を、元の世界を通じて知っている。


「まるで、自動車のようだな」

「自……動車?」


 我王の漏らした呟きに首を傾げるイゴール。転生者である事実はイゴールには内密のことだ。妙な間に気付いた我王は、慌てて発言を訂正する。


「い、いや、なんでもないんだ。自動で動くから、そういう名はどうかという話だ」

「面白いね。しかし自身の魔力を使っている以上、自動とは言い難いかな。魔力で動く車、魔動車なんてどうだろう?」

「それは、いいかもな」


 咄嗟に誤魔化してみせたが、怪しまれまいかと顔色を伺う。しかし存外イゴールは純粋で、ともすれば幼さを思わせる無邪気な顔を浮かべていた。


「いずれはレールを引いて、町と町を繋ぐ車を作りたいのだ。交易に非情に役立つと思うんだよ」

「電車――いや、魔列車ということか」

「そのネーミングもいいね、頂きだ」


 アイディアを思うイゴールの表情。本来の興味がそこにあるのか、試合で見せた仮初めの嘲笑より、よほど活き活きとした姿を見せている。


「おい馬鹿、魔物に協力してどうするつもりだよ」

「あ、いや……悪い……」


 マルスは呆れ顔をしてみせるが、しかし本音を言えば彼も、全てを忘れて童心へと帰りたいと思っているに違いない。


「ここが今日の宿だ。人界ではカルネージの宮殿を使わせてもらったが、とても劣悪でね。一般の宿でも魔界の方がよほどサービスが行き届いているよ。案内役にはカーネリアを付ける。私はこの町の視察をするから、明日にでも感想を聞かせてくれよ」


 それだけ残して、イゴールは宿を背にして雑踏へと消えていった。


「では、宿に入る前に晩御飯にでも行きましょうか。宿の料理もいいですが、私お勧めの場所があるんですよ」


 そんなカーネリアからの誘いだが、ある種、敵地ともとれる町であり、毒を盛ることだって容易だろう。しかし魔界まで連れてきておきながら、幾らなんでも回りくどすぎるし、話すカーネリアには悪意という悪意は見られない。


 よほどのお気に入りなのか、浮足立つカーネリアに連れられ辿り着いたその場所は、海沿いに建つ一軒のレストラン――というより、海の上のレストランといった方が正しいかもしれない。波立つ海上に橋が架けられ、浮島のように店が建つ。海面は見下ろすでもなく屋内へ続いて、店の中央で白波を立てている。


 陽も落ちた暗闇の夜、店には煌めく魔力の照明が灯される。光は水面の色を吸い取って、店装を淡い海色に染めていた。


「いらっしゃぁい――って、カーネリアさん! イゴール様のお付き添いで?」

「そうなのですが、今は違います。もてなしたい者達がおりましてね、それで連れて来た次第です」


 カーネリアと挨拶を交わすその魔物は、見た目はまま猫のよう。しかし二本足で立つその様は、まるでアイルランドの伝承、ケット・シー。建物に居付く猫を戯れに猫駅長、猫店長などと例えられることもあるが、それを地でいく稀有な例。その猫人は我王たちへ目を向けて、猫ならではに縦に瞳孔を開いて見せた。


「に、人間? 人間じゃないっすか!? なぜ魔界に人間が?」

「イゴール様が連れてこられたのですよ、国の来賓と言ってもいい」


 まさか人間をと、猫人は訝し気な視線を向けるが、すぐに首を左右に振った。


「いけにゃい。僕としたことが、偏見なんてあまりしないんだけどな。あんまり珍しいもんで、ついつい好奇な目で見ちまったよ」


 その言葉を聞くに、一行は呆気に取られてしまう。相手は恐ろしいとされる魔物であって、逆の立場に置かれた時に、果たして同じことを思えるのかと。


「はじめまして、人間さん。魔界料理は初めてかもしれないけど、腕を振るうから楽しみにしてなよ」


 猫人に席に促されて、借りてきた猫のように腰を下ろす。テーブルにはクロスも掛けられており、その白色を見ただけでも、衛生の問題は無いのだろう。


「い、意外ね。もっと軽蔑の眼差しで見られると思っていたわ」

「多種多様、異種混合も甚だしいですからね。種族への偏見は、私たち人類に比べて少ないのかもしれないですね」

「セラフィさんの仰る通り、多種族の流入は魔界では当然のこと。とはいえ、みな仲良しと言う訳でもありませんよ。小競り合いもありますし、馴染めない種族も存在します。ですが少なくとも、容姿で決定されることはありません。あくまで中身で判断し、例え嫌われる種族でも、個人としては認められるケースは多々あります」


 種族でコミュニティを作る理由、それは人種以上に肉体の構造差があり、交配を鑑みれば当然の集まり。しかし何ともない日々の営みであれば、種族を理由に退けたりはしない。魔物は個体数が少ないが故に、他種族とも協力しやすい環境を生み出すのは、自然の流れだったのかもしれない。


 その後は雑談に華を咲かせ、暫くして料理の数々が運ばれる。そこには魔物の先入観からくる、血の滴る肉なんてオチはなく、海の幸を使った新鮮な料理が皿の上に盛られている。


「これって、本当に料理なの? 器も彩りも、まるで芸術を見ているようだわ」

「皿の素材はガラスで合ってるよな? 透けて向こうが見えちまうなんて……」


 皆は驚嘆を露わにするが、我王からすれば慣れ親しんだものに近い。ガラスの食器類はもちろんのこと、料理に彩りを意識することも自然なことだ。魔力を源とした照明も、電力で灯すそれと類似する。


「食事には栄養の補給はもちろん、娯楽としての目的もあるんです。そしてこれからはじまるエンターテイメントに、私がこの店をお勧めした理由があるのです」


 波音に混じり、ぱしゃんと一つ、海面を揺らす澄んだ音色が。振り返れば水面に立つ者、オブジェと思えた海の景色は、幻想の舞台へと移り変わる。


 純白の翼に黄金の美髪、白き衣を纏う姿は、まるで天使の降臨を思わせる。しかし水面に触れるのは鳥の趾、手には銀の竪琴を抱えている。


「セ、セイレーンか……」

「よくご存知で。ここはセイレーンの歌が聞ける、劇場レストランなのですよ」


 静まる観客を前にして、セイレーンは懇ろに腰を折ると、岩肌の一つに腰掛けた。


「カーネリアにそっくりね」

「ですね、しかし声帯がまるで違います。辿れば先祖は同じだったのかもしれませんが、そのような文献はありません」

「でも、私はあなたの声も好きよ」

「はは、嬉しい限りですが、叫べばやっかみがられる金切り声です。対してセイレーンは、断末魔でさえ美しいと聞きます」


 白魚を思わせるセイレーンの指先、それが竪琴の弦に触れて、そして清声が奏でられる。一切の濁りを含まない、妙なる歌声に皆が聞き惚れる中、ふとマルスが口を開いた。


「セイレーンの歌声は、人心を惑わすと言うが……」

「確かに魅了されて然るべきです。しかし、歌声自体に害はないのですよ。魔法でも洗脳でもなく、あくまで声質で魅了して、付いてきた獲物を襲うといった種族です。ここで働く者達にその気はないですし、歌声を耳にして生き長らえたとしても、セイレーンが死ぬようなことはありません」


 カーネリアが一つ足したこと。マルスが伝承を語るものだから、伝承の話を付け加えただけ。それはセイレーンの歌を聞いた上で、生き長らえることができた場合、セイレーンは死ぬ運命にあるというもの。しかし当然、種として生きるセイレーンにそのような呪いは存在せず、強いていうなら、魅了されないことに対してちょっぴりプライドが傷付くくらいだ。


「歌声を狩りに使うより、こちらの方がよほど天職だろう。皆に好かれて生きることができるのだから」

「そうですね。そして実際、元は平和的な種族だったそうです。しかし美しい声を持つセイレーンを、ものにしようとする者が現れます。それは次第に悪化して、断末魔の為だけに捕らえられる者が出る始末。乱獲されるセイレーン達は翼を使い、陸を捨てて海へ逃げました。しかしセイレーンにできることは歌を奏でることだけです。そうして、セイレーン達は船乗りを魅了して襲うようになった――という訳です。今では海中での生活に適応し、半身を鳥ではなく、魚にする者もいるそうですよ」


 悲劇を生きたセイレーン達。伝承に於いてその姿は、鳥とも魚とも言われている。しかしそのどちらも、正しく同一であるのかもしれない。


「なんとも憐れな種族だが、しかしこの場のセイレーンは大丈夫なのか?」

「店で働くセイレーンは、表面上イゴール様に仕えるという呈を為しています。実際は何の拘束もしておりませんがね。しかしイゴール様の所有物に手を出すなど、そんな無謀な輩はおりません。故に安全は守られているのです」


 力は私欲に使うのではなく、民を守る為に行使する。それを体現した、イゴールという権力の提示の仕方。弱者を守る為ならば、全ての権力が悪という訳ではない。


 生き抜く為でも、ましてや騙す為の偽りでもなく、純粋に歌唱を楽しむセイレーンの奏では美麗かつ開放的で、身を委ねる我王たちも同じく、その歌声に純真無垢に酔いしれた。


 店を出た後にも体に残る浮遊感、頭は幻に浸るかのように夢心地だ。


「なんだか、魔物の生活にジェラシー感じちゃうわね」

「確かにすげぇが、魔法が為せる業だな。こんなこと人間には到底できねぇ――」

「違うぞ、マルス」


 それは狐に化かされたような、幻覚とも近い体験の数々だった。しかし我王は知っている。人間が見聞き想像したものは、いずれ必ず実現できると。人間とはかくも夢に溢れ、不可能を可能にしてきたということを。


「魔物の営む生活は、俺のいた世界に酷似している。よく見ておくんだマルス。未来は実現する為に思い描き、諦めさえしなければ、いずれ必ず到達できる」

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