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マルス・エメルダという男

 神に創られし肉体は特殊で、強靭さもさることながら、回復力も人並み以上に優れている。それでも此度の戦いで受けたダメージは甚大で、ベッドに横たわる我王は回復を待ちながらも、逸る気持ちを抑えきれずにいた。


(ジュエラレイドとは、どういう組織なのだろう。男は自衛組織といっていたが、正義の為に戦う集団なのだろうか)


 我王はジュエラレイドに興味を示していた。彼らなら、この世界で戦う術を知っているかもしれない。あわよくば、その方法を教えてくれるかもしれないと。身動きの取れない我王にとって、実行に至れないことが何より苦痛で、無理やりにも体を動かそうとする我王を、宮は何度もベッドに戻した。


「駄目だよ我王。今はちゃんと休まなきゃ。なんなら僕が話を聞いてくるからさ」

「いや、そういうことはちゃんと自分で話したい。面と向かわなければ相手に失礼だ。教わることを求める以上、相応の敬意を払わねばなるまい」


 何度もくどいが、我王は決して悪ではない。認めた相手には敬意を払うし、礼節も尽くす。それはジュエラレイドに対してもそうだし、宮に対してもだ。彼を動けぬ自分の代わりに使いに出すなど、我王の定める礼儀を逸脱するものだった。


「それにしても、閏は今頃どうしてるかな? 元気にしてると良いけれど」

「閏なら問題無いだろう。あいつは強かだし、悪に走るような女でもないはずだ」


 魔物襲来のその後のこと、闇代閏は町を出た。彼女が話をした者、それは王国に属する者だった。ゴーレムの襲来時、その時偶然シャマル王国の者がバルカン王国に属するこの町、リヴァーを訪れていた。その者は戦闘を嗜んでおり、襲来したゴーレムと戦わんと震える足で戦場へと向かったのだ。そんな彼が目にしたのは――


 戦場を舞う閏。可憐な少女が、華麗に攻撃をいなし、躱し。屈強なるゴーレムを次々と破壊していく。その姿はまさしく闘神。闘う為に生まれた女神。そう感じるほどに閏の戦闘は神々しく、人類にとって光り輝くものであった。


 一部始終を見たシャマル王国の者は、その後閏に声を掛けた。自身の国に来て欲しいと、平和の為に力を貸して欲しいと。彼は絶大なる敬意を閏に払った。歳の差や身分でみれば男の方が遥か上だ。しかし目の前の少女は彼の敬う神と同等の、いや、それ以上の存在に思えたのだ。


 閏ははじめ断った。バルカン王国に属する町だからだとか、国同士のしがらみに配慮した訳ではない。それはきっと、我王と離れたくなかったから。しかし我王は行けと言う。ここに留まっては、世界を救うなんてことはできないと。だったら我王も一緒に来てと閏は求めるが、それを我王は断った。我王にはこの町に留まる意味があり、目的がある。


 こういう時の我王は絶対に意志を曲げたりはしない。名残惜しくも町を離れる決意をした閏は、最後に一つ、我王の手を取り言葉を残した。


「何があっても、私達はずっと仲間だよ」


 当然といえば当然の言葉。しかし神妙な面持ちな閏を茶化すことはせず、我王は黙って閏の言葉を心に刻んだ。


 そして、閏が町を離れて一週間が経過した。我王の体は着実に良くなり、立って歩くことができるまでには回復した。この時を待っていた我王は、早速その体で表へ出ると、復興を続ける町の中を覚束ぬ足取りで歩き始める。


 しかしジュエラレイドという名は知れど、その一味がどこにいるのか我王は知らない。居場所を知るべく、復興に勤める町の者に声を掛けると、その者は瓦礫から手を放し、我王より一回りは小さいが、丹念に鍛えられた体を我王の方へと向けた。


「あ、あなたは――」

「てめぇ、あの時の――」


 目の前に立つ者。それはまさに、死にかけた我王を救った男。会いたいと願った、ジュエラレイドの一員の男だった。


「俺は六帝我王という者だ。あの時、あなたが現れなければ俺は確実に死んでいた。まず、その礼を言わせてくれ」


 頭を下げる我王を前に、男は不躾に頭を掻き始める。それは気恥ずかしさからだろうか。いや違う、命の恩人であるこの男は、そんな柄の良い人間ではなかったのだ。


「礼っつうのはよ。言葉じゃなくて金で表すもんだ。それを覚えな」


 その言葉に面を上げると、咄嗟に懐に手を置いた。しかし持っているのは僅かばかりの通過のみ。とても命の対価を払えるような額ではない。


「す、すまない……今は持ち合わせはないんだ。だがいつか必ず――」

「そして、金は契約を結んだ者に支払うもんだ。それも覚えな。今回はてめぇとなんの契約も交わしてねぇ、よって金を求められて支払う義務はてめぇには存在しねぇ。もっとも、契約を結んだ相手ならば、必ず支払いは遂行させるがな」


 言うだけ言って名乗りもせず、背を向ける男は再び復興を再開する。しかし我王の目的は礼を伝えることではない。あくまで魔物と戦う手段を知る為だ。


「待ってくれ! 俺はあなたに用があるんだ! ジュエラレイドとはなんなんだ。そして、どうやって魔物と戦っているんだ。俺はそれを知りたくて――」


 引き下がらぬ我王を相手に、耳に届くほどに舌を打つその男は、振り返ることもなく我王の言葉に怒号を被せる。


「うるせぇ! 黙れ! 死に損ないが戦う方法を知って何になる! 見た目ほどのダメージではなかったみたいだがな、それでもてめぇは重傷なんだ。全治するまで数か月、大人しく家に引っ込んでろ!」


 口汚い言葉で我王を罵るその男。感情を逆なでするような言い種だが、我王は冷静に、その言葉の内容にだけ耳を傾ける。


「全治すれば、俺の相手をしてくれるのか?」

「ああ、覚えていたらしてやるよ。だから今はとっとと失せやがれ!」

「だったら、三日後に再び来る。場所はどこがいいか決めてくれ」

「――――は?」


 再度作業の手を止めた男は、今一度我王の方へと向き直す。満身創痍に見える目の前の人間は、三日後には全快して現れると言っている。そんな冗談を間に受ける者はいない。しかし、男には我王が嘘を言っているようにも思えなかった。


 そして、男はあることを察した。それは魔物襲来時の戦場に現れた一人の女。その女の強さは、百戦錬磨の男の目をして異常と言わしめるほどの実力者。男も男で魔物と対峙しており、戦う内に、いつの間にか女は場から姿を消していた。


 その女は閏。男にとって閏の生死は不明だったが、それでもその尋常ならざる強さは男にある考えを過らせる。そして目の前に立つ我王は、女と同じくこれまでに町で見たことのない顔ぶれ。


 この男は、あの女の連れなのでは?

 そして、あの女が”そう”であれば、この男ももしや――


「てめぇ、転生者なのか?」


 男は、閏を転生者だと予測した。転生者とは遥か太古に現れたとされる、類稀なる力を持つ者。平和を築きもすれば、厄災をもたらすともされる、希望と絶望の狭間の存在。


「ああ、俺はミラノアという神から生み出された、紛れもない転生者だ」


 その言葉に俯く男は肩を震わせ、囁くようにこう呟いた。


「くく、ようやく俺にもツキが回ってきたみたいだな――」


 その声はあまりにも小さく、我王の耳にまで届くことはなかった。


「いいだろう。三日後に武器屋に来い。そこが俺達のアジトでもある。武器屋の者には俺の名を言え、そうすりゃ俺のところまで案内してくれる」

「分かった——が、俺はあなたの名を知らない」


 首を傾げる男。自分が名乗っていないことなどとうに忘れていたようだ。


「そういやぁ、自己紹介が遅れたな。俺の名はマルス・エメルダ。自衛組織ジュエラレイドのリーダーだ」

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