凍てつく激情 燃え盛る神の劇場
食事を終え暫くの雑談の後のこと、外の様子を見に伺うと、十字の畑の一角で佇むマルスの姿がそこにあった。背後に寄れど振り向きはせず、ただ墓の全景を一望している。
「マルスよ、ラピスを恵んでやることはできないのか?」
「それは駄目だ。最悪、女に恵んでやるだけなら構わねぇ。だが、教会に訪れる子供達まではできねぇよ。噂はすぐに世間に広がり、バレれば俺達がたかられる。そして他にも何か恵んでもらってないかと、教会が、女が襲われることになる」
「そうか……」
我王の淡い要望は断たれてしまった。しかしマルスの言うことは単なる切り捨てではなく、現実問題を見据えてのこと。ならば我王も受け入れざる負えなかった。
「それにな、あの女は一人恵まれることを良しとしねぇよ。だから女個人を恵んでやることもできねぇ。残念だが諦めるんだな、カルネージが変わらねぇ限り、あの女は救われねぇんだ」
残酷だが、それが現実。非情なのは世界であって、決してマルスの判断ではない。それどころかマルスは、真にラピスの行く末を想っている。
「さあ、今日はもう宿に泊まるぜ。そして、あの女とはもう関わるな。それが俺らの為でもあり、ラピスの為でもあるんだよ」
ラピスを恵んでやることはできない、それが今の現状だ。だが世界を変えることさえできれば、きっといつかは救える日が。我王は一人決心し、そして教会を後にする。振り向けば手を振るラピスの姿が、どうか今後の彼女の人生に幸あれと、そう願う我王の想いは神の御心へ――
そうして一行は宿に泊まり、翌日のこと。未だ朝日も昇り切らぬ、冷え込んだ朝の頃合い。胸騒ぎが訪れて、不意に我王は目が覚めた。試合までには猶予はあるが、油断は禁物なのだと、それを体が知らせているのだろうと、そう思った我王は鍛える場所を探さんと、早朝から宿を出ることにした。
人気も感じぬ静かなる町の景観。一見すれば平穏で、仮初めの平和を眺めながらに歩いていると、南西の空、そこに立ち上がる黒煙が我王の目に映り込んだ。
ドクン……
耳に伝わる程の鼓動が、体の内より鳴り響いた。我王はその方角に覚えがあった。つい昨日のことで、宿へと向かう道のりの起点となった場所。それはつまり――
「きょ、教会の方角だ……」
直後、我王は走り出した。マルスには関わるなと言われたが、やはり捨て置くことなどできはしない。スキルを使い、最短最速でその場所へと走り行く。今朝に感じた胸騒ぎは、このことだったのかと。そしてどうか、それが杞憂であってくれと。しかし総じて、悪い予感というのは当たってしまうもので――
辿り着けば火の手のあがる教会。消火を行うか、または周囲に避難を呼び掛けるか。しかし一分一秒も惜しい我王は、駆ける足を止めることなく、体をかまして教会の扉を突き破った。
崩れる扉のその先の光景、そこで我王が見たものとは。
身廊の奥、後陣に掛けられる十字には首無き聖者が磔に。燃え盛る内陣の祭壇には、変わり果ててしまった、ラピスの首が供えられて――
「う、うぅ……うぉおおおおおおお!」
我王は甘く見ていた。この世界の常識を、環境を、厳しいものだと思い直すも、どこか他人事で考えていた。我王は魔物と戦いもする。それは恐ろしいことだし、紛れもない自分のこと。だが相手の命を奪う以上、身に危険が迫るのは当然のことで、故に仕方がないとも思える。
しかしラピスは、ただ懸命に生きていただけ。人らしく思想を持ち、人らしく神を信じ、人らしく――恋をしただけ。それなのにラピスは殺された。殺されてしまう世界に、生まれてしまった。
異世界へ訪れたクラスメイト。
戦いを共にしたバンデッド。
そして――修道女のラピス。
儚く消えていく命の灯火。それに耐えかね、我王は吠えた。頬には涙が伝い、体は奥底から打ち震える。その哀しみと怒りの深さは、燃え上がる炎でさえ沈黙し、辺りを青白く煌めく、氷の世界へと変貌させた。
考え方の違い、そこから生まれるネクストの領域。我王はその能力を、身を守るものから敵を打ち倒すものとして、真価の領域へと辿り着いたのだ。