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思想統制

 参加手続きを済ませた我王は、一旦セラフィと共に王都の入口へと戻ることに。マルスは時間差を経て訪れる、参加手続きも済んだ今、ずっと離れ離れという訳にもいかない。暫くの後に、城門をくぐるマルスの姿が目に映る。同様に我王とセラフィの存在に気付いたマルスは、付いてこいと言わんばかりに目配せを送った。二重尾行的な形をもって、先を行くマルスの様子を伺うが、特に怪しき気配は感じられない。


 するとマルスは脇道へと入り、唐突に前方から姿を消した。急ぎ後を追って角を曲がると、そこで待ち構えていたマルス。重力の反転を用いては、二人の腕を掴んで飛び上がり、民家の屋根の一角に降り立った。


「一体どういうこと――」

「黙れ」


 咄嗟に口を噤みはするが、尾行の有無ならば既に、我王とセラフィが確認しているはず。しかしマルスはきょろきょろと、念入りに追跡を確認している。


「いねぇ……な」

「マルスへの尾行ならば、それは俺の目から見てもいないように見えたぞ」

「てめぇらが付けられてたらどうするんだよ。検問では警戒したがな、泊まった町では共に行動してんだ。仲間だと漏れていても不思議ではねぇ」


 マルスが危惧したのは二重尾行の更なる尾行。付けられているのが我王達の方であれば、二人の監視は意味を持たない。しかし暫く待てど、追って路地に入る者の姿は現れなかった。


「俺の参加は十年も前の話だし、最早それほど警戒もされてねぇか。で、どうだったよ。参加はできたか? 可能なら俺も再び参加してみようと思うんだが」

「それは問題無く参加できた。だが名指しではないがマルスは参加できんぞ。過去の出場者はお断りだと言われたからな」

「それって名指しと変わらねぇよ。参加して生きてるのは俺しかいねぇだろ」


 聞いて呆れるマルスだが、それは別段問題無い。我王の参加が当初の目的で、マルスはあくまでおまけに過ぎないのだから。


「通りでマークもねぇ訳か、元より俺の参加はありえねぇ訳だからな。しかし、我王の存在がバレてねぇことは助かった。大会を生き残った俺が勧める奴だ、それなりの奴だと認識され、警戒されてもおかしくねぇ」

「では、この先試合が終わるまでは、マルスとの接触は控えたほうがいいのか?」

「いや、安心しきってるみてぇだし、最早それほど警戒する必要はねぇかもな。とはいえ俺も一応、参加の振りだけはしてくるか。何の為にマルスは来たんだって、疑われるのも癪だしよ」


 その後は路地へと降り立って、マルスはひとり城へと向かう。その間、我王とセラフィはカルネージの王都を散策することに。外見は美しく整備され、一流の街並みと遜色ない。そんな優美な町の一角が、なにやら妙に騒がしい。やたらと首を突っ込むのは良しとしないが、しかし嫌でも目に付いて、視線をそちらに向けてみると――


 カルネージの兵だろうか、その男は国の紋章を背負い、一人の女性を連行している。見るに女性は犯罪を犯したのだろうが、しかしその姿は修道女。悪とは対極に位置する、神に仕えし聖なる者。


「は、離してください! 私はただ、子供達に教えを説いていただけです!」


 その様子を見て我王は純粋に思う、女を助けてやりたいと。しかし思想や言論の縛りというのは我王の世界にも存在し、今なお残る国も数多ある。それが国の決まりなのであれば、多少の罰は致し方ないとも同時に感じる。


「あの女性は、どうなるのだろうか」

「まず助からないでしょうね。国にとってはある種、盗賊よりも危険な存在ですから。国の転覆を促すような思想や言論、カルネージならば極刑が当たり前でしょう」

「な、なんだと!」


 罰を受けるのは仕方がない、しかし口にしただけで死刑とは。盗みや暴行を働いた訳でもないのに、死を強制される理不尽。自ずと我王の足は前に出るが、すかさずセラフィはその肩を掴んで止める。


「やめなさい、あなたには他にやることがあるでしょう。今ここで国に喧嘩を売ってどうするというのです」

「く、くそ……」


 抵抗する修道女は、見れば十八にも満たない少女に思える。我王と同じか、それ以下か。留まる体に反して、我王の心は激しく揺れ動く。出場賞金などより、今ここで少女の命を助けてやるべきなのではないのかと。


「は、離して――」

「うるせぇ、黙れ! 今この場で、その首切り落としてやろうか!」


 怒号とともに振り返り、露わになる兵の顔。それは忘れもしない、クラスを共にし、そして我王を一度は捻じ伏せた男。その男の顔を見た我王は思わず、反射的に声を上げてしまった。


「く、黒野? お前、黒野なのか!」

「ん? あ……が、我王……」


 黒野は我王を前にして、瞬間その目を泳がせる。一度捻じ伏せたとはいえ、長年の我王に対する恐怖のイメージは払拭しきれるものではない。しかし自分は我王より強いと、そのことを思い返した黒野は、再び我王の視線を睨んで返す。


「お前、生きてんだな。弱っちいから、とっくに死んだと思ってたよ」


 年相応の安い挑発、そして今更それに乗るような我王ではない。それよりも、目下我王の気に掛かることは別にある。


「黒野、その女性を離してやれ。ただ教えを説いただけなのだろう? それが悪事かどうか、元の世界を生きたお前なら分かるだろうに」

「おいおい、今更もとの世界とか、どうでもいいだろ。今この世界のルールが俺達のルールだ。この女は極刑、それ以外に道はない」


 黒野は既に、この世界の悪しき風習に染まっている。しかしそもそも論、我王達はこちらのルールに染まるべきではないとするのが、当初の目的のはずだった。


「俺達は曲がりなりにも、世界を平和にする為に送り出されたはずだ。こちらの世界のルールと言ったが、そのしがらみを変えるのが俺達の役目のはずじゃないのか」

「…………」


 我王の言葉に黒野は口を噤むが、論破に押し黙ったといわれればそうではない。その程度で言い負かされたとは思ってないし、会話を無駄だと感じた訳でもない。


「どうした? 何か言ったらどうだ。俺はもう、前の一件を恨んだりはしていない。過去の俺の態度が不快だったのならそれも謝る。だから思い直せ、本来の目的を。俺達が戦うべきは、圧政に苦しむ人民ではなく――」

「馬鹿かよ――」

「なんだと?」


 二度に渡り我王をおちょくるが、しかし舐めている訳ではないように見える。黒野の体は小刻みに震えはじめ、何か巨大なものに怯えているかのようであった。


「馬鹿だよ、我王は。世界を平和にって、そんなの無理に決まってるだろ……」

「まさか黒野も魔物と戦い、そして自信を失ったということか」

「魔物? 確かに恐ろしいが、それなら俺達でも倒せたさ。カルネージのとある町がスタートで、そこを出た俺らは途中、何匹かの魔物を倒したよ。幾人かは死んだ奴もいたが、それは単に間抜けで、慣れりゃあ倒せないこともないと分かったんだ」


 語る通りなのであれば、何をそこまで恐れる必要がある。黒野の能力はAスキルで、ランクで言えばマルスと同等。もちろん同じランクのスキルとはいえ、戦い慣れたマルスの方が遥かに強いことは否めない。それでも多少の慣れを得たのであれば、不安も少しは紛れるだろうに。だが黒野が言う無理の根源の存在は、魔物とは次元の違う化物だった。


「そんな折に、とある港町で大きな船がやってきた。聞けばそこには敵がいて、ミラノアの言った魔人とやらがいるという。それで俺達は魔人を倒すべく、訪れた船に向かっていったって訳だ」

「黒野は魔人と戦ったというのか……だから――」


 だから黒野は委縮している。芽生えた自信を摘み取った、魔人という存在を恐れていると、そう考えて然るべき。しかし黒野自身は、魔人に面と向かった訳ではなかったのだ。


「違うよ、俺は戦ってなんかいない。そんな気持ちは、すぐに消えて無くなった」

「魔人の力を目の当たりにした黒野は、敵わないことを理解して――」

「それも違う。目の当たりってのが、陰から覗くことを指すんなら別だけど……」

「ど、どういうことだ?」


 敗北以上に惨めな影、それが黒野の顔に差している。黒野は戦ってはおらず、どころか対峙すらしていない。ただただ魔人

の強さを物陰で、びくびくと傍観していただけに過ぎなかった。


「連れの中には、俺より上のスキル所持者もいた。だからまずはそいつらに任せて、俺は遠目から様子を伺うことにしたんだ。でもな、まるで歯が立たない。全滅だよ、俺を除いた全員が。あっという間に肉塊に変わる皆を見て、怯えた俺は救いに出ることもせず、陰で一人震えていたんだ……」


 語れば恐怖がぶり返し、血の気の引いた黒野の顔面。内側の脳裏には、凄惨な光景がありありと焼き付いているはず。そんな無様を前にしても、なぜ助太刀に行かなかったのかと、自分だけ生きて恥ずかしくないのかと、決してそんな軽口は叩けない。魔人ではないにしろ、あれほどに恐ろしい魔物達を見てきた我王には、それを黒野に強いるなど酷すぎた。


「落ち着け黒野。そして、その魔人とは――」


 冷めた唇から紡がれる、黒野をどん底まで落とした魔人の名。それは此度の試合の主催者で、我王が出会う初の魔人。


「魔人イゴール。今回の試合、それの開催を促す為に、イゴールはカルネージを訪れていたんだ」

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