魔物という存在
鐘の音の鳴る方へと、石畳を駆け抜ける一行。その体は転生前と比べ遥か軽快で、吹き抜ける風のように街中をすり抜けていく。
流れる景色には逃げ惑う人ばかりで、やはり同じ方角に向かう者は皆無だった。町の危機であればなぜ戦わないのかと、もし深く考える余裕があれば、我王達にも逃げる選択肢が与えられていたかもしれない。しかし時は一刻を争い、使命に準じて現場へと向かう。そして行き着いた先、足を止めた先に広がる光景は――
倒壊した櫓、転がる鐘は沈黙している。側には恐らく見張りだろう、既に人の面影を失くしていた。歴史と想いの詰まった民家は、生活の跡を灰にしていく。人を焼き、町を焼き、文明を焼き尽くすその者は、安易な魔物とは一線を画す存在。
「ま、魔物って……こいつらのことなの?」
「魔物というより、これはまるで――」
「機械、ね」
鈍い光沢を放つ、機械仕掛けの魔導兵器。遥か太古の秘法で作られ、魔力を原動力に動く半永久式の殺戮ロボット。それがゴーレム。移動時は長い手足で四足歩行し、その速さは獣のそれすら上回る。戦闘時には二足歩行に変形し、頭部から放つ熱線で対象を焼き尽くす。そのゴーレムが数十体と、群れを成しては町を焼く。これほどの大群は稀であるのだが、それを今の我王には知る由もなかった。
宮のスキルはバーサーカーで敵も味方も判別できず、ならばここは我王と閏で対処するしかない。未知なる敵を前にして、我王はぐっと手に汗を握る。所持スキルは氷結、硬質化、そして俊敏。聞けば大体の効果内容は予測できるし、使い勝手も悪くはなさそうだ。まずは肩慣らしに、群れを外れた一体のゴーレムに目をつける。試しに使った俊敏は、我王の体を風のようにゴーレムの懐まで運んだ。そして近付けば、次は攻撃へと転じることになる。
五指を握れば拳は巨大で、それは幾度となく敵を打ち倒した自信の象徴。更には転生の恩恵で、より強靭となった鉄拳を、ゴーレムの機体へと叩き込んだ。
しかし、直後に視界は朱に染まる。相手は機械であれば、血も流れぬ鋼鉄の兵士。となると返り血でもなく、つまり飛沫の正体は――
拳は裂け、噴き出す鮮血が視界を覆う。肩慣らしのつもりであったが、我王は手加減が不得手であり、振るう拳は全力にそれに近かった。しかしゴーレムの装甲に傷はなく、歪みも無ければ、その衝撃は打撃を加えた我王に全て返ってしまっている。
「こ、これは――」
異例の事態に驚愕を。そして驚いたということは、即ちそれだけの隙が生じたということ。直ちに照準を合わせるゴーレムは、頭部のモノアイを瞬かせる。
何か危険だと、我王は即座に身を捻った。直後に打ち出されるのは紅蓮の熱線。我王の危機感は正しくて、その弾速は目にも留まらず。見てから動けば不可避だが、予期した我王はすんででそれを躱している。
だが、熱線には爆発が伴った。紙一重であれば、その被害を免れることはできず、爆風は我王の体を民家の壁まで吹き飛ばす。迫る壁は堅牢な城壁でもなく、柔な民家の壁ならば、三軒もの家を貫いて、ようやく我王は静止する。熱線の爆発直前のこと、逃げられなければ防御の為にと、咄嗟に硬質化のスキルを使用した我王は――
血塗れで、骨は砕け、立つこともままならないほどに消耗している。たったの一撃、しかも外れた攻撃の余波でこの有様なのだ。四肢を着き、血反吐を吐く我王は早々に二度目の敗北を迎えることになる。既に戦える状態ではないが、機械には情もなければ容赦という行動もプログラムされていない。
無機質な駆動音が耳に近付き、虚ろな視界だがはっきりと死が映った。馬鹿は死ななきゃ治らないとはよく言うが、この瞬間をもって我王は理解できたのだ。町の危機に際して、誰一人として戦いに赴く者がいなかったその理由を。
目の前のこれは異常な存在。勝つだとか負けるだとか、そういう次元の相手ではなかった。神のスキルを駆使したところで結果どうとなることもない。なによりスキルはCからBの所詮ありふれた能力で、普通では異常に勝てるべくもない。転生前は異常の側に君臨した我王、それが平凡へと堕ちた後に、最後の最後で理解する。
ミラノアの言うことは正しく、これらの能力で生きることはできても、戦うことなど論外だったのだと、それを悟りながらに目を瞑る。
「さらばだ宮、閏。俺の運命はきっと、一度目の死の時点で終わっていたのだろう」
見下ろすモノアイは労りではなく、ただ項垂れる我王を標的とするのみ。そして単眼が再び光れば、次の瞬間には跡形も無く、我王の体は消え去るだろう。それがこの異世界での摂理のはずだった。
地を揺らす轟音は突然に。衝撃に目を開けば見上げたゴーレムはその身を地へと。更に発射寸前だった熱線は、崩れ落ちる機体に自滅する形で直撃し、頑強な装甲をいとも容易く貫き通した。
熱線には爆発が、爆風は再び巻き起こる。その影響は我王にまで届くことはなく、埋まるゴーレムの機体同様に爆風すらも下方へ流れる異常事態。まるでアニメか特撮か、目を疑うような不可思議な現象。唖然とする我王の背後には、いつの間にか一つの人影が立っている。
「てめぇ、見ねぇ顔だな。誰だか知らねぇが、ここは自衛組織、ジュエラレイドに任せて引っ込んでろ」