希望の光
この試合を機に、鍛錬に充てる時間は前にも増して多くなる。マルスは長の立場から、全てに付き合うことはできないが、合間を縫っては鍛錬の場に顔を見せた。生きて帰れば一千万マナという大金、それを鑑みればマルスの意気込みも頷ける。
魔物を想定した動きの実践、そして反省と修正の繰り返し。しかしそれで万全と言われれば、マルスだって魔物の全てを知る訳ではない。知るのは人界とも言うべき、人類の大陸に生息する個体がほぼで、しかしイゴールは魔界と言うべき、魔物の大陸から訪れる。それは未知なる脅威となるはずだが、対してマルスはそれに怯えることはしなかった。
「魔界には、火龍すら超えるとんでもねぇ化物がいるらしい。仮にそれが来られちゃおしまいだが、しかし確実に言えることが一つある」
それは前提。この試合の目的を鑑みれば、不可避の絶対条件の一つとされる。
「前にも言ったが、これはショーだ。悪趣味極まりねぇが、イゴールにとっては見世物なんだよ。巨象が蟻を踏んで楽しいか? つまりイゴールは、程々のエンターテイメントを期待してんだ。勝たせはしねぇが、もがき苦しむ様を見たい訳だな」
「なるほどな、共感はできんが理解はできる。奴にとっての娯楽なら、手に汗握りたいという訳か」
「そういうこっちゃだ。一瞬で決まる勝敗をイゴールは望んじゃいねぇ。裏を返せば、強すぎる魔物は出場しねぇ。であれば我王、てめぇの勝機は十分にあるぜ」
その予測は正しいが、これを抜ける例外もある。それは成り行きを操作できる者の出場だが、しかしマルスは、それも考慮の上で我王を参加させるつもりである。
「最悪のケースは強い力を持ち、かつ人語を解せる知能を持つ魔物の出場だ。加減ができりゃ長引かせて、サディストならばショーになり得る。だが、未だかつて例はねぇし、イゴール本人も出場しねぇ」
そう断言するマルスだが、しかし今回だけが特別という可能性もあるのでは? 更に出場しないとしてみても、魔物に勝てば当然目立つ。それはつまり否応なしに、イゴールの目に留まってしまうことを意味している。
「仮にイゴールが出ないとしても、勝てば逆恨みされることはないのだろうか」
接戦を期待するイゴールだが、しかし勝ってしまうとなると話が変わる。エンターテイメントはあくまで過程で、最後に求めるものが殺戮ならば、生存はイゴールの怒りを買いかねない。しかしマルスはこれすらも、ノーと断言してみせる。
「それはねぇから安心しとけよ」
「いや、しかしだな……何故そこまで、はっきりと答えられるんだ」
「生き証人がいる。我王、てめぇの目の前にな」
「な……マルスは出場の経験があったのか」
この試合の生き残りは皆無に近いが、決してゼロではない。マルスは実体験として金を得ており、故に実力はカルネージにも知られている。そしてマルスがこれまでに語った魔人や魔法の驚異の由来。それもこの試合を通じて身に染みていたのだ。
「その時の俺は十五でよ、カルネージでの滞在中にシャルとバンデッドに出会った訳だ。まあそれはいいとして、昔は勝てば賞金という名目だったが、それでも十人の挑戦者が現れた。内九人は弄ばれた後に殺されて、だが俺は勝ち残ってやった。そしてイゴールは俺を殺さずに、大番狂わせを笑って見てたよ」
強者故の余裕だが、イゴールにも幾ばくかの驚きはあった。しかし脅威とまでは思わない。なぜ、魔物を倒し得るマルスを脅威としないのか。その理由をイゴールが、武舞台へと降り立ち証明する。
「イゴールの開く試合の目的。それは娯楽の他に、もう一つの理由があったんだ。それは人に身の程を思い知らせること、決して人類は魔人には敵わねぇと、それを大衆の面前で証明すること。最後の最後にイゴールは、挑戦者を殺した九体の魔物を相手にし、それを瞬時に消し去った。人では敵わねぇ魔物、それらを圧倒する魔人という構図。魔人を頂点とする力の証明が、イゴールの真の目的だ」
マルスは魔物に勝てていて、イゴールも同じく倒して見せた。同じ結果だが、そこには大きな開きがあって、マルスはその時に魔人に対して、こう、思ったのだ。
「魔人には絶対勝てねぇ。そん時ぁ俺も苦戦してよ、魔物一体にかなりのダメージを喰らった。対してイゴールは、群れを前にして圧勝だ。それを目の当たりにして、魔人に逆らってはならねぇと強く感じた。成長した今でも、あの時のイゴールに勝てる気はさらさらしねぇよ」
魔人の強さは一線を画し、故にマルスの夢は一笑に付される。当のマルス本人も、口では大層に言っておきながら、実現できるかといえば自信はなくて――
しかし今は違う、今のマルスは自信に溢れる。その出会いは悲劇の最中であったが、改めて思えば意味のある出来事だったのだと、マルスは運命を感じているのだ。
「俺と我王ならきっと勝てる。今すぐって訳じゃねぇが、いずれは魔人も相手取れる。俺の目指す世界も夢じゃねぇ。試合の参加はその為でもあり、勝てば間近で魔人の強さを見れるはずだ。イゴールの力に圧倒されずに、いかにすれば倒せるか。それをてめぇは学んで来い」
マルスの希望は目の前にある。それは箱に入れて愛でるものではなく、崖から突き落としてでも、逞しく輝かせるべき光なのだ。
「さて、特訓の続きをするか。死なねぇ為に、死ぬほど稽古を積んでやるぜ」




