これからのこと
その日を境に宮は塞ぎこんだ。部屋に籠り表へ出ることもなければ、人との出会いも拒んでしまう。内に眠る暴走が、仲間に牙を剥いてしまうことを恐れて。宮には辛い事実に違いないが、ヒカリやユリア、そしてシャル。団の皆はそれを機に、真に宮を気遣うようになった。それは宮が罪を知り、その十字架を背負いはじめたから。
「我王には悪いけれど、私はマルスの言葉にほっとした。きっと、皆同じ気持ちだったと思うの。上辺だけの愛想では、宮を受け入れることはできなかった」
そう語るのはユリア。シャルやマルスに続いて、バンデッドとの付き合いは長い。
昔は悪かったけれど、今は真面目に生きていると、安易に口にする者を決して信用してはならない。では、悪かった頃に働いた悪事、果たして全て償うことはしたのだろうか。過去に殴り飛ばした者全てに謝罪を、慰謝料を。破壊した器物の補修を、修繕費を。くすねたものの返品を、品代を――
往々にしてそれらの者は、悪びれるような口ぶりこそすれ、何故か自慢げにそれらを語る。まるで武勇伝かのようだが、しかしただの犯罪歴だ。それらをきちんと償わなければ、口が裂けても真面目になったと、そんなことは言ってはいけない。それは自分で決めることではなく、世間に認められ、人々に受け入れられ、そしてようやく、社会に復帰を果たせるのだ。
償うことを無しにして、社会復帰は許されない。一見すれば悪化し、後退したとも見える宮の状態。しかしそれは生きる為に踏み出した、前に進む為の貴重な一歩だ。マルスはそれを意図していた。宮の罪を打ち明けなければ、仲間内に宿る負の感情は、いずれ爆発すると踏んだから。真の信頼を得る為にも、マルスの発言は必要不可欠なものだった。
それから暫くして、バルカンの使者から謝礼が届けられた。ユリアに充てた治療費をして、なお有り余る程の莫大な金額。当然、使うべきところに使いはするが、バンデッドへの餞別だと、マルスはその日に宴会を開いた。話題はバンデッドのことで持ち切りだったが、そこに悲壮な話は一切なかった。まるでバンデッドがいるかのような、騒がしく陽気な酒の席。夜通し繰り広げられた宴の後、昇る朝日を皆はバンデッドの禿げ頭だと揶揄して拝んだ。
我王はそこでバンデッドに願う。宮をどうか許してくれと、そう強く念じると、がははと豪快な笑い声が聞こえる、そんな気がした。
以後の我王の頭を過るもの。宮への心配も常にあるが、徐々に閏のことが占めていく。マルスの言うことは最もだが、長年共にした閏が、無情な行動に出るとは思えない。何かしらの意図があるに違いないが、何故それを話さないのだろうと。
「我王、閏って奴には悪いことをしたな。だが俺の決断は今でも変わらねぇ。集団で恐れるべきは裏切りだ。例え俺でも、寝首を掻かれちゃたまらねぇ。なぜああいう行動に出たのか、それを話さねぇ限りは仲間にする訳にはいかねぇよ」
信頼はとても大事だ。我王には見知った閏だが、マルスからしてみれば得体が知れない。おまけにその力は強大で、敵対すれば寝首はおろか、団員総出で掛かっても、勝ちの目はないだろう。客観的に見てみれば、マルスの判断は仕方のないものだといえた。
そして小さな依頼をこつこつとこなし、町の復興もかなり進んで、日々の訓練も怠ることはなく、一か月ほどの時が過ぎた。
「我王、どうだ。宮の様子はよ」
「相変わらずだよ。だが、ヒカリが毎日見舞いに来てくれる。そしてヒカリにだけは、少しばかりか話をするようになってくれた」
「そうか、ヒカリが……俺には何も言わなかったな」
妹を想う兄の面持ち、喜怒哀楽、どれともつかない複雑な表情を浮かべている。
「我王、ヒカリは――」
「ん、どうした?」
「いや、なんでもねぇ。愚妹だが、少しは役立ったようで良かったぜ」
「マルスも相変わらず辛辣だな」
「そうかよ。妹なんざ、こんな扱いで十分だろ」
マルスは仲間想いで、叱咤した宮にすら気を遣うが、しかしヒカリだけは別物だ。
「そんなことよりな、我王。依頼ではねぇんだけどよ、いっちょ試してみてぇことがあるんだが、どうだ?」
話を切り替えるマルスの顔には、生来の無邪気が浮かびはじめる。
「話の内容に依るが、どういう用件だ?」
「実はな、王国で試合の参加者を求めている。当然金は絡んでいて、参加するだけで一千万マナを貰えちまう。どうだ? 破格過ぎるだろ?」
「確かに破格だが、どう見ても裏があるとしか思えんだろう」
「当たり前よ。莫大な参加賞金、本当に渡すつもりなんてさらさらねぇよ」
それは、参加者を釣り上げる為の餌であり罠である。開催の度に吊り上がる金が、現に支払われたことは皆無に近い。
「酷い話だな、しかしそれをバルカンの王が。火龍の一件で、金には誠実な王なのかと思っていたが――」
「違ぇよ、王国とは言ったが、誰もバルカンとは言ってねぇ」
「何?」
にやりと、口端を歪めるマルス。これは契約ではなく企み。マルスはその国に対する恩義など、欠片も持っていないのだから。
「開催場所はバルカンより北西に位置する、シャルやバンデッドの生まれ故郷、カルネージ王国だ」