作戦決行
山間に轟く打撃音、宮の拳は止むことなく降り続ける。それだけを耳にすれば宮の優勢、宮の勝利を思うかもしれない。しかし逆を辿れば、未だ攻撃の必要性がある訳で、つまり火龍は生きているということ。ダメージはあるものの、しかし瞬く間に治癒できるのであれば、打撃の嵐の中、火龍は徐々に反撃の体勢へと動き出す。
身を起こしては首を掲げ、その目線は岩肌へと向く。そして火龍は今再び、自傷とも見える行為に出る。宮を挟んで岩石へ、掲げた頭を叩く、叩く、叩き付ける。繰り返せば宮は離れて、地べたに転げる隙を逃さずスタンプ、スタンプに次ぐスタンプ。火龍は宮の打撃から学習した。反撃の余地を許さぬ連打は、結果最大の防御にもなり得るのだと。
宮の体も能力の特質故に修復されるが、その根源は魔力ではなくスキルだ。スキルは神からの授かり物で、治癒に伴うエナジーの消費は皆無という驚異の賜物。しかし体力の消耗は免れない。スキルの使用に消費しないというだけで、元来持ちうる体力は関係なしに消費する。
銃を撃ったり、治療器具を用いたり、それらのストックは個人の体力に依存しない。しかしスタミナが切れてしまえば、指一本動かすことができないのであれば、例え無限の弾倉を備えたとしても、引き金を引くことはかなわない。ミラノアは家電製品に例えたが、要はそういうことなのだ。しかし実際のところはスキルの使用に体力を使う者も多くいる。大いなる力には大きなエネルギーが伴うと、固定観念がそうさせてしまう。これを克服するのもまたネクスト。
抗う宮は連打を見極め、迫る剛脚へと掴みかかった。しかし掴んだ宮をそのままに、火龍はスタンプを止めはせず、次は地面が迫り来ることに。次第に掴む力は陰りを見せ、宮の体が地面に落ちると、抗うこともなくなって――
窪む大地に横たわり、遂にはぴくりとも動かなくなる。鎮まる宮を見下ろす火龍だが、これが獣の如き野生動物ならば、やれやれ、やっとくたばったかと。疲れたし、早いところ休もうと、背を向けて場を後にしたかもしれない。だが火龍には知性があり、激戦を制し敗者を見下ろすこの現状。誇りを糧に戦って、守り切ることに成功した。それは歓びであり、達成感であり、打ち震える火龍は昂る想いを、勝利の雄叫びとせんが為に、天を仰いで口を開いた。
しかし、雄叫びを上げることは叶わなかった。見上げた視線の先、天に見るべき勝ち星に代わりに、火龍の目に飛び込んできたものとは――
「今だッ! マルス!」
我王の上げた合図と同時に、マルスは全力をそれに注ぐ。
「ぶっ潰れろぉおおおおおお!!!」
それは星、勝利に瞬く白星ではなく、龍を滅ぼす氷の隕石。氷塊は筒状、かつ先端は鋭槍。頭上遥かに浮かぶそれは、マルスの力が転換すれば、摂理を超えた重みと速度で、流星となって火龍の頭上に落下した。速さは思考の猶予を奪い去り、重みは反射の余地を消し去った。火龍は抗うことも、避けることもできぬままに――
氷塊のメテオは喉を通じて、臓腑を串刺し、地に着く足までを貫き通した。
不死身の火龍を倒し得る、魔力の枯渇を除いたもう一つの方法。それが治癒能力も意味を為さぬ、意志を断ち切る一撃必殺。マルスが創る無重力の空間に、我王は堅固な氷を素早く生み出す。途中幾度か精製の手を止めざる負えない事態もあったが、つまりそれが二人の作戦。
戦況は常に移り変わり、ともすれば気付かれかねない危うい作戦。仮に火龍が一度でも見上げてしまえば、それで全ては台無しとなってしまう。つまりこれは偶然で、運に依る要素が甚だ大きく、決してマルスの好む戦略ではないはずだ。しかしこれは博打ではない。この場でいう博打とは、宮に勝敗を任せることであり、知恵と力で開いた結果を、運任せと呼ぶのは誤りだ。
本来それは誇り高く、尊い勝利のはずだった。しかし彼らはバンデッドを亡くし、勝利の歓びを謳うことはない。そして今まさに、宮の命すら失おうとしている。氷柱の脇を駆け抜けて、宮の下へと走る我王。繰り返し踏まれて窪む地面、その穴底に横たわる巨体。依然として姿は異形だが、暴走はしんと鎮まり返る。
まさか――と、最悪の事態が頭を過る。暴走の力は警戒していた、していたのだが……治癒は見られず、生命活動すら感じない。変わり果てた姿を前に、宮への誓いが蘇る。必ず助けると、死なせはしないと、そう約束した我王は一歩だけ。たったの一歩だが、禁忌の間合いを。友を慕うが故に――越えてしまった。
開かれる宮の瞳に悪意はなく、純然たる殺意の凝視が、我王の肢体を磔にした。