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スキルと魔法

 バーサーカーにおける敵味方構わず、というのはあくまで能力の副産物に過ぎず、力の暴走がその本質である。我王は当初、宮がバーサーカーを得たことに対して、穏やかな風体には似合わぬ凶暴な能力だと断じた。しかし、本当にそうなのだろうか。


 あくまでミラノアの力の付与は、運によるものに過ぎない。しかし逆を言ってしまえば、見た目とか力量とか、人柄とか評判とか、そういうものが関わらず、運のみが決定付けるというのなら、天から定められた、運命だとしたのなら――


 宮は持つべくして、この力を得たのかもしれない。


 屍を前にして、しかしバーサーカーの目的は捕食ではない。標的が絶命したのなら、次なる対象を狙うのみ。そして宮の異形の体は、更なる変化を遂げることに。バンデッドを倒した経験値だとか、そういう意味合いによる変化ではない。無抵抗を相手に戦闘経験値など皆無で、人は経験値が多めだとか、そういった不合理も存在しない。しかし引き金は経験なのだ。それは戦いに於ける経験値ではなく、きっかけとしての経験。宮が得たのはネクストであり、能力の開花が更なる変化をもたらした。


 考え方の違いから生まれるネクストだが、それは思考を挟まぬバーサーカーには存在し得ないものではないかと。しかしバーサーカーといえども、潜在的な意識は存在する。それは脳の奥深く、思考の届かぬ領域で。潜在意識が定める制限を、更に上回り超えていく。それがバーサーカーに於けるネクストに当たる。


 その潜在とは宮の意識の底の底、更に固く閉じられた、殺害という禁忌の扉。それが開け放たれてしまったことで、特異の領域へと到達する。


「あ……悪魔――」


 退廃すら塗りつぶす暗黒の肌色。肉を突き破るは白骨の翼。歪んだ角は紅に染まり、これを見れば誰しもが、悪魔の存在は証明終了。


 過去には虐めを受けていた宮だが、彼は己の力で打破したいと望んだ。そこには精神的な強さもあるにはあったが、宮の願いはもっと単純で、原始的な答えを求めていた。結果としては、我王が鎮めることにはなったが、宮の願望は消えてしまった訳ではなく、心の奥底では密かに、しかし確実に、眠り続けていた願いであった。


 つまり穏やかなる宮の本質は、心を売り渡してでも力を求める、まさにバーサーカーに相応しい、暴走する魂の化物だったのだ。


「グゥゥウウウオオオ!」


 空気を震わす魔界の咆哮、それは火龍をしてすら怯ませる。野生であれば逃げこそすれ、立ち向かうことはしないはず。それでもなお、火龍は退かない。龍は長き時を生きており、得たものの中には知性がある。知性は誇りを生み出して、精神の価値を高めてくれる。逃げればそれは失われ、蘇ることはないだろう。火龍の誇りと宮の魂、これは力の勝負でありながら、生き方を懸けた激突でもある。


 踏み出す宮のその動き、速度は非凡だが軌道は安直。火龍は長大な尻尾で迎え撃つが、巨体を軸に遠心力も加わり、生み出す破壊力は鞭の撓りの比ではない。生身で受ければ命はもちろん、五体を繋ぎ止めることもできないだろう。しかしそれは。あくまで人であればの話。


 宮は腕を左右に構えると、迫る鞭打を掴み止める。衝撃に体は後ずさるが、それでも尻尾は離さない。どころかそれを脇に抱えると、なんと宮は尻尾を通じて、火龍を振り回さんと腰を捻っては力を込める。させじと火龍は重心を背に。各々の質量から見れば成り立たぬ綱引き、誰の目からしても宮の勝ち目はあり得ない。しかし宮の肉体は、人知を超えた神の賜物。堪える足は地面を擦り、火龍の重心は前へ前へと。


 引き寄せられた末に宮がどう動くか、それを火龍は知り得ない。だがそれで勢いが、優勢を奪われることだけは理解できた。であれば痛み分けを、火龍は自身の尾を巻き込む形で、ブレスで宮を焼き払う。たかが尻尾を焼かれる痛みなど、精神の敗北に比べれば耐え易い。だからこそ、誇りを持つ者は侮れない。


 誇りがあれば痛みも耐え抜く、しかし魂を懸ける者は死すらも恐れず。火中に置かれてなお宮は、火龍の尾を離しはしない。そして捩る体に腕が追い付き、正中にまで辿り着くと。そのまま宮の体を軸として、火龍の巨体を振り回しはじめた。


「あ、ありえねぇだろ……自重の何十倍、いや、何百倍あると――」

「み、宮……お前は――」


 蟻は自重の何十倍を運べるだとか、ノミは自長の何百倍を飛べるだとか。確かに間違いではないのだが、それを人体と比較するのは間違っている。仮に虫が人間大になれたとしたら、そのまま何十倍・何百倍もの力を発揮できる訳ではない。身長が百倍になれば、体積は三乗の百万倍になるが、対して力を生み出す組織の断面、それは二乗の一万倍。二乗三乗の法則というものだ。


 人も虫ほどに小さくなれば、相対的に驚異的な力を発揮できる。反面、虫が人間ほどに大きくなれば、自重すら支えきれず、相対的に鈍く貧弱になってしまう。変貌し巨体になったとはいえ、宮の体躯で火龍を振り回すなど、物理的にはありえない。蟻やカブトムシにはできるって、そんなことは例え話でもできないのだから。


 しかし実際に宮は火龍を振り回し、それには二つの理由がある。一つは生理的及び心理的限界というもので、いわゆる火事場の馬鹿力だ。リミッターが外れれば、本来出しうる最大の力に到達できる。だがそれだけでは到底、何百倍もの体格差を穴埋めすることはできないはずだ。筋力はもちろん、骨の支える限界を迎えてしまう。


 ならばもう一因、それが新細胞の形成。人体とは異なる未知の細胞、それで織り成す筋繊維や骨細胞は極めて強靭。そして細胞が異なれば、人の形を成していても人類といえるかは不確かだ。そして同様の肉体は他の例があり、それが魔人の存在だ。


 振り回す腕の軌道が下を向けば、それで火龍は地面に叩きつけられることに。それ自体に大きなダメージはなく、しかし巨体は地に伏せる訳であって、これが宮の本能的な狙いだった。うつ伏せの火龍に跨る宮は、その頭蓋に目掛けて拳を落とし――


 ラッシュ、ラッシュに次ぐラッシュ。豪快な拳の弾丸をマシンガンの如く、力任せに振り下ろし続けた。この異世界最強の種族である魔人、彼らの連打を受けようものなら、火龍とて無事では済まない。それと近い腕力を持つ宮の打撃は、一発一発が轟音となって、彼方の空まで響き渡る。


「こ、これは……まさかこのまま……」


 そう、我王が感じてしまうのもの無理はない。それほどまでの衝撃と、鬼気迫る迫力。しかしここで、光の膜が火龍の体を包みはじめた。その光は次第に火龍の頭部へと。以前に魔物の話をした際に、マルスは我王に向かってこう述べた。


”魔物だけが持つ特別な力、それが魔力。魔力は恐ろしいぞ、その力をあらゆる力に変換できる。スキルと違い体力のような容量はあるが、代わりにスキルにある能力の縛りは存在しねぇ。肉体の強化からはじまり、炎を生み出せば毒も生み出す。治癒もすれば、重力だって操れるかもしれねぇな”


 魔力はスキルと違って乱用はできない。限度がある上、一度大きな力を使ってしまえば、休息の時間が必要だ。しかし使える幅は無限大であり、体力でいえば走ったり跳んだり泳いだり、自然治癒もすれば免疫力も高まる。同様に魔力があれば、様々な応用が利く訳で、その力は当然、治癒に充てることもできてしまう。


「こ、こんなの……一体どうやって倒せばいいというのだ」


 傷付けど回復してしまう火龍だが、厳密に言えば倒すことはできる。仮に無傷の体でも、栄養失調然り、体力が枯渇すれば死に至る。しかし火龍は図体も大きく、故にエネルギーも多く溜めることができる。更に皮膚面積も相対的に少なければ、熱の放出も少なく済む。絶対的に食べる量が多い分、栄養過少になりがちだが、しかしこの個体は大量のワイバーンも捕食できた。それがすぐにエネルギーに換算されるかは定かではないが、少なくとも火龍の中では、魔力の出し惜しみをする必要はないと、そう考えていることだろう。


 しかし、例え無限に回復できようが、倒す方法は存在する。魔法の使用には意志が必要で、つまりその方法は――


「我王、諦めんじゃねぇ。てめぇの考えたてめぇの作戦は、きっと火龍にも通じる。あと少しで、俺達の力は火龍の命に届き得るんだ」

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