魂の行方
シャル・コスモゲートに家族はいない。物心つかぬ内に親を強盗に殺されて、記憶に残るのはカルネージのスラムから。
カルネージ王国、ここに孤児院のような施設は存在しない。一部、風変りな教会が孤児を集めて面倒を見ているくらいなもので、シャルはそんな過酷なスラムで幼少を育った。身寄りのない彼を育てたのは、五つ年上のバンデッド。バンデッドもシャルと同じく、強盗に親を殺され身寄りは居ない。そんな彼らは幼くして窃盗、そして強盗を生業とする盗賊だ。
親を殺した憎き盗賊、しかし自らが生きる道もそれしかない。バンデッドがシャルを拾った理由は、単に人手の欲しさ故か、または身寄りのいない寂しさからか、その真相を知る術は、もはやこの世には存在しない。
シャルは思う。自分とバンデッドは、いつか裁かれる時が来るべきだと。マルスに殴られ、道を正され、今は正義に生きるシャルをして、過去の罪は償うべきだと。生きる楽しさを学びつつも、その時は常に覚悟していた。隣で笑うバンデッドも、そのように見えた。だから、例えバンデッドの死に際にあったとしても、シャルはきっと心穏やかに受け入れられると、そう思って、いたはずなのに――
「バンデッドォオオオオオオ!!!」
天に轟くはシャルの咆哮。そんなはずない、裁かれるべきだから受け入れられるだなんて、そんなことは決してなかった。常日頃は飄々とした面持ちだが、そんなシャルに突き付けられるバンデッドの心臓。それが彼の目の前で、宮の手により握り潰されたその瞬間、シャルの理性は飛び、剣を宮へと差し向けて、一心不乱に走り出した。
「馬鹿野郎ッ!」
咄嗟にマルスは、重力を用いてシャルの動きを止めにかかろうとする。しかしそれはできないと理解して、マルスは即座にその場を駆け出した。
「我王!」
「分かってる!」
我王が生み出す氷の足枷、それに足を取られて躓くシャル。追いついたマルスは飛び掛かると、暴れるシャルを抑え込んだ。
「暴れんじゃねぇ! シャル! 堪えろ、堪えるんだ!」
「う、うぐぅぅぅぅ……」
マルスの命を受けてすら、なおもがき続けるシャルの四肢。しかし抑え込むマルスの力は強靭で、反抗が無意味と分かり、更に重ねるマルスの体が震えていることに気付いた時――
シャルは抵抗を止めて、遂には呻くように泣き出した。
「シャル、泣いて構わねぇ。だから、命を無駄にするようなことは……するな」
悲劇を目の当たりにした我王は悔やんだ。仕方がないと分かっていても、悔やむことを止められなかった。我王は親友が故に、宮の無事を心から喜んだ。そのせいで、バンデッドの置かれた状況に気付くことが遅れてしまった。気付ければ、自身のスキルでできたことがあったかもしれないというのに。
我王の思い付いた作戦だが、それが上手くいくかは分からない。だとしたら、それを捨ててでも、バンデッドを助けにいくべきだったのではないかと。しかし――
「我王。てめぇは今、こう考えているな。作戦なんて立てるんじゃなかったと、全力でバンデッドを助けるべきだったんじゃないかと。そう、思っているな」
「…………う……」
「しかし、それは間違いだ。バンデッドは宮に葬られるとかそれ以前に、元より命は投げ出していた。俺らが動けない事情を知り、だから自分の命を懸けたんだ。作戦を放棄することは、バンデッドの命を侮辱することだ。そんなこと、神が許しても、俺が絶対に許さねぇ」
「マルス……」
きっとマルスも、同じことが頭を過ったのだろう。故に我王の思考を読むことができた。そして我王を戒めると共に、自身の心も戒めたのだ。
「我王、続けろ、作戦をな。そしてバンデッドの命に意味があったことを、お前が証明するんだ!」
「分かった、マルス。今、理解した!」
バンデッドの亡骸は、宮の足元に崩れゆく。そして再び始まる闘争を前に、遺体すらこの世には残らないだろう。しかしその魂は――
我王とマルス、二人の作戦に懸かっているのだ。