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終焉の鐘

(この俺が、負けるなんてことは……絶対に――)


「許されない!」


 身を起こすと同時に叫ぶと、陶器の割れる音が室内に響いた。


「が、我王? 目が覚めたんだね!」


 駆け寄るべきか、落とした破片を拾うべきか、あたふたと惑う宮の姿が、虚ろな我王の眼に映し出される。


「ここは、また別の空間に移動しているようだが――」


 木材の柔らかな香り漂うその部屋は、見渡せば暖炉があり、樽が並び、まるで西洋の民家の一室を思わせる。目まぐるしく移り変わる場面に、頭の整理が追い付かず、そんな我王の状況を察した宮は、自身の知り得た情報を説明することにした。


 宮の話によれば、訪れた場所はバルカン王国の支配下にある町、リヴァー。ここにクラスメイトの一部の人間が送られた。送られたといっても、転移先は選択式であったようで、この異世界に残る三国の内いずれかを選ぶことができたという。


 その三国とは先に述べたバルカン王国。その北東に位置するシャマル王国。そして、北西に位置するカルネージ王国。人類の国家はたったこの三国のみで、一つの大陸を三分割するような形で存在している。つまり残る大陸は全て、ミラノアの言う魔物と魔人の生息域ということになる。


 この世の魔人は計七体。魔人の中には人類同様に、君主制の国家を形成する王に値する者がおり、その国家は複数に及ぶ。魔王は一体のみという思い込みは、人類の王が一人だけだと言うのに等しい誤りであり、この世界には人間の王と魔物の王が複数存在するということになる。


 バルカン王国を選択したのは十五名程の生徒達。三国それぞれのスタート地点は同じで、この部屋はまさに、転移直後に訪れた空き家の一室だそう。薄情な神にしては気が利くが、その内五名は既にリヴァーの町を旅立った後だと言う。


「出遅れてしまったか。俺も早いところ準備をしなければ――」


 黒野に痛めつけられた傷は疼くが、いつまでものんびりとはしていられない。新たな世界に訪れた以上、生きる上での生活も営んでいかなければならないのだから。


「急ぐことはないわ」


 開く扉から姿を現す、幼馴染の闇代閏。その手にはどこから仕入れたのか、数多の食材を抱えている。


「閏、それは――」

「恵んでもらったのよ。道端で男何人かに囲まれたものだから、お願いしたら寄越してくれたわ」


 そんなムシの良い話あるものかと、しかし閏の衣服見てみれば、そこには赤い斑点が見受けられる。気絶していた我王には、閏と黒野の対峙を知るべくもないが、その気性は幼い頃からよく知っている。閏は決して、軽薄な男に媚びを売るような女ではないのだ。加えてSSスキルの所持者ということは知っているので、なるほどそうかと合点がいった。


「そして俺は、そんな閏に恵んでもらう訳か。誇りもくそもあったもんじゃないな」

「誇りでお腹は膨れないわ。無駄なものだとは言わないけれど、あなたは生まれ変わったのよ。誇りはこれから、一から築いていけばいいんじゃない?」


 閏はリアリストではあるがプライドも高い。優先順位はあるものの、誇りは大切なものだと認識してるし、敬意を払うべきだとも思っている。だからこそ、幼馴染の我王との関係を続けてくることができた。我王も我王で、そんな閏の言葉なら素直に聞き入れることができる。


 閏から手渡された果実を齧る我王。満足のいく食の溢れた、これまでの世界のものとは違い、じゃりじゃりと砂っぽい食感に顔をしかめる。だがきっと、この世界ではこれが普通なのであろうと、我王は黙って食事を続けた。


「それ、不味いでしょう?」

「…………旨くはないな」

「わざとよ。はじめ不味ければ、あとは美味しく感じることができるもの」

「朗報だな。毎日これを食わされていたら、舌がおかしくなってしまうぞ」


 閏は息を漏らして薄く笑うと、我王の横に腰掛けた。この二人が並ぶと、とても高校生とは思えず、いい歳したカップルとしか思えない。童顔でちんちくりんな宮が並べば最早子供、というのは言い過ぎだが、同年代に見えないのは確かだろう。


「しかし、このままという訳にはいくまい。いつまでも小悪党を返り討ちにする生活など続けていられないし、早いところ安定した収入源を得なければ」


 この世界にはハローワークもなければ、失業手当なんてものも存在しない。何から手を付ければよいのか迷ってしまうが、ここで宮が口を開いた。


「だったら、ギルドがいいんじゃないかな? 我王は戦いに向いてるし、きっと活躍できるよ。僕、異世界の話には詳しいんだ!」

「なんだって? ギルド?」

「冒険者ギルドだよ。この世界にもきっとあるよ。だって魔物がいるんだもの。魔物を倒して、それで成功報酬を貰う仕事だよ」


 宮の意見。異世界に詳しければ、真っ先に思い浮かぶ事柄なのかもしれない。しかし宮の考えは安直で、生きるということは、そう簡単ではなかったのだ。


「駄目よ、宮。なぜならこの世界には――」


 ゴーン……ゴーン……


 鐘の音が聞こえた。気を失っていた我王はもちろん、以前から目覚めていた宮も事態を解せず戸惑いを見せる。きっと定時の知らせではないのだろう。であればこの音の正体は――


「ま、魔物だぁあああ! 魔物の群れが町に向かってきているぞぉおおお!」


 活気溢れる街の喧騒が、突如慌ただしいものへと変わっていく。窓から外を覗く三名の目に映るのは、逃げ惑う人々が大半で、あとは神に救いを乞う者が若干名。戦う準備をする者は、誰一人としていない。


 なぜ? どうして?


 宮の思う異世界ならば、ここには幾らかの冒険者がいて、戦闘を生業にする者だっているはずだ。武器だってあるだろうし、敵襲の備えくらいあっても良いはず。


 だが、とにもかくにも我王達は魔物を駆除すべく呼び出されたはずであり、この襲来はその役目を果たす時でもある。万全とはいえないが、我王と閏、そして宮は表へ飛び出すと、鐘の音の響く方角へと走り出した。

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