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防衛本能

 ワイバーンの断末魔と、伝説の火龍の登場。目にしたワイバーンは怯え、震え、その場に固まり動かない。半身を貪る火龍は飛び立つと、竦むワイバーンの前に降り立った。ここでようやく逃走の姿勢に入るワイバーンだが、しかし火龍、追うでもなければ、その場で大きく息を吸い込むと――


 咥える骸ごと、残る地表のワイバーン達を灼熱の大火で焼き払った。


 高温の火炎を前にして、即座に身を引く団員達。幸い炎に巻き込まれることはなかったものの、それを見たマルスは即座に現状を理解する。


「あ……相手が悪すぎる。てめぇら、身動きするな。こいつに勝とうだなんて、絶対に思うなよ……」


 そんなマルスの懸念を知ってか知らずか、丸焦げのワイバーンを貪り始める火龍。どうやらマルス達を敵と認識していないように思えるが、かといってできることなど何もない。強いてあげるのであれば祈るのみで、食って満たされて、この場を去るよう祈る道筋しか残されていない。


「マ、マルス……何が起きたというの? 私には何も――」

「ユリア、悪いがてめぇの治癒は後回しだ。火龍にワイバーンの死体を全て食われちゃあ、証拠も何も残らねぇ」

「そ、そんな……私の力が使えれば、火龍だって――」


 自傷共有は、相手を認識しなければ使えない。一度見た相手なら問題無いが、初見の相手は姿かたちが見えなければ、呪う相手を選択できない弱点を持つ。


「ちっ、ユリアの視覚は残しとくべきだったな。今更嘆いたところで仕方ねぇが」

「に、兄さん。私は――」

「何もするなよ。ヒカリにできることなんて、最早何も残されちゃいねぇんだ」

「そ、そんな……」


 辛辣な言葉だが、それはヒカリにだけ当てはまることではない。マルスは一体一では強いし、空を飛ぶ相手は得意分野だ。そんなマルスをして戦おうとは思わないし、何ができるとも思っていない。火龍の巨体は重力波の範囲を優に超え、そして質量の少ないブレスによる攻撃は、重力の圧を越えて届きうるだろう。火龍の強さはフォースレベル。純粋な闘争で言ってしまえば、もはや魔人と遜色ない。


 順々にワイバーンの死骸を呑み込む火龍の胃袋、その大きさは測り知れない。果たして死骸を食ったら満足するのか、それとも足りぬと、こちらに牙を剥けるのか。息を吞み、その場に佇むジュエラレイドの一行。当然それは、我王をして同じである。


(これが伝説の……龍は神々しさや、知性を表すものと見知っていたが、この禍々しさはまるで――)


 災厄だと、我王は直感的にそう感じた。勝つとか負けるとか、そんな領域は遥か超越した、触れてはならない禁忌の存在。それがドラゴンというものなのだと。


 このまま待てば、素直にこの場を去ってくれるかもしれない。けれど、そんな保証はどこにもない。待つのが正しいか、戦った方が良いのか、逃げてしまうのが幸いか。マルスにも我王にも、誰にも真相は分からない。分からないからこそ、不安が不安を煽っていく訳で――


 故に、この緊張の糸は断ち切れてしまう。意図はしてない、していないからこそ動き出す。究極ともいえる緊張が引き金となり、自我を超えた本能に従い、我を忘れてしまうが為に、その力は発動してしまった。


「う、うぐ……ぐぅぅぅうぅぅぅううう……」


 我王達のすぐ後ろ、冥界より湧き出る唸り声。それはこの世の生命とは思えない、奈落の底、黄泉から響く慟哭のようで――


 ゆっくりと、その場から返り見れば、そこには半人半妖の鬼がいた。


「み、宮……?」


 宮と疑うあまりの変貌、我王はその後の言葉を失った。小柄だった宮の体は、我王すら見下ろすほどに発達する。筋張った肉体は灰がかった黒色を帯び、節々から生える突起は黒煙を噴き出す。頭部には禍々しき深紅の角が突き出して、宮と分かるところは顔面半分。それだけが元の宮の面影を、僅かながらに残していた。


 Dスキル、いわゆるハズレスキルのバーサーカー。極限の緊張が生み出す、究極の防衛本能。それが宮の内に眠る、禁忌の力を目覚めさせる。


「グゥアアアアアアアアア!」


 天を貫く咆哮がこだますと、宮は本能の赴くまま、伝説の火龍へと飛び掛かった。

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