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負のコンビネーション

 我王は一人で二体のワイバーンを任される。だがあくまで内情、我王が受けた任務であって、ワイバーンからすればそれに付き合う道理はない。よってまずはその気にさせる、皆に被害が及ばぬよう、如何に二体の意識を我王に集中させるか。


 単純に凍り固めたところでは、一見すれば誰の仕業とも分からない。よって我王は明確に敵を理解できるよう、生み出した氷塊を投げつけることで意識の集中を誘い出す。とはいえ投げるものが氷では、そこらの石と大差はない。その程度で果たして我王を、敵と見なしてくれるのだろうか。


 しかし我王のスキルは氷結だけではなく、俊敏もあれば硬質化もある。振るう腕も速ければ、投げた氷塊すらも手を離れた後に加速する。更に氷は強靭に固まり、岩に叩きつけようが砕けない。そんな速く硬く、更に当たるすんでのところで、氷塊の形状が槍に変われば――


 ワイバーンの硬質な鱗、その合間へと食い込んだ。たった一つの投擲の行動、その中で組み合わさるコンビネーションの数々。逆に言えばそうまでしても、氷針は体表僅かのところで止まっており、敵と認識し得るだけの意味合いに留まる。同じことをもう一度、そうして二体の注意を引くことは叶ったが、ここからが正真正銘の本番となる。


 一体のみでも、かのゴーレムと同じサードレベルだ。まとめて二体も相手取ろうなどと、そんなことをすれば瞬く間に鋭牙の餌食となるだろう。ならば答えは簡単、一対一の勝負をすればいいだけだ。


 対峙するワイバーンの内一体は、滑空の行先を我王に定める。巨体を浮かして、滑るように突進し、そして大口を開いては頭蓋を砕く。ただそれだけの動きだが、幾度となく狩りを積んだからこそ、避けられぬほどに無駄のない動作。その洗練された動きの初動、翼を一跳ね、巨体を浮かせたワイバーンは――


 遥か上空、獲物は遥か下方。豆粒ほどの我王の姿を、遠い高みから見下ろしていた。これがワイバーンの意志かと言えば、もちろん違う。必要以上に飛び上がる自身の身体に、脳内には混乱が訪れる。それでもなお僅かな冷静を残すワイバーンは、高度を落としながらに、緩やかに翼を羽ばたいた。


 彼方の上空、我王はもはや米粒だ。落下速度を抑える程度の羽ばたきだったはずなのに、ワイバーンの身体は意志とは無関係に更なる上空へ。そして混乱は極みを迎え、遂には異常から逃れようと、後方に強く、その翼を煽いでしまった。


 まるでステレオタイプの悪役のように、遥か彼方へと消えゆくワイバーン。これにて我王は一対一に、だがこれは単に偶然なのか、相手が間抜けなだけなのか。いや、そのどちらでもない。これはなるべくしてなった必然で、俊敏はワイバーンの翼に掛けられていたのだ。


 この旅を振り返り、我王は一つ学んだことがある。この山頂へと登る為に、マルスの力を皆が借りた。一頭目の止めを刺す際には、バンデッドはシャルの力で剣気を纏った。これらは正の意味での連携で、ならば当然、逆もあり得る。


 負のコンビネーション。相手の動きを見極めて、己がスキルを不利な立場で貸し付ける。ワイバーンの羽ばたきは常日頃、身に染み込んだ動きを描く。それが正解で、最も適切な動きである。しかしその動作を速くされれば、それは一転、不適切に。


 俊敏は一見すればプラスの能力、だが何の兆しもなく、唐突に素早くされてしまえば、それはただのマイナスにしかなり得ない。そもそも俊敏にプラスやマイナスの概念はなく、速くするという単なる事象に過ぎないのだ。よってワイバーンは自制を超えた翼の動きに、為す術もなく吹き飛ばされた。


 そして叶う一対一。一時は彼方へと消えた相方に唖然としていたが、意識を戻せば、こちらも我王目掛けて巨体を浮かせんと翼を煽ぐ。しかしだ、対してこちらは煽げど煽げど落ちていく。羽ばたくも、まるで空気を掴むことができず、地面に向かって一直線に。ワイバーンに言語はないが、仮に翻訳できるなら、きっとこう思ったことに違いない。まるで鉄の扇を煽ぐようだ、と。硬質化を付与された両翼は、大気を捕えるしなやかさを失い、浮力を生み出せずに墜落する。


 ワイバーンの墜落に合わせ、それらの力を解除した我王。それと同時に走り出し、一気に間合いへと詰め寄った。しかしワイバーンもそのまま呆けているはずはない。地に落ちようが巨体は巨体で、迫り来る我王の動きに合わせて大口を開くと、タイミングを合わせて噛み砕く。


 野生の感覚は伊達ではない。狙いを定め、ベストなタイミングは逃さず、そして我王は強靭な顎の餌食となるはずだった。しかし噛み合わせる牙には、まるで歯ごたえを感じられない。人の体が柔とはいっても、空気を噛むのとは訳が違う。そして噛み合わせた牙の先には、拳を構える我王の姿が。


 タイミングはぴったりだったはずだと、そうワイバーンが思うのも無理はない。まるでチェンジアップを放られたバッターのように、ボールが届く前にバットを振ってしまうその動き。一度解除した俊敏は、今この瞬間に付与された。噛み砕く動作だけが早送りのように飛ばされて、噛み合わせたという結果のみがこの場に残っている。


 牙を剥かず、ただ無防備な顔面。そこに速く、そして硬く、我王にとってはプラスの効果を備えた拳を、全力をもってして叩き込む。マルスが目を向けた瞬間がまさにその場面。噛みしめる牙は砕け折れ、鮮やかな赤が飛沫を上げた。


 スキルを得てばかりの我王には、固定概念というネクストへの障壁は限りなく薄い。それは人々が思う安直な最強とは一線を画した、誠の意味での強さを持つ。常識を排除し、自身の力を限りなく戦略に組み込んでいく。そしてこの時マルスは感じた。我王なら、かの魔人にすら届きうるのではないかと、そんな希望をマルスは――


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