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エキシビジョン

 六帝我王は悪人ではない。虐めや犯罪行為を行う者を力でもって懲らしめる。それを悪と言われればその限りではないが。だが悪人でないからといって、好かれる人間かと言えば、それはまた別の話だ。前述したように、我王に対しては皆、本能的な恐怖心を抱いている。それに加えて――


 我王は自信家だ。最強を自負し、敗北の経験は皆無である。

 我王は自尊心が強い。誇りを糧とし、貶されればそれを許さない。

 我王は拒まない。弱者をいたぶりはしないが、向かってくるなら叩き潰す。


 そんな三本の柱の上に、六帝我王という人間は成り立っている。



「お、俺のスキルが……普通……だと?」

「そうだね。良くもなければ悪くもない。強いてあげればスキルを三つ持っていることだけが特別で、あとはなんの面白味もない、ありきたりの能力さ」


 我王は動揺した。人生において、初となる心の揺さぶり。覇道を生きる自身のスキルが普通だなんて、万に一つの不幸がここに。


「何度見返したって変わらないよ。まったく、とんだ期待外れだね。それでも異世界で生きるぐらいはできるから、せいぜい死なないように頑張ってくれたまえよ」


 結果を知り、あっさりと我王を見限るミラノア。それもそのはず、これらの力に隠された秘密の真価など存在しない。後にSスキルを超える進化を遂げるなど、都合の良い展開もありはしない。あるのはランク相応、予定調和のスキル熟練度のみ。


 そして此度の転生。我王は最初から最後まで、C若しくはBスキルで戦い続ける運命が決定付けられているのだ。


「ちょ、え? 我王が――普通?」

「あれだけ威張ってた我王が、普通って――」


 くすくすくすくす……


 一人一人は小さな、しかし数十人が同時に行えば、大きな波となって我王の耳に押し寄せる。誇り高い我王にそれらの嘲笑を許せるはずもなく、鋭い眼光を投げると、生徒達はそそくさと視線を背けはじめた。


 だが――


「ビビるこたぁねぇだろ」


 禁を破ったのは、一度我王に締め上げられた黒野虎徹(くろのこてつ)。嘲りと恨み混じりの侮蔑の念、それが顔に浮かび上がる。


「俺らは全員、我王より強力なスキルを手にしたんだ。恐れる必要はねぇんだよ」

「黒野、貴様……」


 一層の睨みを利かせる我王に、若干引け腰となる黒野。スキルを得たからといって、これまでの関係性がそう簡単に払拭できるものではないからだ。しかし、本能を理性で抑え込む黒野は、言ってはならぬ言葉を口にしてしまった。


「この際だから言うけどな。我王、お前うぜぇんだよ。いつもでかい顔しやがって。文句があるなら、かかってこいよ!」


 安い挑発だが、それを耳にした我王は小刻みに震え出す。それはもちろん、怯えからくるものなどではない。


「いいだろう。だが後悔するなよ。貴様から売った喧嘩なのだからな」


 我王の巨体が、ゆらりと黒野の前に立ちはだかる。スキルでは黒野に分があるかもしれない。だが、身体能力でいえば我王が遥か勝る。その差は歴然、まさに大人と子供ほどの違いがそこにはある。


「や、やめなよ! 我王!」


 一触即発の空気に耐えかねて、宮は咄嗟に言葉を投げた。だが、発した宮自身が、誰よりもその無意味さを理解している。


「男が虚仮にされて引き下がれるか。お前は俺がどういう人間か、一番よく理解しているだろう」


 ここまで貶され、我王は絶対に引き下がりはしない。向かってくる者は完膚なきまで叩きのめす。それが宮の知る、六帝我王という男なのだから。言葉で我王を止めることはできない。だとしたら力に頼るしか方法はない。しかし我王は最強で、そんな奇跡が為せるとしたら、その存在はたったの一人。


「か、神様! なんとかして! あなたはきっと強いんでしょ? 二人の喧嘩を止めさせて!」

「んあ? なんで私が?」

「なんでって……見たら分かるでしょ? 仲間割れだよ!?」


 ミラノアは首を捻ると、考え込むような仕種を見せる。薄情な神であることは周知の事実だが、それでも今の時点で死なれては、神の事情とやらも台無しだろう。そんな思いから頼り、ミラノアにすがってみたのだが――


「なぁるほど。それはそれで面白い展開じゃないか。仲間同士で一悶着、これは見どころかもしれないね」


 と、この神には生徒達への僅かな情も存在しない。使えるところは使う、それが例え悲劇的な結末を迎えるとしても。それでも他に頼りどころのない宮は、必死に仲裁を訴えかけ続けた。


「お願いだよ! 喧嘩が始まれば一悶着じゃ済まないんだって! キレたら何をするか分からない。街の不良やヤクザ達を半殺しにしたこともあるくらい、手加減が下手くそなんだよ!」


 宮の言葉には主語が抜けていたが、何を求めているかなど言わずと知れている。それは、”我王を止めなければまずい”ということ。しかし実のところ、この場に於いて最も危険に瀕しているのは、我王に睨まれる黒野ではなかったのだ。


「ふぅん、そうなんだぁ。で、やるかどうかは別にして、止めて欲しいのは勿論、黒野とかいう奴の方だよね?」

「――――へ?」


 宮の間の抜けた返事に、がっくりと項垂れるミラノア。掌を返しやれやれと、抑揚を殺して語り始める。


「君ぃ、分かってないねぇ。人間界のゴミ共と転生者を一緒にするんじゃないよ。今までの我王くんがどれほどの実力者だったかは知らないけどさぁ、スキルは対人間ではなく、対魔物の兵器なんだよ? 元の肉体の実力差なんて、どんぐりの背比べだ」

「そ、それは――?」


 いがみ合い対峙する両者に目を流すと、ミラノアはスキルの実態について触れた。


「んっとね。両者の肉体には大人と子供ほどの差があるのかもしれないけど、我王くんのスキルはCからB、対して黒野くんのスキルはA。その差はそうだね、仮に黒野くんのスキルを拳銃とするならば、我王くんは輪ゴム鉄砲くらいが適切かな?」

「わ、わごむ――って、輪ゴムのこと!? 我王の方が!?」


 驚嘆を禁じ得ない宮だが、それもそのはず。本来の二人の力量差でさえ、そこまでの剥離はあり得ない。それがまさか、我王が弱者の側で語られるとは。


 だが、論より証拠。百聞は一見に如かず。激しく地を擦る音が宮の耳に届けば、振り返る眼に、現実を疑う結果が映る。


「ほらほらぁ、我王くぅん。後悔してるのは君の方じゃないかなぁ」

「く、くそ……」


 這いつくばるのは六帝我王。敵う者などいない、最強だと信じ続けた我王が、人並みで平凡な黒野を相手に、為す術もなく四肢を着けている。その様を見下ろし、優越感に鼻を鳴らす黒野は、いつの間にか異様な武具で全身を覆う。それらの武具は可視のエネルギーを湛えており、実物とは異なる、並々ならぬ存在感を示している。


 黒野のスキルはAスキル、名称は武具精製。実際の武具を産み出すのではなく、エネルギーで具現化した装備を纏うスキルであり、それらの武具の性能は、実物のそれを遥か上回る。


 仮に小手ならば、腕力は鬼神の如く。鎧を纏えば、堅牢な竜の鱗相応に。具足を履けば神風と並ぶ素早さを。そして産み出された剣は、一振りで巨岩を叩き割る。それらは人体レベルの優劣など遥かに凌駕しており、スキルについても、これ一つで我王のスキルを完全に補完し、そのうえ数多の釣りが返ってくる。


「つうか、この場も既に異世界だろ? つまり、人殺しが裁かれることもない訳だ」

「やれるものなら――」

「殺ってやるさ!」


 具足を履いた黒野は一歩踏み込み、もう片側の脚で我王の体を蹴り上げた。それは格闘経験など無い、素人丸出しのテレフォンキックであったが、その速さたるや武道家の比ではない。黒野を遥か勝る我王の巨躯が、いとも容易く宙へ舞う。


 口では殺るといいつつも、黒野に人を殺す勇気などなかった。あくまで脅しで、ただ痛めつけられればそれで良い。だが、戦う上で最も危険な者とは誰なのか。殺し合いであれば、プロの格闘家や軍人、暗殺者が危険であるのは間違いない。しかしエキシビジョンであれば彼らは戦い慣れており、同時に手加減と限度を熟知している。


 しかし、黒野はそれを知らない。人体がどこまでの攻撃に耐えうるか、どこを狙われたら危険なのか、どれほど失血したら死に至るのか。黒野は強くなったが、戦いにおいては全くの素人なのだ。そんな黒野の放った何気ない蹴りは、常人ならば胸骨を粉々に砕き、心臓を抉り、間違いなく絶命に至る一撃だった。強靭な我王でさえ、容易く意識を手放して、地面に叩きつけられると同時に、ピクリとも動かなくなる。


「ま、まじ……?」


 思いもよらぬ威力に驚愕する黒野。唖然とするギャラリーには宮も含まれ、親友の我王の危機だというのに、体は根を張り動かなかった。


「これを聞いたら安心? それとも残念かな? 君達の体は転生時に、常人より遥か頑強に作り直しているから、我王くんは死んじゃいないよ。意識を失ってるだけ」


 ミラノアの言葉に胸を撫で下ろす黒野。だが、同時に歪んだその心は、我王をもっと痛めつけることができると、彼の身体に唆す。歩み寄る黒野の瞳は冷たく、仄暗く残忍で。もはや倒れる我王を玩具としてしか見ていなかった。そんな拷問劇場の開幕直前。生徒達が息を吞む中、一つの声がここに上がる。


「やめなさい」


 闇代閏。最強のSSスキルの所持者。その閏が、両者の間へと割って入った。


「どけよ、閏。お前には関係無いだろ」

「関係あるわ。これはクラスの問題で、我王は私の幼馴染。であれば、無視する訳にいかないのが道理でしょう」


 閏は色白で、鼻筋も通り、誰もが認める美人だろう。だがクラスの中では委員長タイプの、どちらかと言うと口うるさい人間だ。それをやっかむ者も少なからずいる。そんな閏を屈服させるのも面白そうだと、新たな思惑が黒野の頭を過った。


「俺は女でも容赦はしないぞ」

「あら、奇遇ね。私も馬鹿には加減できないわ」


 あの我王でさえ手も足も出ない力を見ておきながら、閏は全くもって物怖じする様子を見せない。


「閏! 危険だよ!」


 恐怖の呪縛から解放され、体の自由が戻った宮は、即座に閏の挑発的な言動を戒めた。だが閏は、ちらと宮に視線を流すと不敵に笑い、再び黒野の方を見返した。


「宮くぅん、君は学習しないねぇ。その頭と耳はなんの為にあるんだい?」


 宮の様子に再度の呆れを見せるミラノア。友の危機となれば宮の不安は至極真っ当。しかし先程の解釈を当てはめるのならば、それは杞憂で――


「さっきも言ったじゃないか。今、危険な状態にあるのはAスキルの黒野くんの方だ。閏ちゃんはSSスキル。先の例えで言うならば、黒野くんの拳銃に対して、閏ちゃんは核兵器といったところかな」

「か、核って——そんな馬鹿な……」

「見てれば分かるよ。どうせ二人は止められない。あとは力が示してくれるさ」


 対峙する黒野と閏。一方は邪な嗤いを、もう一方は不敵な笑みを浮かべて。


「閏のスキルは爆弾を精製する、だったな」

「ええ、公で知らされてしまったもの。否定はしないわ」

「なにやら威力は高いらしいが、そんなもの当たらなければどうってこと――」

「当たってるわよ」


 何が? と、黒野を含めて皆が思った。しかし事実それは黒野に触れていて、開花の瞬間を今か今かと待ち続けている。


「当たってるって言ったのよ、既に。あなたはスキルの解説を聞いておきながら、爆弾の大きさには疑問を持たなかった訳? あなたの周囲には最早、逃げ場のない程に極小の爆弾が張り巡らされているわ」

「な、なんだと!?」


 慌てて周囲を見回す黒野だが、視界には何も映らない。目に見えるのは変わらぬ雲海とクラスメイト、そして妖しげな笑みを崩さぬ閏だけ。


「その態度、ハッタリって訳じゃなさそうだが、しかしそんな目に見えない程度の爆弾なんて――」

「喰らっても大丈夫って?」


 食い気味に被せる閏は指を突き出し、さも何らかのボタンを押すようなジェスチャーを交える。


「だったら、起爆してみようかしら。私だって威力は分からないのだし、もしかしたら些細なダメージで済むかもね。だけど警告はしたのだから、万が一があっても恨まないで頂戴ね」


 閏のその言葉に嘘はないはず。スキルを確かめる時間などなかったはず。閏にも黒野にも、結果がどうなるかは分からない。しかし、一高校生だった人間に勝負の駆け引きなど分かるべくもなく、迷いあぐねた黒野は唸るように声を上げる。


 そんな膠着が続くのもつまらないと、そろそろ場を切り上げたいと、そう感じたミラノアは、ようやく仲裁とも言える言葉を発したのだった。


「黒野くん、そこいらでやめといた方がいいと思うな。目に見えない程の極小でも、起爆すれば一撃で君の体は肉塊と化すよ。いや、肉片が残ればいいねって感じ。例え君の最大出力の防具を身に纏ったとしてもね」

「な……!?」


 黒野は驚いた様子だが、それは当たり前のことだった。スキルとはそういうもので、力のバランスなど存在しない。最新の車が、旧世代の燃費も馬力も上回るように。最新の端末が、旧世代の容量も画質も上回るように。圧倒的な性能差がスキルの間には存在する。そこに勝ち目なんてある訳がなく、次にミラノアの言うことは、異世界を生きる上でとても大切なことだった。


「スキルの強さはさぁ。差し詰め、便利な家電製品だと思ってくれればいいよ。武術や剣術ならば、使いこなすのに年単位の修行が必要だろうけど、電子レンジや洗濯機、冷蔵庫を使いこなすのに修行が必要かい? 僅かの応用はあるけれど、説明書と検索エンジンがあればそれで解決するだろ? スキルそのものの性能を、自力で覆すなんて不可能だよ」


 スキル差を埋めることは不可能。それが全てで、逆らってはならない絶対の法則。もし仮に覆すことができるとしたら、その方法はただ一つ。パソコンにハードウェアを繋げる様に、テレビに録画機器を繋げる様に、スキル同士を連携することで、性能差を補うしか方法はない。


 しかしスキルは一人につき一能力。そんなことができる人間が果たして――


「命拾いしたわね、黒野。諦めの決心はついたかしら?」

「く、くそ……分かったよ」


 そうは言うも、依然として閏を睨めつける黒野の視線。正面からの決闘ならいざ知れず、隙を突かれれば、それは実力者だろうが何だろうが絶対はない。毒にまで対応できる格闘家なんていないだろう。しかし、予防線を張ることは誰しもできる。


「念の為、この場一帯に爆弾を仕掛けさせてもらったわ。だから皆、余計な動きはしないでね。私だって本当は、人殺しなんてしたくないんだから」


 閏は美しく慎重で、それでいて頭も良かった。いつでも場を収めることができるよう、一人冷静に仕掛けを施し、この場では我王は黙るべきだと思っていたからこそ、気を失うまで止めることもしなかった。


「ヒュー。抜け目ないねぇ」

「言っとくけど、あなたの周囲にも仕掛けてあるわよ。もっとも、神に通用するとは思ってないけど」

「ふぅん。ま、どうでもいいけど。閏ちゃんには期待してるから、しっかり演じて、精々私達を楽しませて頂戴ね」


 そろそろ時間だ。彼らはこれより異世界に送られる。それは煌びやかなものではなく、魔物と魔人がはびこる呪いの螺旋。そこに安寧をもたらすことが設定上のハッピーエンドであり、そう上手くはいかないのが世の常だ。


「さ、エキシビジョンはここまでだ! 早速、君達には異世界に行ってもらうよ。準備はいいかい? なくても結構! では、次なる人生に幸あれ――」

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