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理想の国

 リヴァーに戻る一行を待つのは、残された団員達の安堵の表情。戦い慣れているとしつつも、なにせ相手は町を恐怖のどん底に突き落としたゴーレムだ。皆トラウマ染みた恐怖を覚えており、万が一が頭を過る。しかし蓋を開けてみれば、誰一人として欠けることのない完勝という結果に終わった。それは単にゴーレムに勝ったというだけでなく、恐怖を克服できたということ。それを祝し、入団以来の宴会が立ちあがる。


 はじまるとすぐに、マルスは我王の席を訪れた。それを皆は、毎度のマルスの口上だとして、そそくさとその場を離れていく。そして話が始まる訳なのだが――


「てめぇの国はよぉ、リーダーがいるっつうのに、君主制ではないんだな」

「王に値する人間はあくまで象徴で、国の在り方は民が決めるというものだ。かなり複雑だし、一概にどのやり方が正しいという訳ではない。このような闘争の絶えない世界では、強いリーダーを備えた集団の方が理に適っているだろう」


 片手に酒を、しかしマルスは目的を熱心に語る、ということはしなかった。むしろ我王がマルスの質問責めにあうという、稀に見る不思議な光景。


「そう、だよなぁ」


 マグの中身を喉に注ぐと、唸るようにマルスは答える。今は自衛団のリーダーを担うマルスだが、彼には思うところがあるようだ。


「俺は組織で頭を張ってる。その方が統率は取れるし、この世界に残る人類の三国も王政君主だ。しかしそこに疑問もある。バルカンやシャマルはまだいいがな、カルネージは特に酷い。微細ながら民衆の意見もあるが、結局は王の匙加減だ。だからな、俺は民が主体の国を作りてぇ。このご時世、夢物語だと皆には笑われちまうけどな」


 マルスが思う理想の国家。マルス本人も構想を掲げつつ、それが実現可能なのかどうかは半信半疑であった。しかし、目の間の我王はその世界を生きた者。


「てめぇの国ではそれが実現している。我王と宮はその生き証人ということ。おまけに戦争もない国とはな、闘争も知らねぇとはおめでてぇが、羨ましいよ」


 この異世界で戦いから目を背ける者を、マルスは現実逃避の阿呆と見る。しかし、決して闘争が好きで面と向かっている訳ではない。生きる上で仕方なく受け入れているだけの話であって、仮に許されるのであれば、マルスだって背を向けたい。


「そうだな、俺達はありふれた平和を当たり前だと思っていた。このような世界は以前、俺達の世界でも残っているというのに」


 その言葉の真意は、自分より辛い境遇を知らなければということ。それはとても大事な心持ちで、知らぬ存ぜぬであってはならない。だからといって、今の境遇に我慢しろというのでは話が違ってくる。


「なぁ、我王。確かに周りに目を向けてやる必要はあるが、それで自らを貶める必要はねぇ。ありきたりの幸せに気付くのは大事だが、それで十分と改めるのは違う。更なる高みに昇っていく必要があるんだ。生まれた環境は相対なんだよ。はじめは皆ゼロで、あとは昇るだけだ」

「しかし、一人昇り続けてはいずれ孤独だ」


 独走は孤立を生み、足並みを揃えれば停滞だ。ならばやることはただ一つ。


「だからな、引き上げるんだ。相手と同じ目線まで屈むんじゃねぇよ、自分の視点まで引き上げてやるんだ。俺は俺のできるところまでは引き上げる。その先は――てめぇに引っ張り上げてもらうとするかな」

「マルス――」


 マルスは、自らが革命の主導者になりたい訳ではない。民が主体となる世界、そのきっかけが作れればそれでいい。


「まあ、言ってもまずは魔人なんだがな。奴らが民の困窮の最大の要因だ」


 魔人とは、ミラノアも語っていた世界を滅ぼす災厄達。しかし今のところ魔人は姿を見せなければ、噂のような素振りも見せない。果たしてどれほどの脅威なのか。


「三国は、一丸になって魔人と戦おうとは思わないのか?」

「無理だっつの。ゴーレム一機で町一つだぜ? 魔人の強さはそれ以上、勝ち目なんざありゃしねぇよ。だから国はわざわざ結託もしないし、魔人に擦り寄る奴もでてくる始末だ。魔人がその気になりゃあな、すぐにでも人類は絶滅するんだよ」


 魔人が本気になれば、人類は為すすべもなく絶滅する。それは事実で、しかし現状は生きながらえている。そこには魔人毎の特性が由来しており、絡み合い複雑化していた。


「過去に人類を攻めたのはアーリマン、そしてテュポーンという魔人がほぼとされている。しかしここ最近、両者共に動かねぇし、滅亡の危機感は薄まっているかもな。今では人類に、表面上味方する魔人もいるくらいだ」


 確かに魔人は脅威だが、魔人全てが人間と敵対している訳ではない。人との関わりに利する者もいれば、強者故の博愛を見せるものまで様々いる。


「俺はてめぇに会った時、使える奴だと思った。てめぇはゴーレムに負けたが、連れの女は超人的だ。仲間に加えておけばいずれ役に立つだろうと、そう考えて側に置くことにした。しかしお前は強かった、俺の想像を超えてな。そしてお前は新しい考えを持っていて、ならばいつか人類を引っ張っていけるんじゃないかと、そう思った」


 当初マルスが抱いた期待は、転生者故の強さのみであった。しかし今は違う、マルスは、マルスの理想を叶える後継者として、六帝我王を見はじめているのだ。


「しかしそうは言っても、俺は政治などさっぱりだぞ」

「いいんだよ。引っ張るとは言ったが、お前が全てを決める訳じゃねぇ。礎を築くのにお前の力が必要ってことだ。しかし、結局そこまで行き着くには力が必要だ。魔人を打倒し、王政君主を打破する物理的なパワーがな」


 結局のところは力。理想を叶える上で、武力は絶対不可欠な要素。それ故に戦争というものは終わらない。先進国と言われる国々が、未だ軍隊や大量破壊兵器を持つのも、やはり根底には力が不可欠だからに他ならない。


「閏は仲間に加えなくて良いのだろうか」

「いれば心強いと思うがな、無理強いはしねぇよ。結局、閏って奴も魔人の始末が目的な訳だしな。おまけに我王と同じ国の出だ、最終的に意向に同意だけしてくれれば構わねぇよ」

「閏なら、マルスの意図も理解してくれるし、力もきっと貸してくれる」


 くどいようだが、マルスは強力な軍力を保持したい訳でも、政治家になりたい訳でもない。民主というシステムも、実はマルスの理想を実現させる為の一つの方法に過ぎない。マルスの理想はもっと些細で、私欲に塗れたものである。それだけは団員にも我王にも、決して口にすることはありえない。


「酔いが覚めちまったな、俺はまた酒でも取ってくるよ。てめぇも抜くところは抜け。ずっと気を張ってられるほど、俺達の戦いは短くはねぇんだからな」


 そう言って、マルスは空のマグを手に席を離れた。

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