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ネクスト

 ドニクスはリヴァーの北方三百キールに位置しており、更にそこから東に外れて、たった三十キールほどの距離。そこで町人からのゴーレムの目撃情報があったとのこと。ともすれば魔物に見つかりかねない距離であり、襲撃に遭えば最後、ドニクスではゴーレム一体をも倒す戦力すら持ち合わせてはいない。


 今日まで見つからなかったのは偶然の要素が大きいように思える。だが、ドニクスは見晴らしの良い平地に町を築いている訳ではなかった。周囲には森や丘、そして過去に栄えたであろう遺跡、それらの遮蔽物が外敵の視界を遮る。加えてゴーレムの制作時期は遥か昔で、よって彼らの地理情報は当時のままにその時を止めている。つまり件のゴーレムは、遺跡の方を訪れていたのだ。過去のデータをもとに、亡き人類の住処を探しては侵攻を続けている。


 今となっては常識となったゴーレムの巡回路だが、ドニクスしかりリヴァーしかり、それを知って町を建築した訳ではない。生物の進化にも似る結果論で、だから今なお現存しているに過ぎない。他の町々はとうの昔に滅びてしまった。


 つまり、三十キールという間近とも思える距離で、ドニクスの位置は安全ということ。遺跡を訪れるにしろ、離れるにしろ、太古の居住区へと続く道筋からは外れているのだ。だから今回も、黙っていればいずれゴーレムは遺跡を去るはずだった。しかし此度は討伐の要請が入る。


「例のゴーレムは、遺跡に居座り続けているらしいな。目的でもあるのだろうか」


 我王の質問の答え、それは言わずもがな人類の抹殺で、ゴーレムはそれだけの為に動く機械人形。しかし目的への手段として、ゴーレムはいくつかの行動パターンが存在する。質問の意図は当然そちらの方を指していた。


「俺も当時を生きてねぇし、詳細は知り得ねぇが、今のゴーレムは徘徊モードっつうもんで、定期的にスリープと起動を繰り返す。原動力は魔力のようだが、供給源は謎のままだ。スリープはそれの補充の為だとか、エネルギーの節約だとか、色々言われているが結局分からん。とにかく今回はスリープの状態で発見されたんだろ」

「ドニクスの民は、それを知らないから恐れているのか?」

「いや、スリープのことは知ってる。知らなきゃ俺がとっくに教えてる。問題は半日程度で終わるスリープが数日に渡り続いていることだ。単に故障かもしれねぇが、未知は恐怖で、恐怖はつい最近リヴァーの町に訪れた。来るはずのないリヴァーに大群を呼ぶ形で。ドニクスの民は恐れてるんだよ、ゴーレムが実は仲間を呼んでいるのではないかとな」


 人は本能的に不変を好み、変化を嫌う。変化は未知を促し、未知は何が起こるか分からない恐怖でしかないからだ。私はマンネリなんて嫌いだし、新しいことや未知なる探求が大好きだ。というそこのあなた、残念ながらそれは未知ではない。あなたの言う新しいことは、既に前例や前提として絶対安心が確約されている。つまり、命を脅かすような危険がないことに関しては既に広く知られているのだ。


 未知はあらゆる考えを人に巡らす。それは恐怖を誘発し、増大させ、あらぬ考えさえもまかり通る。誰か一人を生贄に差し出せば、それでゴーレムは去るのではと、そんな出鱈目すらも真に受けてしまう。それほどに、昨今のゴーレムの奇行は人の世を混乱に陥れているのだ。


「リヴァーにはなぜ、あのような大群で押し寄せてきたのだろうか」

「それも分からん。単なる偶然か、何者かの引き金か。とにかく今回の標的が仲間を呼んでいるならともかくとして、そうでないなら苦労はしねぇ既知の事実だ。スリープのままなら優位に戦闘を開始できるからな。故障だったら――」

「だったら?」

「ぶっ壊して、倒したことにしちまうか! 依頼は破壊で殺害ではねぇ。止まってようが破壊は破壊だ。恩があろうが、無駄足はごめんだぜ!」


 悪戯に笑うマルス。対する我王も笑みを零しながらに、嘘を吐いているようで少し気が引ける。しかしこちらもそれなりの危険を賭して赴いているのだ。依頼金も格安であるし、そんな我儘も時には許されるかもしれない。


 ドニクスには一人伝達者を送り込み、マルス達は町に寄らずに現地に向かう。せめて現在情報くらいは知り得てからの方が良さそうに思えるが、たったその間の内にゴーレムが動き出してしまえば、移動中のゴーレムを足で追うことは困難を極めるし、対峙できたとしてもスリープからの有利を取ることはできない。


 辿り着いた遺跡は、最早跡地に近いものだった。元々堅牢な巨大文明の名残ではないのだ。柔な民家はとっくに風化し、草木が生え、もはや自然といっても遜色ないほどに馴染んでしまっている。まばらに残る積み上げられた石のみが、恐らく人間がいたことを示す手がかりとして残っているだけ。その中で、樹齢ウン百年ともいえる立派な巨木の下、それに寄り掛かり動きを止める、自然とは相反する異質な存在。


 ゴーレム。忘れもしない、我王に魔物とは何たるかを知らしめた恐るべき殺戮兵器。団員達も、町を半壊させたゴーレムを前に忌み深き視線を向けている。話に聞いた通りゴーレムはその活動を停止し、今はただ静かに沈黙している。隙だらけといえば隙だらけだが、果たしてゴーレムの頑強さを前に、いかなる打撃が有効なのか。


「下手に近づくなよ。スリープモードはあくまで睡眠、完全に機能停止している訳じゃねぇ。近づけば反応し起動する。最初の一撃は俺からだ、重力で叩き潰し行動不能に陥れる。次は最も強度の低い関節部だが、それはシャルとバンデッド、てめぇらに任せた。ヒカリもエールを忘れるなよ」


 いつもは騒がしいシャルとバンデッドだが、ミッション中においてはまるで別人。マルスの指示に頷くと、流れる様に臨戦態勢へと移る。


 自慢の愛剣を構えるシャルのスキルは剣気付与。剣に対して気を込めて、それは切れ味を上げたり、刃こぼれを防いだり、シンプルながらも解釈の幅も広い。考えようによっては、剣気を飛ばすことすら可能かもしれない。


 肩を並べるバンデッドは、見る間にその肉体を発達させていく。それは力を込めた、というレベルを遥か凌駕した変身ともいえる肉体操作。筋肉操作のスキルも同様に、解釈の幅は柔軟に変化できるだろう。


 とはいえ、二人のスキルはCスキル。魔物を一人で相手とするには心許ない。


「そうか、ゴーレムは関節部が弱点だったのか。攻撃役の二人で関節部を破壊し、機動を奪うという訳だな」

「まあ間違っちゃいねぇが、関節部は弱点ってほどの弱点でもねぇ。稼働するだけ他部位より繊細だが、それでも強度は桁違いだ。二人をして傷をつけるのは容易じゃねぇ。だからユリア、頼んだぜ」

「えぇ」


 任されて、返事をして、何をするかと思えば突然上着を脱ぎ出すユリア。はだける素肌に思わず視線を逸らしてしまいそうになるが――


 露わになる肌、それに釘付けとなる。色艶を期待したのなら残念ながらそれは外れだ。端麗な顔立ちからはほど遠い、大小数多の傷が余すところなく全身に刻まれている。我王は釘付けとなったが、人によれば目を背けたくなるような惨たらしい傷の数々だ。果たして彼女は、それほどまでに戦いの場に身を置いてきたのだろうか。


 そんなユリアは懐からナイフを取り出すと、それをゴーレムに対して構える、のではなく、なんと自らの肘窩に添えたのだった。


「表面だけでいいぜ。ヒビさえ入れば、後は二人がなんとかしてくれる」

「助かるわ。筋まで切るのは、辛いもの」


 まったく理解の及ばぬ言動。我王の頭には推測はおろか、ただ疑問符が浮かぶ。


「ユ、ユリア……それで一体、何をするつもりだ?」


 するとユリアは妖しく笑う。そして口を開けばその声質は、さも怪談でも語るような、抑えの利いたおどろおどろしいもの。


「見立て人形って知ってる? 有名な、呪いの儀式のことなんだけど」

「み、見立て人形……」

「憎い相手を見立てた木彫りの人形。その人形に傷を付ければ、恨む相手にも傷が付く。そんな陳腐で、オカルトチックな与太話」


 呼び名は違えど、それなら似たものを我王も知っている。それは呪いの藁人形。


「私のはそうゆう能力。傷つけるのは人形ではなく、自分自身になるけれどね」


 受けたダメージをそのまま返すカウンター、と考えるなら中々に便利な能力といえよう。だが、ユリアの能力の本質はカウンターとは全く別物。使い様によっては反則に近い性能だが、人によれば全く使い物にならない二面性を持っている。


「ユリアのスキルはCスキル、だがそれはあくまで単体での話だ。チーム戦では強力だし、敵将の頭を討ち取れってんなら、ユリアは対象を自在に選べる。問答無用で王の首すら討ち取れる反則技だ。とはいえ相応の覚悟は必要だ、自身の命と引き替えな訳だからな。おまけに自傷以外は効果を為さねぇ」

「自傷共有が私の能力。自傷じゃなければ、本当は他人にやってもらいたいところなんだけどね」


 自傷共有とは、自身で付けた傷の状態を対象に反映する能力。回復すれば相手の傷も元通りで、相手は治療しようが共有される傷は治らない。呪いの対象は一人のみで、相手が死ぬまで効力は続くし、逆に言えば死なない限りは解除もできない。


 あくまでスキル名は自傷共有。これも考え方一つで生まれる解釈はある。対人間という制約はないから、ユリアはゴーレムにも通用すると解釈し、破壊をもって死と認識している。逆にユリアはこれを呪いとし、呪いは死ぬまで続くと潜在意識が解してしまっている。その意識は思えばすぐに払拭できるものではなく、本来は対象を変更できる能力の幅を狭めてしまっているのだ。我王は得たばかりの能力故、凝り固まった考えがなく柔軟だ。しかし現在までをスキルと共に生きてきた人間にとっては、今さら固定観念を覆すのは難しい。


 スキルを強化するには三つの方法がある。


 一つは使いどころ。適切なタイミングを覚えなければ、高ランクのスキルといえども宝の持ち腐れ。


 二つ目は予定調和のスキル熟練度。ミラノアは電化製品と例えたが、一応使えば使う程に強くなる。しかしスキルのランクを覆すような成長はありえない。なぜなら、それを含めてランクは決定されているのだから。


 三つめは考え方。これも同様にスキルランクには織り込み済みだ。しかしこの項目のみが、スキルを強くもすれば弱くもする。これがとても大切で、スキル本来の力を百パーセント引き出すには、考え方から改めなければならず、そして最も難しい。


 解釈を改めることができた時、人はそれを新たな領域に到達したことに例えてネクストと呼び、ネクストの条件は人それぞれの知性に由来する。

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