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ヒカリの影

 激動の一日だった昨日だが、対して本日は時間を持て余す。なぜならこれまでの我王のスケジューリングはマルスをもって決められており、そのマルスがあのような状態では。日がな一日休んでも良いものだが、我王はそれを良しとしない。一時でも強くなる為の時間に充てたいと、我王は鍛錬をすべく町はずれの空地へ向かった。


 オルトロスとの戦い。その際、我王は命の駆け引きを前に極限の集中状態へと入ることができた。いわゆるゾーンというもので、一流のアスリートにしか入れない領域と捉えられがちだが、超集中状態であるゾーンは誰しも入ることは可能である。それはスポーツに限らず、仕事や勉学に於いても。結果として我王は圧倒的なパフォーマンスを発揮し、圧勝と言える結果を生み出すことができた。


 しかし誰にでも入れるゾーン、決して自由に入れるものではない。むしろ入ろうと意識するほど遠ざかり、不必要な情報が頭を巡る。我王はそんな不確定要素の強いゾーンに入る訓練をしに来た訳ではない。毎戦闘でゾーンに入れる訳もなければ、常日頃から出せる戦闘力、それを高めに来たのだ。


 オルトロスに加えた最初の一撃。その時、我王はゾーンに入っていなかった。一撃の流れはこう。


 拳を掲げて、それを硬め、素早く叩き込む。


 続いて、片頭となったオルトロスと対峙した時。この時我王はゾーンに入った。その際の足枷を生み出す流れは、反射を速めた以上の速度を我王に与えていた。氷を生み出し、その精製速度を速め、それを強固に――ではない。


 頑強な氷を素早く生み出す。


 その後に生み出した氷針も同様だ。スキルを順に組み合わせていくのではなく、発動と同時に重ねておく。速さとは決して動きのスピードだけを指すものではない。一連の動作をシステムとして捉え、余計な動きを省いていく。山越え谷超えの目的地を単に速く走るのではなく、極限まで直線距離に近づけること。それを常時使うことができれば、我王にとって強力な武器となる。先の先を取る動作を、見た後からでも行える絶対必中のカウンター。


 しかし、言うは易く行うは難し。行えど行えど、戦闘時の全てが合致するような感覚には及ばず、順番にスキルを使用している感覚が払拭できない。それでも我王は焦らず、むしろ幸運だとも感じている。仮に鍛錬から行いオルトロスに挑んでいたのなら、生死を分ける程の極限状態には至らず、この感覚を知らぬままにこの先を生きていたかもしれないから。偶然とはいえ、先の境地に一瞬たりとも手が届いたこと。そのことが我王にとっては幸運で、難題ながらも充足を感じていた。


 夢中になってスキルの鍛錬に励む我王。夢中というものは面白いもので、二時間弱しか持たないはずの集中力の限界が、あっという間に多大な時間を奪い去っていく。その夢の中から解放されたのは、背後の気配を察した時。その者は長時間我王を見続けていたのだが、我王が気付いたのは随分後になってからだった。


「我王さんは、真面目で誠実な方ですね。兄とは正反対」

「ヒカリ、か」


 ヒカリ・エメルダ。マルスの義理の妹。いや、それは定かではない。ヒカリはマルスを兄と慕うが、当のマルスはそれを肯定するような発言はしていない。


「どうですか? 兄は。我王さんのお役に立てそうですか?」

「それはもちろんだ。マルスがいなければ俺は路頭に迷うどころか、命さえままならなかったのだ。マルスには感謝している。その恩に報いたいとも思っている」


 ヒカリの顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。慕う兄が敬われれば、妹はそれは嬉しいに違いない。しかしヒカリの笑みには喜びと共に、とある感情も見え隠れする。


「羨ましいです。兄に構ってもらえる我王さんが、純粋に兄を慕える我王さんが」


 ヒカリは違うのか? と、瞬間声に出かかったものの口を噤む我王。違うから言っているのだ。それを問うのは、あまりにも野暮だった。


「俺は転生者で、もの珍しいだけだろう」

「――――優しいですね」


 優しさ。そう、ヒカリ・エメルダは優しさに飢えている。それは誰でも良いという訳ではない。兄と慕う、マルスの優しさに飢えているのだ。


「兄は私を拾い、育ててくれました。あんな兄でも、初めは可愛がってくれたのです。今ではスキルの為だと言いますけど、私のスキルは珍しいですからね」


 確かにマルスは言っていた。ヒカリは使えるから拾ったと。そして魔物を倒しに出向いた際、ヒカリの能力は己を知る上で逆効果とも言った。


「失礼だが、君のスキルは?」

「エールといいます。私以外の者の身体能力を向上させるスキルです」


 ヒカリのスキルは補助で、いわゆるバフ役。仲間の力を引き上げるその力は、チームプレイにとって大きな意味を為すし、マルスが必要とするのも頷ける。また己を知る上では逆効果、これは引き上げられた力では自身の地力を知ることができないことを指している。


「Cスキルなんです。大したランクじゃないですよね。他に使える人を見たことはありませんが、効果もあまり強くはありません。おまけに使える回数も限りがあるんです」


 確かに効果も弱く使える回数が決まっているのなら、その使いどころは限られてくるだろう。だが、我王はその説明に些細な違和感を感じる。スキルの解釈は各人の裁量。自信の持てないヒカリはそれ故に。


「ですが、そんな私の珍しいスキルも、仲間が増え、自衛団が大きくなる内に、それほど重要なものではなくなっていったのでしょう。兄は次第に私への興味が失せていきました。今では口を挟めばやっかみがられ、兄の尻にくっつくお邪魔虫です」


 卑屈が卑屈を生み、ヒカリの顔には年相応には思えない悲愴が浮かぶ。そんなヒカリにかけてやれる言葉を我王は持ち合わせてはいない。ただ黙って、話を聞くしかできることはなかった。


「私、一体何を話しに来たんでしょうね、つまらない話を。失礼しました我王さん、お稽古の邪魔をしてしまって――」


 ヒカリ・エメルダ。名とは対の闇を持つ少女。彼女が、真の愛情を知る時は――

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