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スキルガチャ

 自らを神とするミラノア。紫焔の髪は地獄を表し、灰の肌は滅びを表す。刻む紋様は蜘蛛糸のようで、身に絡むそれの終着点には、全てを無に帰す漆黒の眼が備わる。背丈は小さく少女のようだが、見ようによっては千差万別。幼くも禍々しく、妖しくも神々しい。何にも例え難い、ある種の神性を帯びている。


「て、転生? 転生って言ったの?」

「まじか! 漫画みたいに転生したのか?」

「今の僕らはいわゆる最強ってやつ?」


 すかさず押し寄せる怒涛の質問。やれやれと肩を竦めるミラノアは、息を漏らして五指を開くと、集う生徒達へとそれをかざした。


「どうどうどう。逸る気持ちは分かるけどさ、尋ねる前に話を聞こうよ。質問コーナーはその後で、OK?」


 戒められ、その場は口を閉ざす生徒達。うんうんと頷くミラノアは笑みを零し、その流れで心地よく高説に浸るつもりだった。


「さて、先程の質問にもあったけど、君達の思う通り、君達は死んで、君達は転生し、君達はこれより異世界へと送られ――」


 ざわざわざわざわ……


 と、やにわに騒めく生徒達。これにて三度目。張り付くミラノアの笑顔には、震える青筋が浮かびはじめる。


「うそ……元の世界へは帰れないの!?」

「異世界ってことは異能力は?」

「だから、最強になれんのかって?」


 そして騒めきは一層大きく、嵐の様相を垣間見せる。しかしミラノアは神であり、災いも恵みも思いのままだ。神託一つで、些細な嵐などふっと一息……



「殺す――あと一度、その口を開けば――」



 ミラノアが示したもの、それは混じり気のない純粋な殺意。争いもなく、殺害などとは縁遠い高校生の彼らですら、言葉の持つ本来の意味を直感した。ミラノアは禁を冒した者を本気で殺すつもりだし、その意図は神気となって生徒達に滲み、芯から心身を震わせる。


「はい、よくできました。じゃあ続きを話すね。異世界に着いたら、君達には”あること”をお願いしたいんだ。それは人類の安寧の為に戦うこと。君達の赴く世界は魔物と魔人がはびこっている。人類の領地は残り僅かで、ともすれば絶滅しかねない危機に瀕しているんだ」


 これだけを聞けば神に相応しい、平和を願う御心だろう。殺気さえ見せなければ、一同はミラノアの言葉を信用したに違いない。だが、相反する魔性の一端を見てしまえば、語る正義は上辺だけの偽りとしか思えなかった。期待に胸を膨らませる者など皆無に等しく、不安と恐怖が顔に張り付く。ただ一人、六帝我王を除いては――


「あは、みんな顔が怖いよぉ。ほら、笑って笑って! 魔物と聞いて恐ろしいのかもしれないけど、大丈夫だってぇ! そんな君達には特別な力を与えてやるからさ!」


 恐怖の源はミラノアで、語る解釈には齟齬がある。とはいえ特別な力の存在は、不安の種の一部を取り除き、代わりに芽吹くのは安堵の微笑。しかし、ミラノアの興味が生徒達の安心にある訳はなく、特別な力とやらでもなければ、それ以前の段階で頭を悩ます。


「選別は何がいいかね。もう飽いたけど、安定のガチャにしとくかな」


 ガチャとは博打的な要素の強いもので、それを安定とはどういうことか。その矛盾に一同の頭には疑問符が浮かぶが、ミラノアの言葉は生徒達に向けられたものではなく、神々の内情に関わることである。


「さぁて、君達に与えるのはスキルという力だ。それを平等に、実力とか名声とか、財産とか人柄とか、そんな下らないものは関係なしにランダムで授けるよ。必要なのは天運のみだ。運に任せて、スキルガチャをやってみよぉおおおぉぉぉ――――で、質問タイムだよ。何かある?」


 聞きたいことは山ほどある。許されるのであれば投げ掛けたい。しかしあの殺意を前にすれば、委縮した生徒達は本当に話して良いのか恐ろしくて。誰かが喋りだすのを、ただじっと待つことしかできなかった。


「あれあれぇ? 黙れと言えば喋り出し、話せと言えば口を噤む。君達、天邪鬼だなぁ。質問がないのならこのままガチャに入るけど、いいのかなぁ?」


 横槍を嫌い、円滑を好むミラノアの機嫌は上々だ。心地良く次の段取りに進めると踏んだのだが、その矢先のことだった。


「おい」


 沈黙を破る声。声主は我王。


「ちぇ、あるのかよ……質問。で、何かな?」


 ぴんと張り詰める空気の中、神力に慄かなかった唯一の男。組まれた腕すらミラノアの頭上なら、更にその上から見下ろす我王は、威圧混じりに尋問を開始する。


「貴様、何がしたい?」

「それってさっき話したじゃないか。世界の平和の為に――」

「嘘を吐け。ならばなぜ、ここまで回りくどいことをする。平和を望むなら自らで赴けばいい。魔物を倒したいのなら博打に頼らず、強力な能力とやらを皆に与えればいい。貴様の言うことは矛盾してる。真の理由は、ただ遊んでいるだけだろうが!」


 怒れる我王の言葉は、文句のようで正論だ。しかし神にも事情はある。少しばかりの鬱陶しさを感じたミラノアは、ほんの少し、我王に向けて睨みを利かせた。だが、神の少々は人間にとって甚大で、びりびりと空気を震わす巨大な圧が、生徒一同に降りかかる。


「面倒くせぇなぁ。しかしまあ、そう思っちゃうよね。でもね、遊びじゃないんだよ。本音を言えばこれはビジネス。神の使命ってところかな」

「ビジネスだと?」


 首を縦に振ると、ミラノアは返した掌を差し出した。かと思えば天にかざし、胸に置いたり、身振り手振りを交えて、秘すべき神の内情を語り始める。


「こんなこと言っちゃっていいのか知らねぇけどさぁ。君達の活躍を楽しむ観客がいる訳よ。要は君達は役者であり、ゲストであり、小説の登場人物でもありうるんだ。私が呆気なく倒してもつまらない。君達が強すぎてもつまらない。ほどよい塩梅と演出が必要なんだよなぁ。それが転生を司る神の使命、ビジネスって訳だね」


 ふざけるのも大概にしろと。人の命を弄ぶなど、世の倫理では許されざる大罪だ。なんて、あくまで人の世に限った話。ミラノアは神であり、人の法など通用しない。どころか生き返らせた、転生の恩が自らにあるとし、感謝されこそすれ恨まれる筋合いなどないと、本気でミラノアは考えている。


「貴様、俺達を見世物にしようというのか!」

「見世物、良いじゃないか! 君達は皆、芸能人というものが大好きだろ? 羨望の的だし、きゃあきゃあ言うし、テレビや動画も見れば、プライベートすら知りたがる。そんな憧れの有名人と同じ見世物にこれからなれるんだよ? 何も奴隷や犯罪者になれって言ってる訳じゃないんだ。万々歳だろ?」


 そんなミラノアの言うことも正論――のように見えて、実はこちらは出鱈目だ。単に似たような事柄を並べて正当化しようとする、こじつけの暴論に過ぎない。しかし神などそんなもの。自身の言葉が全てで、それが真理。


「下らない質問だったね。じゃあ質問タイムはおしまいにして、早速ガチャをはじめてみよう。君達に馴染む、五十音順てやつで引いてみようか」


 クラスの生徒は四十人。我王は”り”からはじまり、四十番目となる。


「じゃあまず――って、名前なんだったっけか。こんなんだったら教師も転生させておくんだったなぁ。口うるさそうだからそのまま逝かしてやったけど。じゃあ、君達で判断して、一人ずつ私のとこにおいでよ」


 恐怖に縛られる生徒達は言われるがまま、順々にミラノアの下へと足を運ぶ。


「あ、安藤です……」

「そうか! では”安西”くん、ここに神の力で創ったガチャポンがある。レバーを捻って、出てきたスキルが君の能力だ。さぁ、神に祈って――って神は私だ。なんでもいいから適当に祈って、ガチャを引いてくれたまえ!」

「はい……えと、僕は安藤――」

「黙れよ、早く引け」


 急かされ、震える手でレバーを捻る。一見すれば市販のガチャポンにしか見えないが、排出口から転がり出たものは、光り輝く珠のような物体。安藤は恐る恐るそれに触れると――


『Aスキル 身体操作』


「Aスキル? し、身体操作?」

「やったじゃないか! ”安野”くん! 身体操作はレアスキルだよ。肉体の強さを一時的に十倍まで引き上げるんだ。スキルはDからSSSランクまであるんだが、Aなら十分に異世界でも通用するよ。スキルは思いが引き金だ。早速使ってみてごらん」


 最強とまではいかずとも、使い勝手の良さそうなスキルに満足げな安藤。早速スキルを使用すべく念じてみると、沸き立つような力がその身を包んだ。


「成功だね。いやはや、”安条”くんは覚えが早い! じゃ、次いってみようか」


 その後もスキルを引き続ける生徒達。安藤はレアスキルと喜んだが、その後の生徒達もAからSスキルを取得して、安藤の顔からは次第に笑みが失せていった。


「実に運がいい! 橋本くんはSスキルの身体ブーストだ。肉体の強さを一時的に五十倍まで引き上げる。完全に”安倍”くんの上位互換だな」


 この瞬間、安藤は声を出して咽び泣いた。

 

「次は誰かな? そろそろSSスキルなんかが出てくれるかもしれないね」


 ”は”の次は”ひ”。おずおずとした様子で歩み出る一人の少年。尼削ぎの如しボブヘアを靡かせ、潤む眼で神を見上げる。


「ひ、光野(ひかりの)(みやこ)です……」

「そうか、宮くん。じゃあ君も早速引いてくれたまえよ」


 促され、小さな掌をレバーに掛ける。息を吞み、それを捻ると、現れたものは黒く淀んだ、一切の輝きのない重々しい玉であった。


「こ、これは?」

「あっちゃぁああ! これはDスキルのバーサーカー。所謂ハズレスキルというものだよ。残念、無念、また来世!」


 公で、それも大声でハズレを告知されてしまう宮。生徒達は宮の惨状を耳にすると、やにわに騒めきを見せはじめる。


「宮の奴、ハズレだってよ」

「ってことはあいつ――」


 指を立て、こそこそと囃し立てる生徒達。陰湿さを嫌い、陰口に我慢のならない我王は、中でも特に悪目立ちする、黒野(くろの) 虎徹こてつの胸ぐらに掴みかかる。


「おい、黒野。宮を馬鹿にするのは許さんぞ」

「ち、違うよ……我王くん。違うんだ、本当に……」


 言い訳がましく弁解を求める黒野を見て、その首を更に締め上げる我王。これでは喋りたくても喋ることができない。


「何が違う。現に貴様は――」

「やめてよ! 我王! 黒野くんの言ってることは本当だよ!」


 慌てて駆け寄る宮は、我王の腕を外さんと掴みかかる。宮の腕力に動じる我王ではないが、宮の言葉に力が緩むと、黒野は息も絶え絶えに四肢を落とした。


「皆は僕のハズレスキルを馬鹿にしたんじゃないんだ。それどころか、むしろ驚いたんだと思うよ。良い意味でね」

「宮……お前は一体、何を言っているんだ?」


 ハズレは外れ、的外れ。それを良い意味で驚くとは? 宮の言うことは要領を得ないが、息を整えた黒野は我王を見上げ、ようやく言葉の先を口にする。


「そ、そうだよ。宮の言う通りだ。ハズレスキルっていうのはね、実はすごい能力だったという創作がよくあるんだよ。だから、宮のハズレに驚いたんだ。決して馬鹿にした訳じゃないんだって……」


 この説明、異世界転生に詳しい者なら納得がいくのかもしれない。しかし我王は、その界隈には無知だった。よくある話だなんて知りもしない。しかめっ面で首を傾げていると、そこにミラノアが口を挟む。


「あちゃあ。せっかくガッカリ感を演じたというのに、皆よくご存知で。確かに宮くんのバーサーカーは使い勝手は悪いよ、自我を無くして暴れるんだから。故にDスキルという格付けだ。でも決して弱い訳じゃない。むしろ単純な闘争だけで言えば、Sスキルにすら引けをとらないだろうね」


 ハズレとは、リスクを考慮してのDランク。その説明でようやく合点のいった我王。にしても、大人しい宮がバーサーカーのスキルとは似合わないと。当人の能力や性格は、スキルの選択に反映しないのだと、そのことを改めて認識する。


 その後はハズレスキルが出ることもなく、遂にガチャの順番は終盤を迎えた。


闇代(やみしろ)うるうよ」

「――閏ちゃんね。じゃあ、引いてみ」


 数十人の選別を終え、飽きはじめているようにも見えるミラノアを前に、ガチャを引く閏。その様子を眠気眼で眺めるミラノアは、開いた大口に手を当てていたのだが、出てきたそれは些細な眠気を、軽々と吹き飛ばすものであった。


 今までに類を見ない輝きを放つ珠。それは目が眩むほどに強く、この場全体を白色の光で染め上げる。


「おお! これはまさかッ! 早く手にするんだ! 閏ちゃん!」


 眩さに目を細め、手探りで珠に手を添える閏。するとその光は吸い込まれるように体内に集束し、場には会得したスキル名だけ残された。


『SSスキル ボマー』


「うぉおおお! 凄いじゃないか! はじめてのSSだよ! ボマーはエネルギーで出来た爆弾を生み出す能力で、その威力は全スキルの中でもピカ一だ!」


 熱くスキル解説をはじめるミラノアだが、対して閏は冷めた面持ち。慌てふためくこともなければ、凛とした態度を崩さない。


「少しは乗ってくれてもいいじゃん。まあ、いいや。じゃあ次は――」

「俺だ」


 遂に訪れる我王の番。このガチャに生来の人間性は通用せず、運だけがその出目を左右する。なのだが、生徒達は皆一様に”我王は天運すらもねじ伏せる”と、そのように感じた。


 毅然とした態度でガチャに臨む我王。その手がレバーに触れた時、大音量のアナウンスが雲海の果てまで響き渡る。


『三連チャンス!』


「わぁあああお! 君は何かを持っているよ! ここにきて三連チャンスを引き当てるとは!」


 三連チャンスとは、その名の通りガチャを三回引くことができるサービスだ。このガチャの場合は一回一回引くのではなく、一度に三つの珠が出るのだが。しかしそんなことより、やはり我王は尋常ならざるものを持っていると。勝利の道を歩み続け、決して誰も追いつくことはできない。皆の感覚が確信へと変わった瞬間であった。


 場の全ての注目が集まる中、手にしたレバーを捻る我王。現状は宮を除き、皆がAランク以上のスキルを手にしている。我王はそれを三つも、下手したらSSSランクすら引き当ててしまうかもしれない。そう、皆が感じた。我王ならやってのけると、誰もがそう信じた。


 そして、排出口からは三つの珠が転がり出る。赤に青、そして黄、それらの珠は閏のものとは違い直視でき、仄かに淡い光を放っている。


「え? えぇ!? 君、これって……まさか……!」


 その、まさか。我王が珠を手にすることで表示されたスキル名。


『Cスキル 氷結』

『Cスキル 硬質化』

『Bスキル 俊敏』


 C――C――そして――B。


 レアスキルでもなければ、ハズレスキルでもない。三つも引いて我王が得た、その陳腐なスキル群は――


「三連を引いておいて、なんて運が悪いんだ。君の得たスキルは異世界の一般人ですら修得しうる、なんの変哲もない”普通”のスキルだ」

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