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祭りの後

 翌朝の我王の目覚めは、祭りを終えたアジトのままだった。夜通しの宴会はもちろん、昨日は心身ともに酷使した訳で、疲労は眠気となって我王を襲い、テーブルに突っ伏す形でノックアウトした訳だ。


 マルスは、我王と宮が転生者であることを団員達に語らなかった。伝説が故に信じてもらえないということもあるが、何より恐れるはそれを知り、身柄を求める者が現れること。噂は思いもよらぬところから流れ出る。知る者はマルスとヒカリ、そしてセラフィの三名だけ。我王と宮にも素性を明かさないようにと念を押した。


 床にはだらしなく寝そべる者が大勢いるが、そこにマルスの姿はなかった。さすがは用心深いリーダーと、そう思いきや、皆に朝食を配るヒカリの話では、マルスは二階の自室で酷い二日酔いにうなされているそう。酔ったマルスの無重力大道芸は胃の内容物まで押し上げて、よもや会場は大惨事となりかけた。


 宮はヒカリと共に給仕の仕事を張り切っている。泥酔前のマルスいわく、宮はサポートに回すそうだ。暴走のスキルは易々と使えないが、転生による肉体強化は十分に遠征時のサポートとしても堪えられると踏んでいる。


「ちゃあんと生きて帰れたようね。昨日はあまりお話できなかったけど、覚えているかしら?」

「もちろんだ、ユリア・ターフェライト。俺はマルスのように酔い潰れた訳ではないからな」


 頭の先からつま先まで、さながら濡鴉を思わせる黒を纏う女性は、レストランの経営者にして昨日の宴会の料理人。そして配られる朝食のスープを作ったのも全てこのユリアによるもの。そんなユリアだが、決して自営団の専属料理人という訳ではない。彼女のスキルは戦闘向きだし、戦いの場に参じることがメインの役割だ。


「自営のレストランも営業し、かつ自衛団の活動にも参加するとなると、なかなかの重労働だろう」

「確かにね。でもね、仕事を続けるのには意味があるの。それはチームの為であり、自身の為でもある」


 ジュエラレイドには自衛団以外の仕事を持つ者も大勢いる。それは知識や情報、流通などあらゆる分野で役立つし、団員に万一があった場合――いや、万一どころではなく、危険は常に背後にあるのだ。戦闘不能のダメージを負った際、片手間でもいいので何かしらの職を持っていた方が社会復帰しやすいと、マルスはそう考えている。


 もちろん、戦える身でなくなった時点で捨て置くような真似はせず、貢献した団員の保護と保証はするつもりだ。しかし、保護するマルス自身がいつまでも無事とも限らない。だからそれを頼りにするような生き方はさせない。厳しいようで、それが一番本人の為になると理解しているから。


「それに辛いと思ったことはないわ。自衛団の任務は誇りに思うし、レストランの仕事は日常に帰る時間を与えてくれる。それに私、何もしてないと不安を抱えちゃうタイプだから――」


 ユリアはさも自身の特性のように話したが、それは戦闘に身を置く者ならば誰しも考えてしまうこと。不安の種はもちろん――死。


 一人になると思考が回る。考えても仕方がないのに、死に怯えてしまう。片時でも解放される自営の仕事は安らかで、そんな意味も含めて、彼らには必要不可欠なものなのかもしれない。


「それより、団員の皆とは仲良くできたかしら? 皆気のいい連中でしょう?」

「ああ、お陰様でな。こんなに人と喋ったのは人生初だろう」


 微笑むユリアを見にした我王は、まるで温かく迎えてくれる家族のような絆を感じた。いかに強靭で大人びた我王とはいえ、その実、歳は成人にも満たないのだ。親元を離れ、殺し合いを経験し、荒む心に潤いを与える精神のオアシス。それは転生以来張り詰めて、凝り固まった険を優しく解いていく。


「相変わらず堅物だねぇ」

「もっと豪快に笑ったらどうだ!」


 和やかな空気の中、唐突に背に声を掛けられる。振り向けばその者達は、酔いの勢いでしつこく絡まれた二人組。


「シャルとバンデッドみたいなのがこれ以上増えたら、うるさくて敵わないわよ」


 シャル・コスモゲート。自衛団では近接戦闘を主にする剣術使い。体躯は細身だが、瘦せているというより引き締まっているといった方が正しい。長めのブロンドも不潔さを感じさせず、どころか大人の色気を思わせる。微妙に語尾を伸ばすのが特徴で、黙っていればイケメンの典型。


 バンデッド・アゲート。シャルと同じく近接戦闘を得意とする。しかし使うは己の拳。その役どころに違わず、肉体は筋骨隆々とした剛健そのもの。スキンヘッドの所以は、その肉体を養う男性ホルモンによるものか。


「がっはっは! それは如何にも!」

「間違いないなぁ!」


 豪快に笑うバンデッドと、ケラケラと甲高いシャル。高低交わるその笑い声は、確かに煩わしいと言えるだろう。床に伏せる者達も鬱陶しいといった顔を見せるが、シャルとバンデッドは自衛団の中でも古株で、諫めるにしろ言葉を選ぶ。だが、そんな気を配る必要のない者が一人いて――


「てめぇら! うるせぇぞ! 頭に響いて敵わん。やるなら外でやりやがれ!」


 上階から吠えるマルスなら、二人の騒がしさを戒めることができる。ジュエラレイドはマルスの立ち上げた団体で、彼の命に勝るものは存在しない。


「こえぇこえぇ」

「一番うるさい男のお出ましだ」


 大人しくする二人を見届けたマルス。痛む頭を抱えながらに背を向けると、丁番ごと抜けるような大音と共に扉を閉じた。


「ここは大人しく退散するかねぇ。俺は鍛冶屋、バンデッドは顔に似合わず宿屋をやってるからよ、何かあったらいつでも来てくんなぁ」

「宿屋に顔なんか関係ないだろう!」


 シャルの憎まれ口に怒号を返すバンデッド。二階からは壁を叩く大きな音がこだました。


「逃げろ!」


 一目散に屋外へと逃げる二人。嵐も過ぎ去り、室内は再び静寂へと帰った。

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