無限大のコンビネーション
「――起きて――」
その者は記憶が混濁していて、呼声は草木のさざめきのように微かに耳に届いた。
「――起きて! 我王!」
我王と呼ばれるその男、耳に馴染んだ声を辿り、ようやく意識をその身に戻す。
「そ、その声は宮……か?」
虚ろ眼に滲む視界、動く影は光野宮。つぶらな瞳を顔に寄せると、大きく溜め息を漏れ出したのだった。
「着いたよ、我王。もう、ずっと寝てるんだから。うなされてたけど、悪い夢でも見ていたの?」
見渡すと、そこは修学旅行中のバスの車内。どうやら我王は移動の最中、ずっと眠りに就いていたようだ。
その間、我王は夢を見た。それは途方もなく長い夢。幻想に溢れながら、それでいてとてもリアルで、かつ今この目の前に広がる世界が、遥か尊く思えるような、とある異世界の物語。
「ほら、降りるわよ。我王!」
通路を挟んで右側には、幼馴染の闇代閏がいて、待ちに待った修学旅行を前に、年相応に無邪気な笑みを浮かべている。
閏に急かされ席を立つ我王。すると背中にどすんと、一人の男がぶつかってきた。
「あ……ご、ごめん。我王くん……お先にどうぞ……」
和気あいあいとした空気から一変、張り詰める緊張。我王の機嫌を伺う黒野は、上目遣いでびくびくと尻込みをする。
「いや、すまなかったな、黒野。黒野が先に通ってくれ」
――――
――――――
――――――――え?
「えぇええええええ?」
「はぁああああああ?」
一斉にどよめくクラスメイト。自信に満ち、自尊に溢れ、我が道を貫く覇道の男。その六帝我王が、一行為とはいえ人に道を譲るなんて。
「ん? 何か変なことでも言ったか?」
呆気に取られる我王だが、その振れ幅は、皆の唖然とは一線を画すものだろう。
「い、いや……そういう訳じゃないけども……」
「だったら通ればいい。正しいと思うなら、自信をもって意志を貫け」
「え……はぁ……」
頭では理解できなくても、心にはきっと届くはず。黒野はそれを、何処かでずっと後悔し続けてきたのだから。
そんな一連の我王の変化に、宮と閏は疑念の面持ちを露わにする。
「何か、変わった?」
「なんていうか、威圧感が消えてしまったみたいだわ」
「そうか、弱そうに見えるか?」
気恥ずかしそうに頭を掻く我王だが、その弱気な仕種とは裏腹に、我王の体は前より大きく、そして逞しくなっている。
「ううん。むしろ、とても強いわ。暖かくて大きくて……優しく包み込むような、そんな大いなる力を感じる」
いかに強大だろうが、私欲に溺れた力に真なる強さは得られない。Sスキル? SSスキル? SSSスキル? その上だろうが、それらを幾つ所有しようが、真の強さの前には、決して何者も及ばない。
「譲り合いや助け合いは大事だからな」
「え、ええ? ほんとに君、我王? 一匹狼で、我が道を行くって感じだったのに」
「宮、閏。人はな、一人では生きていけない。助け合い協力しなければ、決して真の強さは得られない」
一人一人は大したことがなくても、力を合わせれば強くなれる。その強さは、個人では到底出し得ない、なぜならそれは……
連携、コンビネーション。その力は足し算ではなく、集まる毎に乗算されて――
「全世界の人々が助け合い、協力し合えば。その力はきっと、神に定められた運命すらも覆す、無限大の力だろう――」