スキルコンビネーション
戦略と戦術とは、同じことを言っているようで実は違う。戦略は進むべき方向性やシナリオを指し、戦術はそれを実現させる為の具体的な方法を指す。それらを組み立てる為にも、まずは六帝我王という人間に何ができるか、という点がはっきりとしなければ机上の空論。絵に描いた餅となってしまう。
「相手の情報を知り得ても、自分のことを知らなければなんとやら、ってやつだな。戦略や戦術は身の丈にあったものを組み立てなければならねぇ。理想を追い求めるのは綺麗ごとだが、商売のそれとは違って、失敗した場合に次があるとは限らねぇ」
我王の持つスキルは氷結に硬質化、そして俊敏。複数スキル持ちは例外的な存在だが、一つ一つで見ればこの異世界ではありふれた能力である。
「てめぇのスキルはC、C、そしてB。対して俺の重力操作はAスキル。きちんと練っているのなら話は別だが、考えなしに上位スキルと勝負を挑もうなんてのは論外だ。なぜならスキルの強さの概念は、足し算だからだ」
スキルの強さは絶対。そのことはミラノアも語っていた紛れもない真実。CスキルやBスキルでは、真っ向勝負で格上に勝つことは厳しい。それほどにスキルのランク差は大きいもので、覆すことのできない現実なのだ。
「例えばCスキルなら十、Bスキルならそう、百だな。Aなら千といったところだ。肉体の強さはせいぜい十程度だと思え、そしてそれらを足す。我王の答えは肉体プラス、C足すC足すBで百三十だ。対して俺は千十。これではてめぇに勝ち目はねぇ」
その差は我王の八倍。桁も異なる、まさに桁違いの戦力差がそこにはある。
「しかしそこに戦術が加わる。簡単なもんだが、バーサーカーを発動した宮と戦う俺。その背を、俊敏で近付く我王がナイフでブスっと。それだけで百回戦おうが勝てない俺を、あっさり葬ることができちまう。戦術は掛け算だと思え。宮が二十だとしても、てめぇと交われば二千六百。そりゃあ俺に勝ち目はねぇよな」
多人数によるチームプレイ。それを我王は美しく感じた。マルスに求めるものには連携という点もあったし、教えてくれるのは有難い。だが我王には一つだけ、我儘というか、気掛かりな点が残されていた。
「確かに言う通りだ。しかし俺には、誰かと協力するしか強くなる術はないのか?」
我王は今まで一人で戦い、孤高の強さに誇りを持ち続けてきた。個で強くなることは敵わないと知り、その顔には些かの陰りが見える。しかしマルスの言いたいことはそうではなかった。それは誰にでも言えることではあるが、特に我王に対しては大きな意味合いを持つ。
「あくまで今のは、てめぇに分かりやすくしただけの例えだ。人数だけで勝敗は決まらねぇし、きちんと連携が取れなければ、掛け算どころか足を引っ張っちまう。要は戦い方が大事だということだ。そしててめぇは、個人で練れる戦術が誰よりも多い。なぜならてめぇはスキルを三つも持っている。いいか、もう一度言うが――」
スキルを得るのは足し算だ。
肉体にスキルの力を上乗せする。
てめぇがやるのは掛け算だ。
スキルとスキルを組み合わせる。
イコール、その答えは――
「十掛け十掛け百掛けの――”一万”だ」
一万。その数値、凡そマルスの十倍にも至る。あくまで分かりやすく説明する為に用いた適当な数字である。しかし、戦術を練れば圧倒的な強さを得ることができると、それ自体は間違いでも憶測でもなく、紛れもない真実。
「し、しかしだ! 速くなろうが頑強になろうが、その効果を補完し上回るスキルが存在するのだぞ! 併用したところで、それを上回ることなど――」
「馬鹿かてめぇは! 併用しただけじゃ足し算のままだろうが! 乗算するには応用する必要があるんだよ!」
マルスは語気を強めたが、大きく息を吐いては仕切り直すと、諭すように続きを語り始めた。
「いいか、スキルは考え方が重要だ。俺の重力を操るスキル、重くするだけだと誰が決めた? それに気付いた俺は軽くすることを覚えた。てめぇの知り合いの閏。話では爆弾を操作するらしいが、ゴーレムとの戦闘では目に見えねぇほどの爆弾を操作していた。スキルの爆弾には大きさや視覚化の概念がないと気付いたからだ」
マルスの言う通り、スキルには凝り固まったルールなど存在しない。こういう能力だと詳細が決まっている訳ではなく、あくまで大雑把な概要だけしか伝えられていないのだ。それをどう捉え、解釈を広げるか狭めるかは各人の裁量。
「では果たして、てめぇのスキル。硬質化は体を硬くするものだと誰が決めた? 俊敏は足を速くするものだと固定観念を抱いたのは?」
我王は分かりかけてきていた。マルスの言いたいこと、それは――
「てめぇの能力の氷結。それに俊敏を組み合わせれば、超高速で氷塊を生み出すことができるのでは? 更に硬質化を組み合わせれば、その氷を砕くのは困難になるのでは? 相手の体表に氷を高速で生み出し続け、それは抗おうが砕くことはできない。どうだ、聞いただけでも寒気のする、必殺の能力だとは思わねぇか?」
六帝我王、この日二度目の感動に至る。マルス・エメルダは我王にとって運命の出会い。閉ざされたはずの道を切り開き、新たな世界へと導く、会うべくして会った、最良の出会いだったのだ。
「我王。てめぇはこの世界でただ一人の、スキルコーディネーターだ」