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この世の終わりを告げる戦い

 闇代閏の持つ力、それはテルミナレベルを遥かに勝る。巨大な魔物を駆逐して、魔人すら赤子の手を捻るが如く。SSスキルとはそれほどまでに強い。対して我王はBスキルに、Cスキルを二つ持つ。スキルの数は勝れど、力の差は歴然だ。


 我王はまず、驚異の力を持つ閏との間合いを計ることに。床を蹴り上げ背後に飛んでは、決して閏から目を離さずに木壁を突き破る。しかし閏は追うでもなく、部屋に一人残される。


 それを疑問に思う間際、閏の爆撃は開始された。想い出の家屋は塵と消え、遺体も墓も残さない。あわよくば魂さえも、それが閏の葬送だった。


「これが合図よ、我王。でなければあなたは、既に幾度も私に殺されている」

「だろうな。しかし、そうしなかったのが閏の意志だ」


 我王は更に後方へと距離を取り、森の中へ姿を消す。しかし決して逃走ではない。今生この世の決着は、今この場で必ず示す。


「分かっているのね。さすが我王は賢いわ」


 閏のスキルは、触れて爆発する類のものではない。熱で誘爆こそすれ、相手を視認し、心のスイッチで起爆する。ターゲットを狙うには目視が必須で、気配を感じて直撃できる代物ではない。だからといって、狙いは人でなければならないことはない。


 閏の周囲一帯、木々は爆破に見舞われて、瞬時に更地へと様変わりする。


「直撃は難しい、けれど巻き込まれればそれで構わない。私の爆弾は目に見えず、危機の接近にも気付けないわ。天運頼みで、果たして勝ち目はあるかしら」


 閏の爆撃は四方八方、無闇やたらな当てずっぽう。一つ一つの爆破が火精霊の威力を上回り、これほどに連打すれば魔法であれば続かない。しかし閏の攻撃はスキルであり、その弾薬は無制限だ。更に不規則な爆撃は、立ち入る隙を惑わせる。このままでは埒があかないと、そうした我王はマルスに用いた策を講じる。


 爆風に靡く閏の黒髪、その風に冷たさを感じたかと思えば、周囲には軟弱な木に代わり、強固な氷柱が連なった。氷柱の森を盾に閏への接近を試みる、それが我王の策である。しかし――


 止むことのない爆撃の嵐は、マルスの全力をもって砕きうる氷柱を、いとも容易く砕き割る。更に氷は破砕片となり、榴弾に見る拡散を見せる。硬質化がかえって殺傷力を増し、これでは近付くことができない。


「無駄よ、我王。私に策は通用しない」


 一歩、また一歩と、歩みを進めると共に移り変わる爆撃の範囲。我王の逃げ場は徐々に削られ、死へのカウントダウンが迫っている。


「木々の数は有限で、全てが更地となれば、それであなたはおしまいよ」


 閏の言う全てに偽りはなく、世界樹でさえも薙ぎ倒すつもりでいる。我王が姿を現さなければ、精霊の排除も厭わない。


 そんな閏の進行だが、突如中断を余儀なくされる。次の一歩を踏み出す足が、地に張り付いて動かない。異変を感じて視線を落とし、それが我王の仕業だと気付いた時には、既に氷の足枷は形を変えて、上体にまで昇り詰めた。


「これは――」


 魔人すら捉えた氷の足枷、そこからはじまる全身凍結。腰まで固まれば足には届かず、足腰を使った力学や、踏み込みの勢いだとか、砕き割る技術をも封じられ、凝り固まる部位は生来の力をもってしか砕きようがない。そして氷塊は頑強で、更に僅かなひび割れ程度では、瞬く間に修復して強靭に再固してしまう。


 イゴールはこれを魔法で溶かした。己の身体を焼くという、諸刃の策をもってして。しかし閏は魔法をもたず、ならば抗う術はないかと言われれば、仮にこれが鋼鉄だとして、閏の窮地にはなりえない。


「貧弱ね。この程度、極小の爆弾をもってすれば――」


 ぽんと一つ耳に届くか、鼓膜を撫でるほどの微かな音。そのたった一度の爆発で、腰まで覆う氷塊に、深い亀裂を刻み込んだ。抗いから生じるヒビならば、修復の速度が勝るだろう。対して閏の爆破は瞬時に深く亀裂を走らせ、それが立て続けば、見る間に半身が露わとなる。


 抜け出たのであれば再びと、しかしそれが通じないのがこの策だ。相手が油断し、地に足を着けているからこそ通じるのであり、一度抜ければその者は――


 閏は歩行を止めて駆け出した。走り回り跳び回り、そして爆撃を再開した。閏は同じ転生者にして、数々の敵を仕留めた強者である。その肉体も当然、当初のレベルを遥かに超える。縦横無尽を得た閏を捉えることはもうできない。加速した侵攻を前に、我王の逃げ場は残り僅かとなっていた。


 最後に我王が背を預けるもの、それはユグドラシルの根元の樹皮。つまり身を隠す場所は既になく、我王は遂に閏の前へと、姿を現したのだった。


「鬼ごっこ、子供の頃によくやったわ。私が勝つのは、はじめてね」

「そうだったか? そんな昔のことは覚えていない」


 親友の殺害を前にして、閏は生涯を振り返る。幼馴染として共に育ち、誰よりも長い時を過ごした我王との、かけがえのない想い出の数々を。


「そうね、遠い昔に思える。でも私は覚えている。そしてようやく、私たちのステージは幕を下ろす」


 敵を殺し、同志を殺し、遂には幼馴染すら手に掛ける。残酷にして冷徹で、無慈悲な殺戮者が覗かせる最後の心情。それは思いのほか柔らかで、祝福の微笑みに似た、諦念の泣き顔だった。


「何があっても、私たちはずっと――仲間だよ」

「閏……?」


 あたかもそれは神のように、閏は救いの手を差し伸べた。救済は我王の心臓へ、そして指先が重なれば、痛烈な炸裂音が――


(響……かない……炸裂音はおろか、弾いた指の音すらも)


 ふと、閏は空を見上げた。降り注ぐ青の光に気付いて、仰いだ天に閏は見惚れた。それは感覚すらも置き去りにする、冷たく煌めく氷の世界。


(ダイヤモンドダスト……いや、この極限の青は、細氷だけのものではない!)


 全てを鎮める絶対零度、思考だけが時の流れを許される。青の由縁、無音の正体、爆破の成立しない、その理由。閏は僅かに許された時の中で、その全てを悟った。


(私の爆破には酸素が必要。我王は空気まるごと、凍らせてしまったのね……)


 閏の足元は再び凍て付き、もはや止める手立ては残されていない。術師の我王をも包む氷の世界。閏のスキルは今ここに、完全に凍結した。


(負けた……やはり我王は、強いのね。私は一度も、あなたには――)


 肉体はおろか、空気すらも凍りつく死の領域。氷結を待たずして閏は、そして我王も、虚ろに意識を手放して、その場に倒れ伏したのだった。

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