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闘争とは

 契約とは、柔らかく言えば約束。一定の効果を見出すことを目的とした、合意によって成立する行い。それは書面による場合もあれば、口約束も契約に該当する。


「契約といっても、俺達が支払える金は――」

「文無しに金銭を求めてどうする。てめぇらに弟になれって訳でもねぇ」


 皮肉を耳にして、ヒカリは一人静かに目を落とす。マルス・エメルダとはそういう人間。


「なに、頼みを聞く代わりに、俺の頼みも聞いて欲しいってとこだ。妥当だろ? それに犯罪行為には加担させねぇから安心しとけよ」


 それはまるで詐欺師かなにかの口上で、一概に安心と言っても、この世界の犯罪と我王達の思う犯罪では意味が異なる。決闘での殺人を違法ではないとする国もあるし、飲酒や薬物の規制も現代よりは緩いだろう。反面、身分や尊厳は重く捉えており、蔑ろにする者を死罪と断ずる国もある。よってマルスの言う安心が、異文化の二人の安心に繋がるかどうかは定かではなかった。


 しかしマルスは嘘を言わない。作戦上においてはその限りではないが、契約において騙すような真似をマルスは決して良しとしない。あくまでビジネス上ではあるが、信頼は更なる繁栄と富を運び、不信は衰退と報復を運んでくる。そのようにマルスは考えているからだ。


 町の復興を手伝うのもその一つ。拠点の町が半壊していてはマルスのビジネスに支障が生じる。加えて復興という行いは、町や国の信頼を得ることにも繋がる売名行為。だからマルスは復興に助力する。より多くの富を得る為の、いわばパフォーマンスというものだ。


「では早速だが、俺と戦え。我王」

「今からか!? しかし一体なぜ……」


 マルスは何を教えるでもなく腕試しをしようと持ち掛ける。それは突拍子もない思い付きではなく、もちろん思惑が孕んでいる。


「てめぇに足りないもんを測る為だよ。回復を待ったのはそれが理由だ。話して理解するようなクチじゃねぇだろ? 俺も、お前もよ」


 それもそうだなと、内心で納得する我王だったが。しかし次のマルスの発言は、敬意を表する相手といえども、さすがに我王の心に火を付けた。


「表へ出な、我王。話を聞く限りてめぇは既に二度負けてるが、三度目を俺がプレゼントしてやるよ」

「き、貴様……」


 我王は馬鹿ではないが、やはり若い。ここまで煽られて、今までの我王なら完膚なきまでに相手を叩きのめしていただろう。しかし此度の相手は我王の歯が立たなかったゴーレムを、チームプレイとはいえ相手取れる人間だ。敵うとまでは自惚れていない。だが一泡吹かせてやりたいと、そう思うのも心情的に仕方がない。我王は拳を握り締めると、闘志を燃やしながらにマルスの後に着いていく。


 連れられた先は町の外れの空き地。普段ジュエラレイドが鍛錬を行う場所で、団員共々復興に励む今はほぼ使われていない。丹念に均された運動場とは違い、岩肌が飛び出る凹凸の激しいこの空き地は、戦いの場としては不適切だ。だが、この世界においてはそれが普通でそれが適切。どこで始まるかも分からぬ戦いには、場所が人に合わせるのではなく、人が場所に合わせなければならない。ましてや地形すらも変えうる魔物と戦うに、場所など選んでも仕方がないのだ。


「ルールはねぇ、てめぇは俺を殺すつもりでかかってこい。俺は手加減するがな。じゃねぇとあっさり殺しちまう」

「教えを乞う身だが容赦はせんぞ。手加減など元来得意ではないからな」


 対峙する二人を見つめる宮。面持ちは不安げだが、ヒカリの顔にそれはない。兄の強さを間近で見続けてきたヒカリに、彼の負ける姿を描くことなどできやしない。


「では、いくぞ――ッ?」


 拳を構え、身を沈める我王。戦う姿勢としては妥当に思えるその構え。だが――


「我王が……構えてる?」


 そこで宮も異変に気付く。我王は尊大かつ自信家で、相手を見下ろし捻じ伏せるのがその戦法。そんな我王が身構える姿を、宮は一度たりとも見たことがなかった。相手が格上だから、自然と守の姿勢に入ったと考えるのが妥当かもしれない。しかし実態はそうではなかった。


(なぜ、俺は身を沈めている? 精神的な圧ではなく、沈めざる負えない物理的な負荷。それが俺の体に――)


 だが、それを知った時には既に遅し。続いて更なる負荷が我王を襲う。全身が鉛と化したような多大な負荷に、堪らず片膝を地に着いた。その姿勢は既に戦闘を想定した構えと呼べるものではない。


「バンッ」


 重みに堪える我王に一言。マルスの右手は銃を模り、示指は胸に向けられている。


「これで一度、てめぇは死んだ訳だ。呑気に膝を着いてる間の隙を、敵は大人しく待っちゃいねぇ」

「く、くそ!」


 スキルの一つである俊敏。我王はそれを使い、自重で鈍る体を高速化することで脱出を図る。力の限り地を蹴り上げ、マルスに向かって駆け出した――のだが。


 蹴り上げた地から遥か上方、宙を漂うように舞う我王。その体は軽く、スキルの効果からくるものと誤認してしまいそうになるが。


(お、おかしくはないか? 感覚的に軽くなるのは分かるが、実際に体が浮くこの現象は。これではまるで、テレビか何かで見たような月面に訪れた人間の――)


「バンッ」


 再びマルスの指が、浮かぶ我王へと向けられる。


「宙では身動き取れねぇなぁ、狙い打ちだ。これで二度目だが、果たしててめぇは何回死ぬことになるんだろうな」


 ゆったりと弧を描き、ようやく地に足を着ける我王の巨躯。その間マルスは欠伸の一つでも漏らしながら、のんびりと着地を待っていた。そしてこれだけ見せつけられれば、もう分かるはず。マルス・エメルダのスキル、その真相とは。


「あなたのスキルは、重力を操るものなのか」

「その通り、そしてそれがてめぇの敗因だ。俺のスキルが何だったかではねぇ。スキルの内容を今認識したこと、それが最大の過ちなんだよ」


 マルスは我王の話の内容から、スキルの概要を知り得ていた。話の件で宮を含めて、何の能力かを話してしまっている。対して我王はマルスについて、特に何も聞かされてはいない。マルスのスキルを知るべくもなかったし、それを敗因と言われても納得のいくものでは無さそうだが。


「てめぇは俺のスキルを見ただろう? 助けた時にちょこっとな。それだけで十分ヒントは与えた。凡そ内容は推測できたし、対策だって無限に考えられた。それをてめぇはしなかった。対峙してよ、その後に考えればいいとタカを括った。勝負っつうのはな、戦う前に決着してんだよ」


 言われれば、マルスが手をかざすことで、ゴーレムは機体を地面に落としていた。それはゴーレムのみならず粉塵すらも同様に。見えない何かで攻撃していたのなら、効果の範囲はゴーレムのみのはず。であれば、マルスのスキルは単なる飛び道具ではないと推測もできる。


「仮に何もない空間に人が突然現れたら、てめぇはどんなスキルを思い浮かべる?」

「うむ……瞬間移動、だろうか」

「そうだな、そう考えるのが普通だ。だが時を止めれば似たことができるかもな。分身を生むのもそう、視覚や脳を操る幻覚ってのもあり得る。様々なパターンを想定してよ、それでも分からなければ逃げるの一択だ。戦わなければ負けはねぇからな」


 マルスが話す内容はとても大事なこと。しかしそれは奥義や真髄と言われるものの大切さというより、基礎や初歩といった、基本の大切さを物語るものであった。


「マルスさんはスキルを知られてしまってもいいの? 敵ではないにしろ、我王にも簡単に教えてしまっているし、能力が知れ渡れば不利なんじゃ――」


 この宮の問いだが、能力バトルを嗜む者にとっては当然の疑問である。それらの創作は総じて能力をバラさないし、バラしてはいけないものとすることが多い。だが、マルスの見解は少し違った。


「おめぇ、俺が話したのは基礎の基礎で、普通はスキルを隠し通すなんて無理な話だ。知られなきゃそれに越したことはねぇが、噂ってのは千里を走る。第一よ、戦う相手の戦力なんて知ってて当たり前だ。敵が馬を持ち、銃を持ち、幾千万の兵を持つ。そんなことは周知の事実で、隠し通せることじゃねぇ」


 それが、誰にも知られぬ暗殺者でもない限り——いや、暗殺者だって、それを生業にする以上は、実力は裏の世界で知れ渡る。大事なのは、その暗殺者が起用されたかどうか。そしてどういった動きをするか。つまり最も大事なこととは。


「大事なのは作戦だ。作戦は絶対に隠し通さなければならねぇ。スキルは知れた上で、それを上回る戦略を練る。闘争とはな、思考の連鎖なんだよ。力にかまけて馬鹿みてぇに殴り合うのは闘争ではねぇ。ただの幼稚な餓鬼の喧嘩だ」


 能力が分からぬ相手を想定するのも、必要と言われれば必要だ。だがそんな博打はマルスの好むところではなく、知らぬ相手と戦うこと自体が無謀で浅はかだと彼は断ずる。僅か数パーセントの負けも、重ねていけばいつかは負ける。そしてこの世界での敗北は、そのまま死に直結する。勝率を上げるのではなく、百パーセント勝てる戦いを理想とする。それがマルスの考える闘争というもの。


「一つ目に教えるものは情報、それが戦闘においての究極の武器だ。今の戦いに手に汗握る死闘なんて存在しねぇ。知ってる俺と、知らねぇてめぇが戦えば、結果はこうも圧倒的なものになる。知らねぇてめぇは真正面から重力の負荷を浴び、知ってる俺は俊敏の効果を利用した。それだけでてめぇは二度も死んでる。たった一つの想定外が死に至るこの世界で、未知の敵を相手取るなんて馬鹿げてるんだよ」


 マルスの悪態を吐くような教え。それを聞いた我王は感動していた。我王は自身にないものを持つ者を素直に認めて、かつ敬意を払う。そして我王の期待した通り、いや、それ以上の考えをマルス・エメルダは持っていた。我王は心の内でマルスを讃え、師事したことが正解だったと、改めて感じたのだった。


「二つ目に教えるもの。それがお前の知りたがっていた事柄だ。情報を得た後、それを活かす為に組み上げるもの。戦略と戦術だ」

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