第7話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が入社初日に覚醒した件
「よしっ!」
胸元のリボンに金色の社章を留め、準備完了。
鏡の前でくるりと一周し、制服姿を確認する。
大都野さんの完璧な採寸により、サイズ感はバッチリだ。
「えーっと、神霊企画推進部への経路案内と思兼さんに連絡……っと」
研修中に教わった方法でIDバングルを操作する。
『お疲れ様です。これから向かいますので、よろしくお願いします』
不慣れな手つきでチャットを送信すると、すぐに着信音が鳴った。
『お疲れ様です。ご連絡ありがとうございます。入口でお待ちしていますので、急がずお越しください』
「し、仕事早すぎる……! もう出なきゃ!」
入社早々、遅刻なんて出来ない。
すぐに返信をした後、バタバタと大慌てで玄関へと向かった。
* * *
どうにか目的地に到着し、すでに待っていた思兼さんを発見した。
「おはようございますっ! お待たせして、すみませんっ」
「おはようございます。いえ、僕もつい先程来ましたので……」
ふと、視線を感じたので顔を上げると、真顔で見つめる思兼さんと目が合ってしまった。
反射的に恥ずかしくて目を逸らしてしまったが、……今のは、一体?
イケメンに三秒以上見つめられる事など、人生で経験が無かった私にとって、頭の中をネガティブ思考が縦横無尽に駆け巡っていた。
(私、何か変な事したのかな……もしかして、制服のサイズが合ってないとか? 寝癖付いてる?? 急いで来たから汗だくで匂うとか……!?)
「伊縄城さん? もしかして、入社初日で緊張されてますか?」
「う……」
思兼さんが声をかけてくれるが、押し黙る。気になって仕方がなくなってしまった私は、不安に駆られ勝手に口が開いていた。
「お、思兼さん」
「はい」
「あのっ、お願いですから言ってください!」
「? 何のことですか?」
(明らかに私に気を遣ってくれている……! つい昨日思兼さんからちゃんと言われたんだから、しっかり伝えなきゃ)
「わ、私、どこか変でしょうか?」
「変なんてとんでもない。どうしてそう思ったんです?」
「……はっきり言ってもらって構いません。私、全然平気なので……!!」
「まず、落ち着いてください。つまり僕が、伊縄城さんに何か不安に思わせる行動を取ったということですよね」
「あう……えと、……」
「入社初日から、粗相をしてしまいましたね。配慮が足りずに大変申し訳ありません」
「いえ!? 思兼さんが謝るなんて滅相もないです! ただ、」
「ただ?」
「どうして、見ていたのかな、って……思って」
ボソボソと言い訳めいた口調で捲し立てる傍ら、思兼さんがハッとした顔で口元を手で覆う。
「……すみません。少々、寝不足気味で。呆けていたようです。大変失礼しました」
「えっ! だ、大丈夫ですか? 体調とか……」
「問題ありません。誤解を招く態度でした。以後、気をつけます。そろそろ仕事場にご案内しますね」
「は、はい!」
(やっぱり、部長職って大変なんだなぁ……)
しみじみと考えつつ、私は思兼さんと神霊企画推進部の部屋へと入室した。
* * *
会議に出席する思兼さんを見送り、新しいデスクへいそいそと着席した。
執務室内は、私一人が使用には充分すぎる広さだった。そもそも必要最低限の備品しか無いので殺風景なだけなのかもしれないが。
主に業務時間中は、此方で仕事を行う。
入社初日に至っては、設備のセットアップなどの雑務で一日が終わってしまうだろう。
私は黙々と作業に取り掛かった。
《コンコンコン》
「? はーい」
「しっつれいしまーす♪ やっほーシロちゃん!」
「八木羽屋さん! お疲れ様です」
八木羽屋さんがにこやかに入室してくる。
空いた座席にどっかりと腰掛け、頬杖をつきながらあくびをしていた。
「様子見に来たよー。少しは慣れた?」
「なんだかもう、右も左も分からない感じです……」
顔見知りの八木羽屋さんに会えて、ホッとする自分がいた。朝のシフトが終わり、休憩中なのだろうか。
会いに来てくれた事が純粋に嬉しい。
「だよねぇ〜。大丈夫大丈夫! そんな構えなくても、みんなイイ奴らばっかだからさ♪
そうそう! シロちゃんさぁ、オレもめーっちゃ気合い入れて歓迎会のメニュー決めたから、元気出して!」
「えっ!! 八木羽屋さんが考えてくれたんですか!?」
にやり、と八木羽屋さんが不敵に笑う。
「ハイパースペシャルなディナーに仕上げるつもりだよん! だから、シロちゃんもお仕事頑張ってね♪
気に入ってもらえると嬉しいなぁ〜。あ、そーだ」
立ち上がり様に、八木羽屋さんが真剣な表情で私に近付いてきた。
「オモッチ、けっこー根詰めちゃってるみたいだからさ。優しくしてやってね。……ここだけの話、シロちゃんの事気掛かりなもんだから、ちょくちょく手助けしてやってーって言われたの」
「そっ、そうなんですか……?」
「そこまで気になるなら四六時中ついてやれば良いのに〜って言ったんだけどね。なんか、最近空回りっつーの? 様子が……っと!いっけね、喋り過ぎちゃった。今のはオレらだけのナイショね♪」
ペロッと舌を出して肩をすくめる。
「そろそろ時間だから戻るかな〜。シロちゃんのかわいい制服姿拝めたし♪ あ、今夜九時からだからね!
社員食堂貸切にしてるから、遅刻しないよーに!
じゃあまた夜にね〜」
嵐のように去っていく八木羽屋さんを見ながら、私は放心状態からなかなか立ち直る事が出来なかった。
* * *
八木羽屋さんの話を要約すると、思兼さんにとって私の存在はとにかく重荷だという事が分かった。
彼は、優しいし紳士的だ。
表面上は。
私に直接、態度には出さない。
しかし、人間の女を異世界で働かせる訳なのだから、役回りとして他より疲れることは納得できる。
″寝不足気味″って言っていた事についても、私が迷惑ばかりかけるから……だと思う。事実、その通りだ。
イケメンという華やかな存在に舞い上がって、すっかり依存してしまっていた。
(出会って早々、呆れられても仕方ないよ)
自分の事で精一杯だった。
今までだってそうだったように、男の人に無条件で好かれる事なんて、あるわけないのだから。
やっと、目が覚めた気がする。
「婚活しなきゃ。その為に、……来たんだもの」
* * *
終業後、食堂に到着した私は何食わぬ顔で思兼さんの元に挨拶に伺った。
「お待たせしました」
「伊縄城さん、お疲れ様です。お仕事はどうでしたか? 時間いっぱいまでいらっしゃらなかったので――」
「そうですね、ちょっと忙しかったです。あはは」
淡々と返答する。
正直、今の状態で思兼さんと話すと胃が痛い。
開始寸前まで会わないようにしていたが、そんな事はもちろん言えない。
「そうでしたか、何かお困り事があれば遠慮なく、」
「あっ!! 私、大都野さんに制服の御礼をまだ言ってなかったのでちょっと行ってきますっ! すみません!」
あからさまに途中で遮り、逃げるようにその場からダッシュした。
顔を見る余裕もなく、これ以上嫌われてもしょうがないと思った。こんな地味でぽっちゃりな私でも、この人となら、仲良くなれたら嬉しいな……なんて。
ありえない夢を一瞬でも、信じてしまった。
今後、婚活以外で男性と必要以上に関わるのはやめよう――――
「大都野さーん!」
「あっ、伊縄城さん。お疲れ様ですー! 昨日はありがとうございました。制服、とってもお似合いですね。素敵です」
呼び掛けに気付いた大都野さんが振り返る。
お世辞でも、美女に褒められるととても癒やされる事が分かる。それぐらい、身も心もやさぐれていた。
「おかげさまで、とても動き易いです。今日は来てくださってありがとうございます」
「いえいえ! 伊縄城さん、今夜はたっぷり飲みましょう。今後とも、よろしくお願いします」
グラスを手渡され、トクトクと冷酒をなみなみ注がれる。
――――今夜は、歓迎会。私の。
無礼講じゃないか。
すかさず、一気に飲み干す。
酔って酔って、今までの中途半端な気持ちを全て洗い流す勢いで、酔い潰れてしまおう。
(……もっと、飲みたい)
私は、我を忘れることにした。
* * *
「えー、縁もたけなわではございますが、そろそろ本日の主役。伊縄城 えむこさんに一言頂きましょう!
伊縄城さん! よろしくお願いしまーす!!」
《ピュー! パチパチパチパチパチパチパチパチ》
盛大な拍手と歓声が方々で上がり、私は特設のステージに立たされ司会者からマイクを持たせられた。
ここまで、日本酒、焼酎、発泡酒等々、ありとあらゆるお酒を浴びるほど飲みまくった私に怖いものなど何もなかった。
「あー……本日はお日柄もよく、私なんかの為に大勢の方々にお集まりいただきまして誠にありがとうございます」
まわりにまわった酔いは清々しいほどに心地よく、曇っていた私の心を熱く、突き動かしていた。
「こんな人間を雇っていただき、感謝しかありません。私なんかでお役に立てればいくらでも尽力させていただきます。――――ただ、」
「私にはひとつ、使命があります。皆様には、つまらない話ですが、聞いてください」
段々と様子がおかしい事に気付き、ざわつく会場。
《ダンッ!!!!》
壇上に一歩、大きく足を踏み出す。
シーンと静まり返る社員達。
「私の夢は、お嫁さんです。その夢はずっと変わりません。簡単に叶えられると思って努力してきましたが、到底無理で今日に至ります」
「私は人に対して、たくさん条件をつけてきました。我が身を振り返らず、値踏みし、期待をしては、勝手に見切りをつけてあきらめて生きてきました。そんな人間には、不相応な願いだったのです」
「私は、今までの自分を捨て、この世界で生まれ変わります。ですので――――――」
スゥゥッと大きく、深い息を吸った。
「私、異世界で『婚活』します!! 幸せになるために!!」
高らかに宣言する。
《オオオオオオオオオオオオオオ!!》
《がんばれー!! 新人ー!!》
《応援するぞー!! あきらめんなよー!!》
引き気味だったギャラリーが、私の熱に呼応する。
皆、最高潮に酔っ払っているので、火がつき易いのは有り難い――――
《バタンッ!!》
電源の切れたテレビのように、私は倒れた。
《おい、やばいんじゃないか?!》
《大丈夫かー! ダメだ、医務室担当呼んでこい!!》
遠い意識の向こうで雑音が聞こえた気がしたが、とっくの昔に限界を迎えていた私にはそれを知る由もなかった。
《伊縄城さん――――――!!》
細い糸のような記憶を手放し、あっという間に深い深い奈落の海へと沈んでいく。
私は、そこで完全に意識を失った。
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