第40話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と日帰り社員研修をした件・その6
研修施設へ忍者の如く舞い戻った私は、ロッカールームの長椅子に腰掛け、安堵の息を吐いた。
外にいた時はそれほどまでではなかったが、室内にいると雨と汗で濡れた衣服の感覚がより鮮明になり、この不快な状態を打破すべく重い腰を上げた。
ロッカーの鍵を開け持参していたタオルを取り出し、髪を拭きながらふと、我に帰る。
(いや、これ、……どうしよう)
着替えがない。
まさか一張羅が全てダメになるとは考えてなかった為に、目の前が暗くなる。
そして使うつもりがなかった手札を思い出し、改めて途方に暮れた。
(……別に誰も気にしない、よね)
私が何を着ようが、イケメン達にとっては空の色が変化したのと同じぐらいどうでも良い話だ。
過剰に意識しているのは、己だけだろう。
気を取り直し、清潔な服に着替えロッカールームの姿見で自分の格好を再確認した私は、げんなりした。
どこからどうみても仕事用では無い服だが、背に腹はかえられない。
″私服″という事で、スルーしてもらおう。
ただ、大都野さんとじっくり選んだだけあって普段の地味な私より多少華やかに見える気がした。
(濡れたままいても迷惑になるし……とりあえず、身支度をしなければ)
色々と吹っ切れた私は化粧台に座り、崩れ果てたメイクを直す事にしたのだった。
* * *
着替えがひと段落し、研修施設の入口前まで進んだ後、ある考えがよぎる。
(そういえば、思兼さんはどこにいるんだろう)
ミーティング中、思兼さんだけが限定した場所の説明が無かったのだ。
委員長という立場上、統括の為にあらゆる所へ赴かねばならないのかもしれない。
というのも、私の勝手な都合で申し訳ないのだが、まだお手伝い出来ていない三名の内、思兼さんが一番気兼ねなく会える相手という理由でもあるからだ。
(久久野主任は一対一だと未だに緊張して何を話していいのか悩むし、種狛さんは……お互い、気まずいというか…………)
思いを巡らせていると、噴水広場まで足を運んでいた。
観光客がまばらにいる中、長椅子に座るメンバーがいた。
こちらに気付き、顔を見合わせ沈黙する。
「あ! 種狛さん……お疲れ様、です」
「……お疲れ」
顔を逸らし、ぎこちなく返答する種狛さん。
横には大きなカメラが置かれている。
レンズを取り外し、丁寧に磨いている最中だったようだ。
(考えてるそばから出会ってしまった……)
私が何も出来ずに硬直していると、種狛さんの方から話しかけられた。
「……突っ立ってないで、座れよ。
荷物、片付けるから」
黙々と機材を専用バッグに詰め込み、私の場所を空けてくれた。
と、思いきや、さっさとその場から立ち去ろうとしていたので慌てて引き留める。
「あっ! 待ってください!
私、仕事のお手伝いしに来たんです。
お役に立てるよう動きますので、何でも言ってください」
種狛さんが振り返り、訝しげに私の方を見る。
「……手伝い? おれを?」
「はっ、はい」
「断る。他の委員を手伝ってやれよ」
あからさまに避けられよそよそしい種狛さんに対し、何故か歯痒い気持ちになる。
私も直前まで苦手意識を持っていた為、どうこう言える立場では無いのだが、その考えはこの際捨てる事にした。
「あの。……すみませんでした。
怒っていたのもあって、種狛さんにその……
結構強めに言ってしまった事、反省しています。
すぐには難しいかもしれませんが、一緒に仕事させてください。お願いします」
「何で、そっちが謝るんだ。
もう気にしてないんだったら、おれの事なんてどうでもいいだろ」
種狛さんが眉根を寄せ、拗ねた表情をしている。
私が前に言った台詞をしっかり根に持っていたようだ。
「そんな事ありません。
私は、委員会の皆さん全員でプロジェクトを成功させたいんです。
種狛さんだけ蔑ろにするなんて、絶対にイヤです」
「またそれか…………」
私の意思の強さを見てしばらく空を仰いで考え込んでいたようだったが、それ以上の追及を諦めたらしく種狛さんが荷物を担ぎ直した。
「……分かったよ。じゃあ、協力してもらう。
何枚か被写体になってくれるか。PV用に使うから」
「ぴーぶい?」
「″プロモーションビデオ″だ。八百万祭の宣伝用動画の為に素材が必要なんだよ」
「なるほど……って、わ、私で良いんですか!?
宣伝用なんて、結構な大役では……」
「素材っていっても、編集するし一分も映らない。
一応、委員メンバー全員のカットを入れる予定だが、別に無理なら……」
種狛さんがまた移動しようとし始めたので、再び阻止する。
「わ、分かりました!! お願いします!!」
ほとんど自棄になった私は、腹を括る決意を固めた。
* * *
「もっと目線こっち。……顎引いて。
そう、そのまま」
《カシャ、カシャカシャッ》
種狛さんがファインダーを覗き込み、真剣に撮影をしている。
普段の仕事ぶりを見る事が無かった為、とても不思議な光景だった。
「伊縄城」
「えっ! な、何でしょう?」
「表情が硬い。もう少し自然に出来ないか」
「あっ、すみません……私カメラって緊張しちゃうというか、なんか苦手で……」
自分の容姿に昔から自信が無かった為に、撮られる事がそもそも嫌だった。
そのせいか、カメラ前になると″見られている″感覚に陥ってしまい、顔が引き攣ってしまうのである。
「……おれも初めは慣れなかったし、伊縄城だけじゃないから安心しろ」
馬鹿にされるかと思ったが、意外にも肯定されて驚く。
「えっ、種狛さんもですか?」
「ああ。よく怒られた。
嶽平部長に広告のサンプルとして練習がてら散々撮影され続けたから、一応耐性が付いたけどな。
……普段通りで良いんだよ。こんなの」
心なしか、柔らかい表情の種狛さんを見て、少し気持ちが和む。
「メンバー全員のカットを撮影するって言ってましたけど、どんな内容を想定してるんですか?」
「作業風景の様子を各セクション毎に盛り込む予定だ。
少しずつ祭の準備をしていく過程を動画にする」
種狛さんがバッグから分厚い書類を取り出し、私に見せてくれた。
「これが動画の設計図になる、絵コンテだ。
カメラ割りとか、構成や尺の指示をここに書いて他の担当者に共有する為に作るんだが。
今は、この辺りの素材を撮影してる」
「……! 凄い……!」
パラパラとページを捲ると、細かく文言がびっしり書いてあり、間違いなく躍動感溢れる壮大な作品になりそうだ。
ただ、一点気になる事があったので質問をした。
「すみません。この動画って種狛さんは出ないんですか?
委員会の皆さん、それぞれ出演されてるのに」
「当たり前だろ。制作者が何でわざわざ顔出しするんだよ」
「……そう、でしょうか」
「それが仕事なんだから、必要ない。
むしろいない方が、あいつらだってホッとするんじゃないか」
種狛さんがカメラを弄りながら、淡々と話す。
「……分かりました」
「ああ。じゃあ次は……」
「私が、種狛さんを撮ります!」
話を続けようとした種狛さんを遮り、私は大真面目に宣言した。
種狛さんは八百万祭全ての記録に残らないつもりなのだろう。
このまま、一線を引くようになってほしくない。
(御影さんのように、私も――)
私は、鬱陶しいのを承知でこのまま押していく事にした。
「は?」
「任せてください! スナップ写真ならこれでも自信あるんです!」
「いや、いいって。断っただろ!
なんでこの流れでそうなるんだよ」
「種狛さん、もう写真撮られるの慣れたって言ったじゃないですか。私にお手本、見せてください」
「っとに、諦めの悪い奴だな」
「どうやって撮るんですか?」
「あっ……、おい!!
だめだって……っ、!?」
私がカメラに触る寸前、すかさず私の手を振り払おうとした矢先に、種狛さんの体がビクンと激しく痙攣し、その場にしゃがみ込んでしまった。
「た、種狛さん! 大丈夫ですか?!」
近寄ろうとすると、種狛さんが腕を伸ばし″来るな″のポーズを取った。
「平気だ……けど、悪い。今、近寄んな……っ」
荒い息を吐きながら芝生に頭をつけ、丸くなる種狛さん。
(私が、嫌がる種狛さんに強引に近付いたからだ……)
血の気が引き、申し訳無さで青ざめていると、種狛さんが動けるようになったらしく即座に立ち上がった。
私の様子を見て、呆れた顔をしている。
「……なんて顔してんだよ、全く」
「ごめんなさい! 私、調子に乗りすぎました……」
焦燥感に駆られた私は、猛烈な勢いで謝罪した。
「『能力無効化装置』が作動しただけだ。
……悪気がないのは分かってるよ。そんなヤワじゃねーし」
「あ、その首輪の……」
「ああ。おれが他の奴に″負の感情″を向けると発動して、さっきみたいに行動を制限する仕組みだな。
強い衝撃だったが、持続する訳じゃないらしい」
種狛さんが服についた芝を払うと、私にカメラを差し出した。
「ほら。撮るんだろ」
「良いんですか?」
「言っても聞かないしな。丁重に扱えよ。
大事な広報部の備品だからな、それ」
「ありがとうございま……っ重!!」
ズシンとした重量が手にかかり、危うくバランスが崩れる所だった。こんな物を気軽に扱えている種狛さんの腕力に恐れ入る。
(あれ、シャッターってどこだっけ?)
細かいボタン類がたくさん付いているが、早速操作方法が分からない。
普段自分が使っているカメラがいかに簡易的な物だったか思い知らされ、困惑する。
無意味に機体を回して挙動を確認してみるものの、びくともしないカメラに、私は苦戦していた。
「おい、自信あるんじゃなかったのかよ。
不器用にも程があるぞ」
しばらく黙って見守っていた種狛さんが不安になったらしく、声をかけてきた。
「こんなに高性能なカメラだとは思わなくて……すみません。
このままだと壊しそうなので、使い方を教えてくださいますでしょうか……」
困った私は観念してお願いをすると、種狛さんが口をぎゅっと真一文字に結び、私をまじまじと見つめ頭を掻いた。
「……初めから言えっての」
種狛さんは一瞬だけ目元が緩んだ後、深いため息をついた。
* * *
「準備オッケーですー!」
日が傾き始め、空が桃色と水色に溶け合い、綿飴のような入道雲がグラデーションに染まる。
まだ暑かったが穏やかな風が吹き、過ごしやすくなっていた。
逆光を浴びた種狛さんがこちらを向くと、緑の瞳が陰に浮かぶように揺れてファインダー越しに見ていた私は釘付けになる。
物憂げな表情が何かを物語るようで、私は下手ながらも夢中でシャッターを切った。
「あの、種狛さん」
「何だよ」
「笑ってください! 一回だけで良いので」
朗らかに伝えると、種狛さんが分かりやすく動揺していた。
「…………嫌だ」
「そこをどうにか……!
素敵な写真になると思います。
種狛さんファンの、女性社員の方達の為にも」
「はぁ……何だそれ。
チッ、本当に一回だけだからな。ちゃんと撮れよ」
「よろしくお願いします!!」
種狛さんが覚悟を決めたらしく、深呼吸する。
瞬間、そこには誰も見た事の無いであろう、花が咲き誇ったように爽やかな笑顔の種狛さんがいた。
* * *
辺りが暗くなり始めたので、共に並んで研修施設へと帰る最中、種狛さんが横でポツリと話し始めた。
「……誤解しているみたいだから言っておくが、……大丈夫だからな。おれは」
「え、あ」
空回りしていた私の気持ちを先読みしていたのだろうか。
私が種狛さんの方を見上げると、表情を見られたくないらしく早足で進んでしまった。
何やらぶつぶつと文句を言っているみたいだが、聞こえない。
「……あんな格好して出てくるなんて、卑怯だろ……ったく」
「種狛さん、何か言いました?」
「黙れ。これ以上なんかしでかしたら、とっとと置いていくからな」
「あっ、ちょっと! 待ってください!!」
種狛さんの背中を必死に追いかけながら、私はほんの少しだけ、縮まった距離感に温かさを覚え帰路を急いだのだった。
最後までご覧頂きありがとうございます。
ブクマも本当にいつも嬉しいです!
種狛さん回でした!
じれじれな感じが伝わると幸いです(^^)
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