第39話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と日帰り社員研修をした件・その5
売店で買い出しを済ませた私は、公園を抜け遊歩道を進んでいた。
衣吹戸課長が言うには、この先の天望台方面に御影さんが作業をしているらしい。
その言葉を信じてひたすら歩いていると、徐々に陽が陰り始め、暗い灰色の雲が強風に押し流されているのを目撃する。
《ゴゴ、ゴゴゴ……》
「えぇっ……さっきまで凄く良い天気だったのに……!?」
足元にぽつ、ぽつと生温い粒が当たる。
これは……急がねばならない。
私は一目散に駆け出し、本降りになる前に滑り込める場所を探した。
不穏な雷の音がすぐ後ろから追いかけてくる。
(せっかく買ったお昼ご飯が濡れちゃうよ……!)
あたふたしながら走っていると、緩やかな丘の上に白亜の建造物が見えて来た。
恐らくあそこが目指していた天望台だ。
私はパーカーのフードを被り直し、すでにずぶ濡れになりながらも全速力で目的地へと向かう事にした。
* * *
「はぁ、つ、疲れた……」
壁に手を当て、乱れ切った呼吸をゆっくりと整える。
外は本格的に雨風が猛威を奮っており、しばらくはこの場に留まる方が良さそうだった。
天望台は円筒状の煉瓦造りになっており、空洞の内部はちょっとした物音も反響して聞こえる。
二階屋上へ抜ける螺旋階段が付いており、天気が良い日にはそこから壮大な空の景色が楽しめるようだ。
天候の変化を察知してすでに移動していたのか、私以外に客は誰もいなかった。
「っくしゅん!!」
雨に振られ、幾分肌寒い。
私は入口付近に移動し、濡れて重たくなったパーカーを脱ぎ、雑巾の要領で絞った。
半袖一枚になってしまったが、このまま放置しているよりはマシだろう。
しわしわになった服を広げ、階段の手すりにかけて干していたその時。
《……バシャバシャバシャッ》
「ん?」
遠くから、誰かがこちらにやってくる音がする。
私のように雨宿りをしに来たのだろうか。
「なんだ、お前かよ」
「!!」
びしょ濡れのイケメンと目が合う。
ずっと探していた、御影さんだった。
* * *
「雨……まだ止みそうにないですね……」
窓のように設計されたガラスの無い円状の縁から、空を眺める。雨が強く吹き付け、再び濡れそうになるのを恐れた私はすぐに室内へと引っ込んだ。
「ただの夕立だろ。まぁ、ウダウダ言ってもしゃあねぇよ」
御影さんは特に動じず、階段にドサッと腰掛けると、大きく伸びをした。
黒いTシャツが濡れて張り付き、御影さんの無駄の無い体型が浮き彫りになっていた。
逆三角形のシルエットが強調され、男の色気がとめどなく溢れている。雨の雫が肌に伝い落ち、筋肉による凹凸が目を惹く。
引き締まった褐色の腹筋がお目見えし、慌てて視線を逸らした。
「なーに見てんだよ。ムッツリか」
「違いますっ!! 御影さんがオープン過ぎるんですよ!」
何故、女性である私の方が恥ずかしがらなくてはならないのだろう。
私は居た堪れず話題を変えた。
「あのー、御影さん、服……大丈夫ですか?
結構濡れちゃってますけど…………」
「あ? すぐ乾くだろ、こんなもん。
天気が崩れんのは知ってたけど、こんな早く荒れるとはしくったな。
……先にメシ、買っときゃ良かった」
バサバサとTシャツを豪快に仰ぎ出し、私に構わず上半身を無防備に晒し始めた御影さん。
気にしないんだろうが私の方が猛烈に意識してしまい、御影さんの方向を見られない。
「そーいやお前、こんな所で何してたんだよ。
もしかしなくてもアレか、またいつものヤツか?」
「言っておきますけど、迷ってないですから!
ちゃんと目的があって来たんです。
……御影さんに、会いに来ました」
「は? 俺?」
私は手に持っていた袋を差し出す。
なるべく、御影さんの体を視界に入れないように。
「あの、これ。良かったら食べてください。
少ないかもしれませんが」
「マジかよ」
いつも素っ気ない御影さんが珍しく驚いた声色をしている。
「以前頂いた、たまごサンドのお礼です」
「覚えてたのか。ありがてぇ……すげー助かる。
これ、全部食って良いのか?」
「はい、どうぞ!」
「わりぃ。……貰うわ」
御影さんは中身を漁ると、手にしたおにぎりの包みを開けた。
よっぽどお腹が空いていたらしく、一心不乱に頬張っている。
(とりあえず、渡せて良かった)
御影さんの気持ちの良い食べっぷりを見て、胸を撫で下ろす。
ペースは終始衰えないまま、御影さんはあっという間に完食してしまったのだった。
* * *
「おい」
「あ、はい! どうしました?」
持参していた水を飲み干した御影さんが唐突に話しかけてきた。
「つーか、大した話じゃねーんだけど」
「?」
どうしたんだろう。
御影さんから改まって話をされるとは思わず、身構えてしまう。
「種狛の件。すまねぇ。
あんま、力になれなくて」
「えっ!?ど、どうしてまたそんな急に……」
突然の謝罪に驚きを隠せない。
御影さんが目線を床に落とし、次に続く言葉を吟味している。
少しの間が開いた後、歯切れの悪い口調で話し始めた。
「お前が嶽平のおっさんに相談してる事はその場にいたから俺も知ってたし、なんつーか、……もっと真剣に取り合っていれば、あんな状態まで拗れなかったんじゃねーかなって。お前や、種狛に」
「御影さん……」
「俺なりに、考えてた。すでに終わった話かもしんねーけど」
ふぅ、と大きく御影さんが息を吐く。
「ヘタレ野郎だけどよ、一応アイツの事は……割と認めてたんだよな。
イヤなヤツにも平然と笑顔でタイマン張れるし、上にも気に入られて面倒な案件も難なくこなす。
俺には出来ねぇし、やりたくねーから、そこんとこ器用に立ち回れる辺り、すげーと思った。
……正直、認めんの腹立つからここだけの話でよろしく」
御影さんが種狛さんに対してそんな風に考えていたなんて知らなかった。
私は相槌を打ち、興味深く聞いていた。
「俺は、自由に仕事をしたくてここにいる。
何の責任も押し付けられずに、悠々自適に生活出来りゃ問題無い。
だから、見ないようにしてた。
気付いても、″俺には関係ない、誰かがやんだろ″って」
いつになく真面目な雰囲気の御影さんが、自分自身と向き合う事に耐えきれなくなったのか、飲んだ瓶をくるくると回し始めた。
「まぁ、なんの因果か知らねーけどよ。
委員会でまたやり取りするようになったのは、運命っつーか、俺自身省みる良い機会かもしんねぇ。
嶽平のおっさんからも言われてっけど、一応同期かつヒラ社員同士って事で、今後は多少、気にかけてみるわ」
何となくだが、あの一件以降、御影さんが種狛さんに対し努めて当たりが柔らかく感じていたのは、そういう事だったのだと改めて合点がいった。
御影さんなりの優しさというか、口には出さずとも即行動で示す勇気は、中々出来る事では無い。
「……私は、御影さんだって凄いって思ってますよ。
御影さんが普段通りに出迎えたくれたおかげで、二の足を踏んでいた種狛さんはきっと、委員会へ戻りやすくなったはずですから」
「なんだよ、いきなり。
褒めても何も出ねーぞ、こら」
私が急に褒め出したので、居心地が悪くなったのか御影さんがぶっきらぼうに返答する。
恐らく、照れているようだ。
「とりあえず、お前より手際が良いのは俺、自信あるわ」
いつものように茶化して私をイジる御影さん。
「あっ! ひどい。
私だってこれでも精一杯頑張ってるんですよ!」
「はいはい。偉い偉い」
「……っ」
ぽんぽんと大きな手で頭を優しく叩かれた。
ほんのちょっとだけ、嬉しくなってしまった自分に驚き、困り顔になる。
その過程を見ていた御影さんがじっと私を見つめて、ぼそっと呟いた。
「……お前って、ホント……危なっかしいよな」
「はい?」
「別に。何でもねーよ。
あ、外見てみ。止んだみてぇだぜ」
御影さんとの話に盛り上がっていたら、いつの間にか雨は上がり雲間から光が差し込んでいた。
暗雲は風に飛ばされ、濡れた地面が反射し照り返しがきらきらと眩しい。
今ならば、移動出来そうだ。
「俺はまだ残るけど。
お前、その格好は色々マズいから、一旦研修棟戻ってろ」
「えっ? どういう意味ですか?」
御影さんが深く溜息をつき、背中越しに答える。
「透けてんぞ」
「!!!!」
油断した。
濡れたパーカーに気を取られて、下に来ていたTシャツも濡れていた事に今更気付く。
その言葉の意味を知り、私は真っ赤になって自分自身を抱き締めるように体を隠した。
「他の奴等に会わないよーにな。じゃー、お先」
ヒラヒラと手を振り、御影さんが堂々とした足取りで去って行く。
(うう……見られた……)
羞恥で頭が沸騰しそうだったが、終わった事を気にしていても今更取り消せない。
私は御影さんのアドバイスに従い、まだ乾き切っていないパーカーを羽織ると逃げるように研修棟へと急いだのだった。
最後までご覧頂きありがとうございます。
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御影さん回でした!
夕立で雨宿りはロマンです……
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