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第38話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と日帰り社員研修をした件・その4

 IDバングルを覗くと、時刻は正午に差し掛かっていた。


 緑道を突き進み、視線を移す先には綿飴の集合体を思わせる雲がパノラマを覆い尽くしている。

 額からはとめどなく汗が流れ落ち、ジリジリと夏草が太陽の光を浴びて辺り一面青い香りが漂う。

 煙に似た陽炎も見え始め、いよいよ暑さも最高潮を迎えていた。


「こっちで合ってる……かな」


 研修棟から飲み物を調達した私は、研修施設を抜け神立(しんりつ)八百万(やおよろず)天浜公園(あまはまこうえん)天望広場(てんぼうひろば)へと向かっている。


 何故か。


 先程のミーティングで業務内容の共有をされた際、屋外チームである御影(みかげ)さんと衣吹戸(いぶきど)課長が一番過酷な時間帯だと思ったからだ。

 御二方の性格上、休憩をマメにとるようには思えなかった。

 私に手伝える事など限られているだろうが、使いっ走りでも何でも、少しでも役に立ちたかった。


 そんな想いでこの炎天下に迂闊にも飛び出してしまったのだが、そもそも現場に辿り着けるだろうか。


 経路案内(ナビ)は研修施設の敷地内でしか使えない為、公園のパンフレットを頼りにやって来たのだが、私の地図能力はへっぽこの為、すでに雲行きが怪しい。


 持参した水を飲みながら付近を散策していると、遠くに横たわった何かが視界に入った。


 (あれは……)


 駆け寄ると、そこにいたのは衣吹戸課長だった。


 芝生に仰向けになり、顔にタオルを置いて微動だにしない。


(まさか、……!?)


 私は嫌な予感しかしなかった。


「衣吹戸課長! 大丈夫ですか! 伊縄城(いなわしろ)ですっ!

 き、聞こえますか?!」


 慌てて駆け寄り、衣吹戸課長の近くに(ひざまず)くと、ゆっくりとした動作だったが半身を起こして反応を示した。

 私が目の前に突然現れた事に、かなり戸惑っているようだ。


「……っえ?! 伊、縄城、さん?

ど、どうして、ここに……」

「衣吹戸課長と御影さんがステージの打ち合わせでここにいると思って来ました。

 ですが、衣吹戸課長が倒れられてて……!!

 これ、よろしければ飲んでください!

 まだ休んでいた方が良いです!」


 私は持参したレモネードの入った瓶を衣吹戸課長に渡した。


「そう、だったんだ……ね、ごっ、ごめん、お、驚かせちゃって……飲み物まで……、ありがとう」


 衣吹戸課長が私の緊迫した様子に気圧され、何故かオロオロしている。


(あれ? 体調が悪かった訳じゃなかったのかな?)


「ま、紛らわしい、格好、してた、よね……。

 ぼく、……能力の使用、をして、風の流れを、確認して、たんだ」


 衣吹戸課長がそそくさと小型端末を取り出し、より詳細な説明をスライド資料で見せてくれた。

どうやら、IDバングルの電波状況について当日混乱が起きないよう調査をしていたらしい。


「すみませんっ、私、勝手に決め付けてしまって……! お仕事の邪魔をして、申し訳ありませんでした……」


 早とちりしてしまった旨をすぐに謝罪すると、衣吹戸課長が即座に画面越しに返事をしてくれた。


『気にしなくて大丈夫だよ! 心配してくれてありがとう。

 ちょうど、作業の区切りだったから呼んでもらえて逆に助かったよ。

伊縄城さんも良かったら一緒に休もう?

日差しが強くなってきたからねd(^_^)』

「そうですね……ぜひ、お願いします!」


 私達は広場の木陰に移動し、並んで休憩をとる事にした。





 * * *





(風がまだあって良かった……)


 時たま流れる風が心地良い。

 相変わらずの気温であったが、直接陽を浴びないだけでかなり楽になった。


 ちらりと衣吹戸課長の様子を横目で確認する。


 体育座りをしながらぼんやりと遠くを見つめ、ジャージの裾をパタパタと扇いでいた。

 水に濡れたような跡が幾つも出来ており、この猛暑の中作業していただけあって、全身汗だくのようである。


 初めから私服であっても効率性重視でこの格好を選んでくる衣吹戸課長の仕事熱心な所に敬服する。


 ふと、白い脇腹が目に飛び込んできてしまい、慌てて視線を戻す。


(……見てない、今のは見てない!)


 無防備過ぎる挙動もだが、ただでさえ重たい前髪が濡れて目元にべったり密着し、更に蒸し暑そうに見える事も気になっていた。

 常時視界ゼロの状態かつ滝汗地獄による不快さの合わせ技は、私なら耐えられない。


「あの……おでこ、暑くないんですか?」

「えっ! あ、だ、大丈夫、だよ、慣れてる、から」


 その言葉は、明らかに無理をしていた。

水浴びでもしたかのように、側から見てもびしょびしょである。


 正直、見ているこちらの方が暑苦しい。

精霊だって濡れた状態のまま放置していたら風邪を引くのではないだろうか。


 このままでは押し問答が繰り広げられそうなので、待ってられない私は強硬手段に出た。


「すみません、失礼します」

「……? っえ!?」


 私の意図が掴めず、戸惑う衣吹戸課長。

すっくと立ち上がり衣吹戸課長の背後に移動すると、ポケットに入れていた自分用のヘアピンを取り出した。


「い、伊縄城、さん!?」


 素早く衣吹戸課長の前髪を上げ、くるりと捻ってピンで留める。

ついでにハンカチでぽんぽんと額や首の汗を拭いた。


「汗が入ると目に染みちゃいますから、乾くまで前髪上げた方が良いです。適度に風が入らないと熱中症になりますから。

勝手に色々してしまい、すみません」

「ぅ、あ、そっ、か……知らな、かった、よ……」


 くるっと、私の方を向く衣吹戸課長。


「ありがとう、伊縄城さん……」

「!!」


 長いまつ毛を伏せがちに、少し恥ずかしそうに目を逸らしながらお礼を言う衣吹戸課長。

年齢に見合わない可愛いイケメン顔に度肝を抜かれ、私の方が恥ずかしさに赤くなる。


 普段、目立たない出立ちについつい忘れそうになるが、衣吹戸課長の顔面偏差値は相当高い事を常に念頭においておかないと、このように返り討ちにあうので大変危険だ。


 私は顔の火照りを冷ます為に別行動する事にした。


「……っあ、いえ! 私、ちょっと売店でアイスでも買おうと思いますので、衣吹戸課長は涼んでてくださいっ! 何がお好きですか?」

「えっ、ぼ、ぼくも、一緒に、行くよ。

伊縄城さん、に、そこまで、させられ、ないから」


 てっきり顔出しで行動するのは嫌だと思っていたので、予想外の申し出に驚愕する。


「……あ、ありがとうございますっ、では、い、行きましょう!」


 変なテンションで答えてしまい、気付けば衣吹戸課長と共にアイスを買いに行く事になってしまった。





 * * *





 猛烈な暑さで終始無言のまま歩き続けた私達はようやく目的地である売店に到着した。

メニュー表を見て、衣吹戸課長に問いかける。


「衣吹戸課長、どれにしますか?」

「……ぼく、どうしよう、かな……うーん、どれも、美味しそう……」


 きらきらした目でじっくりとアイスの絵を眺めている。

氷砂糖をかじっていたぐらいなのだから、好物のようである。連れて来て良かったかもしれない。


「私も食べますので、衣吹戸課長のお好きな物で一緒に選んでくださいませんか? あまり詳しくないので、お願いします」

「えぇっ?!?! そ、それは、……えっ!? い、伊縄城さん、ほ、本当に、良いの……?」


 慌てふためく衣吹戸課長。


(ん? 私、何か変な提案したっけ?)


「はい、大丈夫ですよ。せっかく来たんですし」


 特に気に留めず、了承する。


「わ、分かった……注文、する、ね」


 こうして、衣吹戸課長に一任し、アイスが出来上がるのを待った。





 * * *





「溶けないうちに頂きましょう」

「う、うん、……そう、だね」


 売店近くの長椅子に移動し、腰掛ける。


(凄く美味しそうだけど……衣吹戸課長らしいというか、めちゃくちゃ甘そうだ……)


 私の手には塩キャラメルとチョコチップのダブルコーン、衣吹戸課長はいちごミルクとメロンのダブルコーンを携えている。


 それぞれ筒状のお菓子が付いており、アイスをすくって食べる仕様だろう。


 一口運び味わうと、キャラメルの味が広がる。

冷えたアイスが体内を沈静化し、より一層美味しく感じた。


 衣吹戸課長も顔が綻んでおり、喜んでいるようだった。まさか、男性がアイスを食べているだけで可愛いと思う日が来るなんて、自分でもとても驚いている。


「い、伊縄城さん」

「はい?」


 スプーン代わりに使っていたお菓子が無くなり二個目に差し掛かった所で、衣吹戸課長が恐る恐る質問してきた。

 凄く顔が赤いのだが、一体どうしたのだろう。


「あ、あ、あの、……いい、の、かな?

ほ、本当に……」

「えっ? 食べないんですか? 続き」

「あっ、えっと、ぼくも、その、……た、食べ、たい………………」


 何か覚悟を決めたらしい衣吹戸課長が私の真横に移動し、顔が急接近してきた。


「衣吹戸課長……っ!?」

「い、いただき、ます……っ」


 《あむっ》


 衣吹戸課長が私の手にしていた残りのチョコチップアイスの()()一口かじった。


「おいし、い……チョコ、結構好き、かも」


 もぐもぐと小動物のように口を動かし、嬉しそうに味わう衣吹戸課長。

 私は謎の行動に目を白黒させて呆然としていた。


(えっ? なんで……あ!!)


 もしかして。

 私が言った言葉……違う意味で捉えられているのかもしれない。


(一緒に食べるって、()()()()()()食べると思われてたのか……!)


 今更羞恥が込み上げてくると、衣吹戸課長が照れながら私に話しかける。


「あの、伊縄城、さんも、は、はい……どうぞ……」


 スッとメロンアイスを口元に差し出される。


「あっ、私も良いんですか……?」

「う、うん。もちろん、だよ。

 ……い、嫌かな、やっぱり……」


 潤んだ目でしょんぼりされ、とてつもない罪悪感に襲われる。


(うう、そんな顔しないで……

私がちゃんと言わなかったせいだし……

でも、これって、か、か……)


 イケメンのアイスにかぶり付いて良いのだろうか。

 というか、先程衣吹戸課長も直面していた問題に私も気付いてしまい、途方に暮れていた。


(衣吹戸課長が大丈夫って言うんだから、深く気にする方が失礼だよね!……よし!)


「では、僭越ながら失礼します……」


 ぱく、とメロンアイスを一口頂く。

 想像よりもさっぱりとした甘さに、笑みが溢れる。


 私の様子を見ていた衣吹戸課長が、優しい顔でぽつりと呟く。


「一緒に、食べるのって、……凄く、美味しい、ね」


 くしゃっとはにかんだ笑顔に、胸を鷲掴みにされる。

 初めて見た表情に、きゅんとしてしまった。

 普段顔が見えない分、破壊力が凄まじい。


「そっ、そうですね! 衣吹戸課長のセンスが良いんだと思います! どれも凄く美味しかったです」


 続けて、ずっと言いたかった事を伝えた。


「あの……衣吹戸課長って、最近、その……私や委員会の方達に慣れたというか、たくさん話してもらえて嬉しいです。

女性が特に苦手だとお聞きして、正直私と仕事するの、重荷だったと思うので……」


 衣吹戸課長が目をまん丸にして、真剣に聞いている。

 瞬間、顔を伏せてしまった。


「……っ伊縄城さん、だからだよ……」


 小さ過ぎる衣吹戸課長の独り言は、残念ながら私の耳まで届かなかった。





 * * *





 休憩で体力気力を共に充電した私達は業務に戻る事にした。


「そういえば、御影さんは別の場所で作業されてるんですか?

てっきりご一緒されてると思ってました」


 衣吹戸課長が小型端末に手早く打ち込み、私に画面を見せる。


『御影くんは多分、公園外の区画(エリア)にいると思う。当日の列整理のシミュレーションをしたいって言ってたから。

まだお昼摂ってないだろうし、様子を見に行ってあげてくれないかな? 伊縄城さんが来たら、きっと喜ぶと思うよ( ´ ▽ ` )』

「えっ! そんな、……お昼まだでしたら、何か差し入れしてきます!

すみません、お時間頂きありがとうございました!」


 私は衣吹戸課長へ丁重に挨拶をし、御影さんを探しに公園から移動を開始したのだった。

最後までご覧頂きありがとうございます。

ブクマも本当にいつも嬉しいです!


衣吹戸課長の回でした(^^)

暑い夏はアイスが美味しいですね!


少しでも心に留まりましたら、下部の " ☆☆☆☆☆ " より評価をお願いいたします。

大変励みになりますので、ご協力のほどよろしくお願いします。


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