第36話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と日帰り社員研修をした件・その2
「伊縄城さん。
目を開けていただいて大丈夫です。着きましたよ」
肩に手を置かれたのを合図に、ゆっくりと目蓋を開く。
「……!!」
雄大な雲海が彼方まで広がっており、蒼と白の対比が目を見張るほどに美しい。
陽の光が雲間に乱反射し、まるでさざ波が飛沫を上げて煌めいているように見える。
注目すべきは、雲海の上空へ其処彼処に浮遊する幾何学的な建造物だ。
塔が連なる荘厳なオブジェ群の近くには、透明なカーテンの如く優美な滝が流れ落ち、プリズムとなった水滴が幻想的な虹を生み出していた。
夢のような光景に、溜息が漏れる。
そんな私を現実へ引き戻すかのように、生温い大気がゆっくりと渦巻き、私の髪を優しく撫ぜた。
普段、会社内で従事するにあたり特別意識をしていなかったが、こうした非現実を目の当たりにすると確かに私は″異世界″へいるのだと、改めて実感が湧く。
「驚かれましたか。天海区画は八百万の世界において風光明媚な景観が多く、遊園地や温泉施設等のテーマパークが数多く点在するスポットになります」
「すみません、すっかり圧倒されてしまいました…… この付近に、お祭りの開催場所があるのでしょうか」
「はい。現在居る場所からこの緑道を真っ直ぐ進みますと『神立・八百万天浜公園』という大規模な自然公園があります。
これから向かう研修施設は同公園内に設置されてますので、そこを拠点として当日の準備を行いましょう。
途中通過する噴水広場で委員メンバーと合流予定ですので、間も無く皆到着する頃ではないでしょうか」
「お――――――い!!」
思兼さんの説明が終わった瞬間、背後から聞き慣れた声が響き渡る。
振り返ると、こちらに向かってくる団体が見えた。
その内の一名がぶんぶんと大手を振り、大きな体躯を物ともせず軽やかに飛び跳ねながら駆け寄ってくる。
あれは、八木羽屋さんだ。
「おっはよー♪ 今日は一日よろしく〜!
めちゃめちゃ良い天気で絶好のお仕事日和だね〜♪
あっ! シロちゃん今日私服だ〜〜!!
良いじゃん良いじゃ〜ん♪ めっちゃ可愛い♪」
八木羽屋さんが太陽に負けないぐらいの熱量でハイテンションに話し始める。
何故だかべた褒めされ、変な汗が出てしまう。
私はこれ以上注目されないよう、慌てて話題を変えた。
「やっ、八木羽屋さんも、いつもと雰囲気が違いますね。シャツ、よく似合ってると思います」
カーキ地に大判の植物柄が映える華やかなアロハシャツを纏い、側から見ても夏を存分に楽しんでいるお洒落な服装だ。八木羽屋さんでないと着こなせない大胆なスタイルである。
「そーお? ありがとー♪
大体コック服でしか会わないから私服見る機会ってないか〜。
シロちゃん……オレの事、惚れ直しちゃった? なーんてね♪」
「な! ななっ……」
私が不覚にも何も言えないでいると、見かねた御影さんが助け舟を出してくれた。
「輝彦。冗談はその辺にして、いー加減クソ暑ぃんだからさっさと行こうぜ。干上がっちまう」
「ああ。今日は高気圧の影響で今年初の最高気温を叩きだすらしいぞ。皆、水分補給を忘れずに」
「ぼ、ぼく、のど、かわいた、かも。
みんな、で、何か、飲もうよ」
久久野主任、衣吹戸課長も口々に話し出す。
この通り、日差しを遮る物が一切ない屋外に、たった数分滞在しているだけであっという間に体力を奪われてしまいそうな猛暑である。
私達は暗黙の了解で移動を開始しようとした、その時。
「おい!! 待てっ、この量、おかしいだろうが!!」
ぜぇはぁと息を切らしながら台車に大量の荷物を積み、牛歩のスピードでたった今追いついた種狛さんが、猛抗議をし始める。
種狛さんだけの荷物にしては明らかに多過ぎる物量だが、一体どういう事だろう。
「ごめんね〜。オレ試作用にかなり食材持ってきちゃったから超重いよね〜。
でもさ、もーすぐ着くから! ねこまる、ファイト〜♪」
「つーか、お前、ジャンケン弱すぎだよな。
フツー、一発で決まるとかあり得ねーんだけど」
「今更文句を言うとは、情け無い。
騒ぐと余計に体力を消耗するぞ。作業に集中しろ」
「あ、ありがと、ね、種狛くん」
「……ちっくしょう……」
どうやら、荷物持ちを賭けた大一番のジャンケン勝負に種狛さんがあっさり負けたようである。
意に介さないメンバー達の言葉に、種狛さんが悔しそうに頭を掻きむしっている。
先日八木羽屋さんにバッサリ刈られた種狛さんの頭は、坊主とまではいかないが、かなりすっきりとした短髪姿になっていた。
まだ新しい髪型に慣れていないらしく、忙しなく耳を動かしている。
イメージチェンジしたおかげなのか、白と紺のバイカラーで構成されたサマーニットとスポーツサンダルがアクティブな種狛さんをより涼やかに引き立たせている。
首に付けられた能力無効化装置ですら、私服の威力でお洒落なチョーカーに見えてしまうのだから末恐ろしい。
種狛さんファンの女子社員が見たら、卒倒するレベルのイケメンぶりではないだろうか。
「ほらぁ〜、言われなくてもシロちゃんの荷物持ってあげなきゃ!
気が利かない男は、レディに嫌われちゃうぞー?」
「えっ! あ、いえ、私は……」
「……チッ。いいから、貸せよ。……持つから」
種狛さんが私の手からやや強引にトートバッグを離すと、さっさと肩に背負い込んだ。
八木羽屋さんが近付き、こそっと私に耳打ちをする。
「あのね。シロちゃんには、″これまで以上に優しく接しろ″ってみんなから相当なじられたもんだから、あれでも一応気を遣ってるみたいだよ〜。
意外とあーいうとこ、従順でいじらしいよね〜♪」
「そ、そうなんですか。種狛さんが……」
あの一件があってから、種狛さんの中でも少しずつ、変わり始めているのかもしれない。
小さな変化だったが、私は嬉しく感じた。
「そろそろ、研修施設へ向かいましょうか。貸出時間も決まってますので。到着しましたら、簡単にミーティングしましょう」
思兼さんが場を仕切り直し、私達は汗だくになりながらもどうにか研修施設へと移動したのだった。
* * *
「い、生き返る〜〜……っ!」
施設のロビーに置かれたソファ席に座り、冷房が隅々まで行き渡った至極快適な空間を堪能する。
″研修施設″と銘打っているが、内部は格式高い旅館のような造りになっており、金糸と銀糸が織り込まれた紅色の絨毯が縦横無尽に敷き詰められとても艶やかな雰囲気である。
「各自荷物はロッカールームに保管してください。八木羽屋の食材は、キッチンルームの業務用冷蔵庫をレンタルしているからそこへ頼む。
準備が整ったら、九時に一旦『研修棟・暁』のミーティングルームへお集まりください」
バタバタと皆、準備を開始する。
気遅れし、キョロキョロと辺りを見渡していると思兼さんが近くに来て施設内の説明をして頂いた。
「施設の敷地内は会社と同じくIDバングルが使用出来ますので、売店などでの支払いは普段通り行えます。
経路案内も積極的に活用してください。
研修施設ではありますが保養所としての側面もありまして、大型プールやレストラン、宴会場等も完備されています」
「えぇっ、そんなにあるんですか?! すごい……!」
「はい。但し、弊害もありまして。
人気になり過ぎて本来の研修目的としての予約が取り辛くなってしまったのは、本末転倒かもしれません。夏場は特に、争奪戦ですから」
「なるほど……それで、″急遽″だったんですね」
「では、僕達も用意をしましょうか。
冷やした飲み物がミーティングルームの冷蔵庫に常備してありますので、皆喜ぶはずです」
「わぁ……ありがとうございます!」
ざっくばらんに振る舞う私を見て、微笑む思兼さん。
暑さで喉がカラカラだったので、相変わらずの完璧な手配ぶりに感動すら覚えてしまう。
一刻も早く水分を摂りたい。
私達は荷物を預け、集合場所の研修棟へと急いだ。
* * *
ミーティングルームに集合した私達は、全員クールダウンを終えながら、順調に話し合いが行われた。
大まかな内容としては、
『各委員の本日のスケジュールについての共有と、夕食会開催のお知らせ』が主題で、その他思兼さんから何点かの連絡事項があった。
端的に記載すると、下記のような話である。
『委員はそれぞれ担当業務についてフリーで動いて良し。昼食も自由。夕食のみ、合同で行う為六時には宴会場に集合する事。以降は自身のタイミングで帰宅して問題無し。随時IDバングルで状況報告する事。』
だそうだ。
私に至っては事務担当という事もあり、正直今日特別何か動く必要がない為、各委員のサポートに回るよう思兼さんから指示が出た。
そんな訳で他の皆さんのお手伝いが出来るよう、逐一巡回する事になった矢先に、八木羽屋さんから声を掛けられた。
「じゃーオレ、″シロちゃんと一緒にお仕事する権利″一番乗り〜〜〜〜!!
ね、この間約束してた事、覚えてる?」
「えっ、あっ、はい! もちろんです。
一緒に料理、ですよね」
「そうそう! いやぁ〜こんなに早く叶うなんて嬉しいな〜〜♪
そんじゃ早速、オレとこの後、キッチンルームで色々作っちゃお〜〜!」
こうしてひとまず私は、八木羽屋さんと共に
『料理兼夜店用の商品試作』をする事になったのだった。
最後までご覧頂きありがとうございます。
ブクマも本当にいつも嬉しいです!
次回より、各イケメン達との共同作業がスタートします。お楽しみに(^^)
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