第34話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が猫耳イケメンと和解した件
数日後。
委員会で種狛部長補佐の業務分の一端を受け持った私は、八百万祭用の広告データを嶽平部長から頂く為に神霊広報部へと足を運んでいた。
《コンコンコン》
「失礼します、嶽平部長」
「あ、いらっしゃい。わざわざ来てもらってすまないね」
嶽平部長がちょうど顔を出し、挨拶をしてくれた。
「いえ、お忙しい中こちらこそご用意頂いてありがとうございます。迅速に対応頂き、大変助かりました!」
《ガタン!! ガタガタッ、ガタッ!》
私がお礼を伝えた瞬間、奥の部屋から大きな物音が聞こえる。
「なっ……?!」
「ごめんね、驚かせちゃって。
実は、種狛が昨日から復帰してるんだ。
まだ外部には顔出しするのを嫌がってるから、とりあえず今はデスクワークしてもらってるんだけどね。今日渡すデータも、私は少々手直ししただけで、種狛が作成した物なんだ。
伊縄城さんの声が聞こえたものだから、相当びっくりしてるんじゃないのかな」
「昨日から、でしたか。……すみません、知らずに来てしまって……」
「いや、いずれ直接謝罪の場を設けようと思ってたから、逆に来てもらって良かったかもしれない。
……改めて、種狛が迷惑をかけて申し訳なかった」
嶽平部長が深々と頭を下げる。
「……もう済んだ事ですし、大丈夫です。種狛部長補佐と、少しだけ、お話しても良いですか?」
「ああ、構わないよ。それともう、″部長補佐″の肩書きは外れてるから、普通に呼んであげてくれるかな。気にしちゃうからね」
「あ、……はい。承知しました」
「種狛の件だけど、今回の寛大な処分には信じられないぐらい、驚いているんだ。てっきり、懲戒解雇だとばかり考えていたから……。
結果が出るまでの間、しばらく夜も眠れなかったんだけどね。
君達が取り計らってくれたおかげだ。
本当に、ありがとう」
「……! そんな、上の方々が種狛さんの事を色々と慮った結果だと、思います。
それでは、お会いしてきますね」
「うん。隣の部屋にいるから、何かあったらすぐ呼んでね」
私は深呼吸しノック後、扉を開けた。
* * *
「……失礼します」
内部は『作業用兼資料室』らしく、これまでに発行された雑誌やファイル類が所狭しと並んでいる。
カメラや専門的な機材も保管されており、不必要に触れないように注意して通過する。
窓辺の一角に目を向けると、まるで来客から見えないよう不自然にパーテーションが置かれた箇所がある。
私は気配を感じ、壁の中を覗きながら近付いた。
「種狛さん?」
「…………」
種狛さんだ。
少し、痩せた気がする。
私が呼びかけても、反応がない。
集中していて聞こえなかったのだろうか?
念の為、もう一度近くから呼びかけた。
「……お疲れ様です。作業中すみません。
あの、少しお時間頂いても良いでしょうか?」
「………………」
無視、だ。
どうやら、てこでも私とは話したくないらしい。
猫耳をペタッと平たくし、あからさまに″聞きたくない″という態度を取られ拒絶されている。
種狛さんは頑なに私を見ないよう、手元のIDバングルに視線を落とし作業に没頭している、……風を装っていた。
記事の原稿を執筆しているようだが、どうにもわざとらしい。
こうなる事は性格上分かっていたので、種狛さんの地雷を踏まないよう、引き続き当たり障りなく話しかけた。
「お久しぶりです。広告データ、嶽平部長から受け取りました。
種狛さんが作成してくださってたんですね。ありがとうございました。結構物量あったと思うんですが、いつの間にこんな」
「黙れよ。そんなにおれの無様な所を見物したいのか。悪趣味な奴だな」
イラついた種狛さんが耐えきれずにようやく口を開く。
「そんな、心配していたんです……かなり取り乱していたみたいだったので。
自宅待機中も、お仕事されてたんですか?
このデータ、かなり時間がかかったはずですから」
「……家にいても、やる事なかったしな。
部長に、これ以上迷惑かけられない、から」
種狛さんは相変わらず顔を背けながら答える。
そろそろ種狛さんのつっけんどんな態度に辟易していたが、仕事に関して裏できちんと責任を果たそうとする種狛さんの配慮に免じ、私は改めて問いかけた。
「種狛さん。今日、委員会の日ですけど……戻ってきませんか? 皆さん、種狛さんの力を必要とされてます」
「……は? 馬鹿にしてるのか。
おれは今受け持ってる分を終わらせたら、委員会を抜ける。それでもう終わりだ。
おまえと二度と関わる事も無い。
分かったら、さっさと出ていけ」
一方的に吐き捨てられ、視線を合わせる気も無い種狛さんに、段々腑が煮え繰り返ってきた。
「イヤです」
私は気付けば、種狛さんに啖呵を切っていた。
「…………何だと」
ギロリと鋭く睨まれる。
普段の私ならば、恐れ慄き相手の言いなりになっていただろう。
だが、もう我慢の限界だった。
ここまで自分本位にされたまま、すごすごと引き下がるつもりは毛頭無い。
私は深く息を吐いた後、これまで言いたかった事を一気に叩き付けた。
「種狛さん。いい加減にしてください。
怒りたいのは私の方です。
このまま尻尾巻いて逃げるんですか」
「!!」
「みんな、それぞれより良い方へ向かうように尽力してるんです。種狛さんがいない間も、ずっと。
それすら、無下にするなら……見損ないました」
「な……っ、偉そうに言うな! おれは……っ」
言い訳する隙を一切与えないまま、種狛さんを詰め続ける。
種狛さんが私の気迫に押され、徐々にたじろぐ様子を隠せなくなってきた。
「……種狛さんは、ずっと受け身ですよね。
自分の殻に閉じ籠って、行動に出る勇気も無い。
私の事なんて、もう良いです。
一切気にしてないので。
ですから、つまらない事でいつまでも意地を張るのはやめて、きっちりけじめだけはつけてください。
皆さんの気持ちを、裏切らないでください」
静かに、淡々と、説き伏せる。
感情で下手に慰める方が、彼の為にならないと判断し、本気でぶつかろうと思った。
「…………っ」
「待ってます、種狛さんの事を。では、失礼しました」
《バタン》
「伊縄城さん、……大丈夫かい?」
嶽平部長が深掘りせずに、声をかける。
大体のやり取りは聞こえていたのだろう。
「うるさくしてすみませんでした。
でも、言わなくちゃと思って。出過ぎた真似をしました」
「ん、……いや。なんかね、感心してたんだよ」
「え?」
「皆、種狛に対して……あのような経緯があったものだから、優しく接しようと気を遣っていたんだ。
でも、伊縄城さんみたいに真っ向から受け止める事をしてこなかった。
今の種狛には、必要な事かもしれないね」
「……お気遣い、ありがとうございます。
そろそろ委員会の時間なので戻りますね」
「もうそんな時間だったか。
皆にも、よろしく伝えてくれないかな。また、改めて挨拶に伺うよ」
嶽平部長にお礼を伝え、私は早足で会議室へと向かった。
* * *
「すみません! 遅くなりました」
会議室の扉を開けると、八木羽屋さんと御影さん、久久野さんが着席していた。
「シロちゃんやっと来た〜っ! なんか、仕事忙しかった?」
「えっと……種狛さんに、会いました。
昨日から復帰したそうです」
私の言葉を聞き、一斉にどよめきだした。
「マジか。アイツ、委員会来るって?」
「…………うーん……」
「その反応は、厳しいようだな」
久久野さんが眼鏡を直し、ため息をつく。
「まぁ、わざわざフルボッコにされに来ねーだろ」
「ちゃんとねこまる、シロちゃんに謝った?
もう懲戒処分はオモッチから下ってると思うけど、やっぱキチンと言って欲しくない?
そこんとこ、なあなあに済ませんのむかつくじゃん」
「私は、大丈夫ですよ。気にしてないですから。
あの、そういえば思兼さんと衣吹戸課長は……」
「なんか、準備があるっていうんで遅れてるみたいだよ〜。
珍しい組み合わせだよね? なーに企んでるんだか」
「終わったら来るだろ。
あー、あちぃな。会議室の温度変えらんねーのか」
パタパタと手で扇ぎながら、御影さんが愚痴を溢す。
「御影の襟足が長いせいではないか。
それだけ首元を覆っていれば、体温も上昇するぞ」
「だよな。自分で揃えっかと思ったんだけどよ……
真後ろはさすがにムズいから輝彦、お前手先器用だから、後でやってくんねーか? 得意だろ。ほら、これ使ってくれ」
おもむろに、御影さんが全自動剃刀を取り出す。
わざわざ持参してきたらしい。
「自前なんですか? それ……」
「おう。楽だぞ。金かかんねーし」
「おっけ〜♪ 広いし、ここで敷物引いてやっちゃおー!
髪型どうしよっか。蒸すから、ツーブロックにする?」
「暑くなきゃ何でも良い」
和気あいあいと雑談が進む中、小さなノックの音が聞こえた。
「あっ、思兼さんと衣吹戸課長ですかね。お疲れ様で、」
《ガチャ》
「…………」
しん、と静まり返る会議室。
種狛さんが、仏頂面で入室してきた。
目線を下に向け、沈黙している。
「……種狛じゃん。どうした?
何か言いたい事でもあんなら、遠慮なく聞くぜ」
御影さんが普段通りのテンションで話しかける。
「あ…………」
まだ腹が括れていないらしく、上手く言葉を繋げない。
ちらり、と目が合う。
私達の顔色を伺っているようだ。
「種狛さん……」
「まっさか、オレらの顔をただ見に来た訳じゃないっしょ?
ねこまる。ここが、正念場だと思うんだけど。
お祭り、もう一緒にやらないの?」
八木羽屋さんが、思いの外冷静に問いただす。
「種狛。誰も君を責める気は無い。
後は、己の意思だけだ。話してみろ」
最後、久久野さんが後押しする。
種狛さんが拳をぶるぶると握り締め、覚悟が滲んだ瞳の色に変わり始めた。
やがて、ゆっくりと私達の方を向き、途切れ途切れだがしっかりとした口調で話し始めた。
「最後まで、……っやらせて、ください。
今まで、ご迷惑をおかけ、しました……っ」
体が折れそうなぐらいにお辞儀をする種狛さんに、何故か安堵の笑みが溢れた。
一連の様子を見ていた八木羽屋さんが、口角を上げて高らかに話し出す。
「よしっ!! ねこまる!
じゃあ、次はシロちゃん本人ね。はい、頑張って〜♪」
ニッコリと笑顔の八木羽屋さんに羽交い締めにされ、種狛さんがギクシャクしながら私に目線を合わせる。
力では八木羽屋さんに敵わない為、意外にも大人しく好きにされていた。
「う……ぐ」
「種狛さん、無理しなくていいですから。私は……」
「伊縄城」
珍しく名前で呼ばれ、驚きのあまり固まる私。
種狛さんの耳がパタパタと忙しなく動き、緊張している様子が伝わってきた。
心の準備に時間がかかっているようだ。
ぽつぽつと、精一杯の士気を振り絞りながら口を開いた。
「……………………、伊縄城に、……酷い事、したのに、ずっと……認めたく、なかった。悪、かった」
「た、種狛さん……」
「委員会、……続けても、構わないか?
邪魔だとは思うが……」
「もちろんです! また、よろしくお願いします」
嬉しいのか恥ずかしいのか、種狛さんは頬が赤くなり、下を向いてしまった。
(種狛さんが……素直だなんて……)
種狛さんの心の変化に、胸が熱くなる。
一瞬、可愛いと思ってしまったのは、多分ギャップのせいだろう。
「……偉いぞ。種狛」
久久野さんが目を細め、貴重な優しい表情をしていた。
「なぁ、輝彦。
お前、『禊がせる』って宣言してたけど、とりあえずこれで終了って事でいーんだな?」
ふと、御影さんが気になったのか、八木羽屋さんに質問をしていた。
八木羽屋さんが腕を組みながら、少々考え込んでいる。
「ん〜ねこまるには悪いんだけどさー。
実はオレの怒りボルテージと照らし合わせると、もうプラスアルファなんか欲しいっていうか。
ん! 良い事閃いちゃった〜〜♪」
八木羽屋さんが手にしていたそれを種狛さんに向ける。
電源を入れたそれは、容赦ない機械音を発し出した。
「ねこまるも、結構髪伸びたよね〜?
お兄さんが、男前に仕上げてしんぜよう〜♪」
「は?」
「はいっ! 力まない力まない! バッサリいっちゃお〜ね〜♪」
「ちょっ、やめ……!」
《ガチャ》
「お待たせして申し訳ありませんでした。
委員会を……おや」
「おっ、おそ、く、なって、ごめん、ね」
思兼さんと衣吹戸課長が絶妙なタイミングで合流する。
「あっ! 御二方とも……種狛さんがいらして、あの、一応、また委員会出来そうです」
「えっ、! そう、なんだね、良かった……」
衣吹戸課長がもじもじしながら嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、これ、ちょうど、付けて、もらえる、かな」
《カチャンッ》
「!!」
風のように無駄のない動きで、衣吹戸課長が種狛さんの首に、黒い首輪のような物体をはめ込む。
「『能力無効化装置』です。
僕が、衣吹戸課長に発注してまして、今しがた完成品を受け取りました。しばらくは、こちらを付けていただき様子を見させてください。
種狛さん」
凄みのある笑顔で言い放つ思兼さんの表情が怖すぎる。どうやら、思兼さんの中では全く許されていないようだ。
「ねこまるは、スポーツ刈り似合いそーだね!
気合い入れて整えるからお楽しみに〜♪」
「次、俺の番な。サクッと終わらせてくれ」
「やめろって!! あっ、馬鹿!
刈り過ぎだっ……うわあぁぁあ!!」
* * *
その後。
種狛さんの断末魔が響き渡ったが、誰も止める者はいなかった。
仲直り回、でした!
最後までご覧頂きありがとうございます。
ブクマも本当にいつも嬉しいです!
少しでも心に留まりましたら、下部の " ☆☆☆☆☆ " より評価をお願いいたします。
大変励みになりますので、ご協力のほどよろしくお願いします。




