第31話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン付喪神に怒られた件
「なんか、疲れた…………」
ベッドに横たわり、長い長いため息をつく。
濃密すぎる一日がやっと終わった。
《ピピピッ》
チャットの着信がなり、発信元を確認する。
「衣吹戸課長?」
内容が気になり、画面を立ち上げた。
『伊縄城さん、今日はお疲れ様(><)
IDバングルの録画データ転送処理が上手く機能出来ずに遅延してたみたいで、ご迷惑をおかけしました。
もっと早く事態に気付けたはずなのに、怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい。この反省は次の試作機に必ず活かします。
ぼくと思兼部長と八木羽屋くんで映像を確認してたんだけど……凄惨な雰囲気というか、後で伊縄城さんから何か話してあげると安心するんじゃないかな。
とにかく同じ部屋にいて、凄く怖かったよ(;ω;)
夜遅くにチャットしちゃってごめんね。
それでは、次の委員会で( ´ ▽ ` )ノ』
真面目な衣吹戸課長らしい文面だったが、主に後半の内容を伝えたかったのだろう。
あのやり取りが一部始終見られていたのかと思うと、地獄だ。
(八木羽屋さんは、あの様子だと大丈夫そうだったけど……思兼さんは…………どうだろう)
枕に顔を伏せ、苦い記憶を思い返していた。
* * *
「シロちゃん!! 大丈夫?!」
種狛部長補佐が横目で私を一瞥し無言で去っていった後、八木羽屋さんが心配そうに駆け寄ってきた。
「は、はい……びっくりしました」
「シロちゃんとオモッチが作戦決行するって聞いてさ〜。オレもちょうど仕事終わった後だったから速攻参戦したけど、なんかイブキングが言うには途中からデータが遅れててリアルタイムじゃなかったらしいんだよ〜。
マジで、タイミングズレてたら、ヤバかったんじゃない?」
「えっ! それは、知らなかったです……」
「でも、間一髪突入出来てホント良かった〜!
な! オモッチ!」
「……ああ、そうだな」
普段穏やかな思兼さんからは考えられないほどの冷たい声色で返事が来た。
驚いた私は慌てて声をかける。
「お、思兼さん。すみません、色々ご迷惑をおかけしました……」
「いえ。伊縄城さんがご無事で何よりです。
それでは、この後僕も嶽平部長と聴取の予定がありますのでお先に失礼いたします」
「あっ、は、はい……」
事務的な口調で一方的に片付けられた後、思兼さんは一切私と目を合わさず立ち去っていく。
(こ、怖すぎる……)
有無を言わさない圧力になす術なく、私は思兼さんの背中を黙って見送るしかなかった。
「あちゃー、完全に怒っちゃってるね。映像見てる時からずーっと沈黙してたからヤな予感してたけどさ〜。
オレも腹立ったけど、オモッチは態度に出してないだけで相当ブチ切れてるよ、アレは」
「ぶ、ブチ切れ!? どうしよう……私のせいですよね、きっと……謝ってきます」
私が追いかけようとすると、八木羽屋さんが苦笑いをして私の肩に手を置く。
「待った! 今はやめといた方がいーと思うよ。
シロちゃんが気に病む事じゃないから落ち着いて。
アレはねー、……うーん、なんていうか、男のオレは気持ち分かるんだけどね〜。
まー、大丈夫! しばらく放っておいていーから。
そんじゃっ、オレらもそろそろ帰ろ〜♪」
「は、はい!」
あっけらかんと八木羽屋さんに言われ、後ろ髪を引かれつつもその場を離れる事にした。
* * *
(思兼さん、凄く怖かった……謝りたいけど、何であんなに怒ってたんだろう……)
色々と不測の事態はあったが、最終的には思い描いた着地点には到達したと思っていたのだが。
第三者から見たら、怒りを感じるぐらい段取りが悪かったのもしれない。
明日は休業日なので、週明けに朝一で思兼さんに会いに行こう。
そう考えていた矢先の出来事だった。
《トントントン》
(ん? こんな時間に……誰?)
大分疲れていたので、また改めて来てもらうように伝えようと扉を開けてフリーズする。
「夜分にすみません。今、少々お時間よろしいでしょうか」
精巧な人形のように無表情な思兼さんが、私を見下ろしていた。
オーラが怖い。
正直、種狛部長補佐に襲われそうになった時よりも迫力がある。
「おっ、思兼さん!? あ、……すみません、今片付けますので、中に入ってお待ちください……!」
まさかの来客に、心臓が飛び跳ねる。
部屋着というラフさで見苦しい事この上ないが、今は部屋を整える事が先決だ。
超特急で片付けた後、お茶を用意し思兼さんの元へ向かった。
思兼さんはソファに座り硬い表情を崩さないまま、姿勢良く待機していた。
私が着席した後、重い口を開いた。
「種狛部長補佐について、ひとまず七日間の自宅待機命令が出ました。その後、懲罰委員会が開かれ正式に処分が決定されます。
伊縄城さんへも事実確認の為に同席頂くと思いますので、後日ご協力ください」
「あ……承知しました」
「それと、これは私的な話ですが」
思兼さんの表情が険しくなる。
「伊縄城さん。苦言を呈しますが、もっと警戒する事を覚えてください。貴方は少し、お人好し過ぎます」
「あっ……す、すみません!!
私、種狛部長補佐がマタタビに酔ってるからって……油断してたと、思います……」
思兼さんの言う通りだ。
私が生温い態度を取り続けたせいで、種狛部長補佐の好きにさせてしまったのだから、苛立つのも無理はない。
「本当に、申し訳、ありませんでした」
フローリングに正座座りし、震える声で俯く。
事実、私の責任だ。
ぐうの音も出ないまま、思兼さんの言葉を待つしか出来なかった。
「伊縄城さん」
ビクン、と肩が震える。
思兼さんの声は未だ無機質だった。
顔を見られない。
「ごめんなさいっ……協力して頂いたのに、本当に、……っ、あの」
ふるふると肩が揺れ、自分の不甲斐なさを嘆く。
言い訳をすればするほど、きっと思兼さんは許さないだろう。
二の句が継げず、意味のない言葉を繰り返す自分が情けなかった。
「…………」
思兼さんからの言葉は返ってこない。
もう、どうしたらいいか分からない。
私は気付いたらぽたぽたと涙が溢れていた。
思兼さんが深く息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「泣かせるつもりはなかったのですが。
貴方に八つ当たりするなんて、どうかしていますね。俺は」
「おも、かねさ、……?」
思兼さんが眉根を寄せ、苦しそうな表情で私を見つめていた。
「頭を冷やしてきます。では」
思兼さんが立ち上がり、玄関へ向かおうとした所で私が慌てて引き留めた。
「あ、思兼さんっ! 待って!」
「…………」
思兼さんが黙ったまま振り返る。
「あのっ、……今日は申し訳ありませんでした。
私が至らないばかりに、思兼さんの気持ちを逆撫でするような事をしてしまって……
でも! これだけは聞いてください」
「…………」
「思兼さんのおかげで問題が明るみに出た事、本当に感謝しています。色々な方々のご迷惑にならないよう、今後とも気を引き締めます。
お忙しい中、わざわざご報告に来て頂いて、どうもありがとうございました……っ」
深くお辞儀をし、言いたい事を伝え切った。
しゃくりあげながら、目を拳で拭う。
私が安心出来るよう、いの一番ですぐ伝えに来てくれた所に思兼さんの誠意を感じていた。
たとえ私に対して負の感情を抱いていたとしても、まずはそれに応えたかったのだ。
「……本当に、貴方は」
思兼さんに、いよいよ呆れられたと思う。
いい加減、子供じゃ無いのだからこの醜態を収めなければ。
涙をどうにか抑えながらゆっくり顔を上げた瞬間、思兼さんに抱き寄せられた。
「っ、!?」
「煽らないでくださいと、先に言いましたよね。
……伊縄城さん」
「えっ……あ、すみません、私また何か思兼さんに対して失礼な事……」
思兼さんの胸元に顔が当たり、恥ずかしさに身を捩るが離してくれそうになかった。
堅固な体に包み込まれ、これまで心細かった気持ちが氷解するようにじんわりと温かくなっていく。
「もう、怒っていません。
こちらこそすみませんでした。何度も謝らせてしまって」
「ああああのっ、私は大丈夫、ですけどもっ!
……その、この体勢は……恥ずかしい、です」
思兼さんの体にぴったりと密着し、薄着の私へストレートに体温が伝わる。
あまりの生々しい状況に、顔から火が出て燃え尽きそうだ。
私の様子を伺いながら、思兼さんの顔が眼前に接近する。
「……俺が伊縄城さんに対して怒った場合には、こうされるとご理解ください」
「えええ!? ど、どういう理屈ですか!」
「分からなくて結構です。……伊縄城さん」
「!」
とても控えめな動作で……
思兼さんの唇がおでこに当たった気がした。
「えっ、あの、今……っえ?!」
「貴方がこれ以上トラブルに巻き込まれない為のおまじないです。気にしないでください」
柔らかな微笑みを浮かべ、私の驚いている様を見つめている。
思兼さんに振り回され訳が分からなくなった私は、声にならない叫びを上げるしか出来なかった。
やっと体を離された時には、思兼さんがいつもの表情に戻っていた。
「遅くまで居座ってしまい、失礼しました。
今夜はゆっくり休んでください。では、また来週に」
「あっ、はい! おやすみ、なさい」
(……まだ、心臓がドキドキしてる)
扉が閉まった後も、鼓動が収まらない私は未だこの状況を整理する事が出来ないまま、その場に立ち尽くし続けていたのだった。
ヤキモチ思兼さん。でした!
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