第3話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が異世界でドキドキオフィスツアーの件
「思兼さん、かぁ……」
渡された名刺をまじまじと見つめる。
そこには、今日私を異世界に連れてきた、イケメン付喪神の名前が刻まれていた。
脳裏に浮かぶ、柔らかい笑顔。
スラリとした長身に、完璧すぎる甘いマスク。
ちょっと強引だけど、嫌ではない爽やかさ。
全てにおいて反則級である。
私はふかふかのベッドに突っ伏し、今日起こった出来事をゆっくりと反芻していた。
この、冗談みたいな出来事を。
* * *
「ほああ……」
感嘆の声しか出ない。
契約後、早速思兼さんに連れられて会社案内をされた。
受付、会議室、更衣室、図書室、執務室……どの区画を覗いても、規格外かつ贅沢な美しさ。
少なくとも、私のいた零細企業とは別物である。
(どこもかしこも、ピカピカだ……)
いざ入社するとはいえ、何処ぞの異世界から来た小娘を、こんな豪華絢爛な会社に野放しにしていて良いのだろうかと心配になってしまう。他にもまだ見ぬ施設が山ほどあるらしく、目眩がしてきた。
「何か質問がありましたら、遠慮なくお申し付けください」
少し先を歩く思兼さんがおもむろに振り向き、私に意味もなく笑顔を飛ばしてくる。
「あ、り、がとう、ございます」
耐えきれず、反射的に距離をあける私。
イケメンが近距離にいる場合、イケメン耐性の無い人間にとってその空間は毒でしかない。
(遠くから見る分には目の保養になるんだけど……なるんだけど……っ)
思兼さんにしてみれば、ただの仕事の一環なので致し方ない事なのだが、私としては大問題である。
思兼さんの眉が若干下がったが、すぐさま『あっ!』と閃いた表情をした。
「すみません、配慮が足りませんでした。矢継ぎ早の説明で伊縄城さんも気疲れされましたよね。あそこにちょうどカフェスペースがあります。一息つきましょう」
「へ!? あっ、えっと、その、おおお、思兼さん。他のお仕事もあるんじゃ……?
これ以上、お時間取らせちゃうのは流石に」
慌てて、思兼さんを制する。
イケメンと連れ立って歩くのすら、動悸が激しくてしんどいのに。二人きりで休憩するなんて、先に私の心臓が止まってしまう。
「ここのカフェ、社員に人気でして。僕、手配して参ります。こちらでしばし、お待ちください」
「えっ! いや、ちょっ、まっ……」
言うや否や、思兼さんの俊敏な動きは風の如く、気付けば置き去りにされていた。
「…………行っちゃった」
私はカフェの隅でひとり、小さく丸くなって座ることにした。
* * *
「あれ〜? 新人ちゃんがいるー。初めまして〜♪」
謎の人物襲来。
いや、その前に人じゃないんだっけ……?
なるべく目立たないように存在感を消していたのに、真正面からの挨拶に硬直する。
「オレ、八木羽屋だよ〜。
なんて言う名前? ちなみにどこの部署の子?
ねぇねぇ、記念に写真一枚撮っていー?」
「あ、えーと、ま、待ってくださ……!」
出会い頭からの怒涛の質問攻めに、面食らってしまった。
しかも寄りで見るとこの方、かなりデカい。
そして、思兼さんとはまた違った方向性のイケメンである。緩い赤髪をなびかせた、明るい雰囲気のお兄さんといった風貌だ。
……この会社の顔面偏差値率、高すぎでは?
あわあわしていると、ちょうど思兼さんが戻ってくるのが見えた。
「八木羽屋、伊縄城さんが困っているじゃないか。そのあたりで勘弁してくれ」
「おー! オモッチじゃん! へ〜っ、なになに、この子『イナワシロさん』っていうんだー? めっちゃ珍しい名前だねー!
そんじゃ、『シロちゃん』でいっか。ちっちゃいウサギさんみたいでかわいーね♪ これからどーぞよろしく〜♪」
「あ、はい……こちらこそ……」
マシンガントークについていけず、愛想笑いで流すしか出来ない。途中から、あまりにもそのハイテンションさに、私の方が変な汗が止まらなくなっていた。
(とりあえず、怖い人じゃなくて良かった……)
「伊縄城さん、すみません。驚かれたと思いますが、じきに慣れますのでご安心ください。彼は僕の同期なんです」
「はぁ……」
「えーっ! こんぐらい別に、フツーっしょ?
よそよそしい方が逆に失礼じゃん?
あ!! オレ、イイ事思いついちゃったー!」
イヤな予感がした。
「今週末、シロちゃんの歓迎会やろー♪」
「!?」
「それは名案ですね」
(思兼さんも乗り気なの!?)
「そーっと決まれば、準備頑張っちゃいますかね〜!じゃあ、オレ早速仕込み行ってくるんで♪
シロちゃん、お楽しみに〜! オモッチも、またなー♪」
「よろしく頼む。では、伊縄城さん。参りましょうか」
颯爽と駆けていった八木羽屋さんを見送り、私は念のため確認した。
「あの…………歓迎会って言ってましたけど……?」
「これから早速召集をかけます。近々盛大に執り行いますので、お待ちください」
「えっ! 私まだ、契約決まったばかりで……」
急な展開に動揺していると、思兼さんが手元を確認しながら別の話を切り出した。
「おや、もうこんな時刻ですか。そろそろお住まいのご説明をしますね」
「お、お住まい……?」
「はい。弊社では社員満足度を高める福利厚生の一環として、社宅制度がございます。伊縄城さんは八百万に来てまもないですから、この制度を利用されてみてはどうでしょうか」
(そうだった……私、一円も無いどころか、家すらないんだった……)
「家具家電は備え付けですので、無料です。家賃・光熱費はお給料から天引きされますが、一般住宅に比べてかなり割安かと。社員の八割が同タワーにある社宅に住んでおりますので、殿方との出会いも何かとあるのではないでしょうか」
至れり尽くせり過ぎる。
部屋も用意してもらえる上に、……出会いって、つまり婚活の事か。
こんなに良い条件、有り難く飲ませていただくしか私に術はなかった。
「は、はい。お願いします」
「かしこまりました。こちら、お渡ししますね」
カシャン、と手首に銀色のブレスレットらしき物体をつけられた。小さな液晶画面があり、何か表示できるようだ。
「弊社からの支給品で、我々は″IDバングル″と呼称しております。主に社員同士の通信に利用している他、社宅の部屋キーにもなっておりますので、お部屋入口の認証センサーにかざしてくだされば、開閉出来るようになっております」
「すごい……」
「あ、着きましたよ。伊縄城さんのお部屋は、こちらになります。IDバングルをここにかざして頂けますか」
「あっ、はいっ!」
《ピーッ ガチャン》
のんきに雑談をしていたら、どうやら到着したらしい。思兼さんの説明通り、ロックが解除され無事に扉が開いた。
「わぁ……!」
私の拙い言語能力で表現するならば、そこはさながら五つ星ホテルのスイートルームだった。
独り者には勿体ないレベルのお洒落なインテリアの数々。寝室には、クイーンサイズのベッドが鎮座し、巨大な窓から宝石箱のような夜景を一望出来る。
キッチンやバスルーム等、他の場所も遜色なく美しく、社宅と呼ぶには勿体なさ過ぎるお部屋だった。
「それでは、僕は此処で失礼いたします。本日はお疲れ様でした。明日はオリエンテーションを行いますので、またお迎えに参ります。今夜は、ゆっくり休んでくださいね」
思兼さんが一礼し、ドアを閉めようとした。
「あっ! あの、今日は色々案内して頂いてありがとうございます。思兼さんも、お疲れ様でした」
「こちらこそ。初めてづくしで大変だと思いますが、これから一緒に頑張りましょう」
思兼さんはスッと手を差し出した。
(これって握手……していいのかな?)
「……また、変な書類に捺印させないでくださいね」
「ふふ、確かに。そうですね、気をつけます」
極甘の笑顔を直視出来ないまま、私は思兼さんと本日二度目の握手をしたのだった。
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