第28話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメンの筋肉を偶然にも刮目した件
(勢い余って返事しないまま来てしまったけど、大丈夫だよね)
《ピ――――――ッ ガシャン》
先日、衣吹戸課長にゲートのアクセス許可認証の手続きを済ませてもらっていたので虹彩認証も難なく通過し、スムーズに到着した。
″善は急げ″だ。早いに越した方が良い。
私は扉を軽くノックし入室をした。
「衣吹戸課長、おはようございます!
IDバングルを見させてもらいに来ました」
《シン――――……》
返事がない。
いつもの小部屋に入り、辺りを見渡すが誰もいないようだ。
はやる気持ちを抑え切れず、私は衣吹戸課長が戻ってくるまで、待機する事にした。
ふと、応接用の簡易テーブルに真新しいIDバングルが置いてある事に気付く。
手に取り、まじまじと眺めていると小部屋の奥の方からパタパタと音が聞こえる。
良く良く見ると、巧妙に壁に擬態した扉が奥側に付いている。衣吹戸課長はこの先で何か作業をしているのかもしれない。
私は勝手に入室している居心地の悪さもあり、意を決して進んでみる事にした。
《コンコンコン、ガチャリ》
「失礼します……」
そろりと扉を開けて中を覗く。
薄暗い廊下が続き、いくつかの部屋が分かれて配置されているようだ。
ひとまず衣吹戸課長の気配を感じる部屋を探す為に順次中を確認していくが、どこももぬけの殻のようだ。
曲がり角に差し掛かり、突き当たりまで進むと曇りガラスの扉の前で立ち止まる。
残るはこの部屋のみだ。
《コンコンコン、ガチャリ》
「衣吹戸課長、伊縄城です!
いらっしゃいま、」
「………………っ」
そこはシャワー室だったらしく、ちょうど使い終わって出ようとした衣吹戸課長と鉢合わせした。
濡れた髪を掻き上げる際に目が合う。
生まれたままの姿の衣吹戸課長が、そこにいた。
私がいる事について状況が追いつかないのか、全身真っ赤になりながら相当慌てふためいている。
「〜〜〜〜ッ!? なっ、んでっ、えっ?!」
「すす、すみませんっ!!」
見てはいけないものを見てしまい、急いで出ようと方向転換するが、床が湿気で滑りやすくなっていた為に体勢が崩れる。
「ひゃっ!」
「!!」
ガシッと背後から受け止められ、どうにか転倒を避けられたが別の意味で危ない目に遭っている事に変わりはなかった。
硬い筋肉の壁が後頭部に当たり、振り向こうにも振り向けない。男らしい節くれだった手が私の両肩を包み込み、シャワーに入った直後の熱が伝わり顔が火照るのを感じる。
(やってしまった……! どうしよ……)
私が沈黙していると、衣吹戸課長の動揺した声が耳元の近くから聞こえた。
「その、……ご、ごめん、ね、きて、くれたの、わから、なくって……大丈夫? ケガ、してない?」
「あっ、いえ! こちらこそきちんとご連絡せずに失礼してすみませんっ!
すぐ出ますのでっ…………あの、衣吹戸課長?」
衣吹戸課長が私から手を離さず動かない為、疑問に感じ問いかけるが、返事がない。
「衣吹戸課長……ど、どうしました?」
「……え、あ、その、……」
もじもじと衣吹戸課長が言葉を濁す。
不審に思い、恐る恐る首を捻り衣吹戸課長の方を見上げると、私を見下ろし潤んだ瞳をしたイケメンと見つめ合う形になり、思わず目を見開く。
「か、かわいい、なって……いな、わしろ、さん、いつ、も、あわてんぼう、……だから」
「へ……!?」
(この状況下で、な、何を言ってるの……!?)
というより、そんな顔で、この距離で、なんていう破壊力のある言葉を吐くのだろう。
面と向かってそんな事を言われるのはこの歳になってないに等しい為、私には刺激が強すぎる。
今度は私の方が真っ赤になりながら言葉を捲し立てた。
「あ!! えっと、そーですよね!
私本当にうっかり屋で!! すみません、一回戻ってますので!
大変失礼しました〜〜〜〜っ!!」
体を翻し、扉を開けてダッシュする。
(ひー! 衣吹戸課長のビジュアルが強すぎる!)
思わぬイケメンの筋肉美をしっかりと脳裏へ焼き付けてしまった私は、思考と態度が伴わないまま部屋に戻った。
* * *
「……あ、の、お待たせ、しま、した」
「いえいえ、全然大丈夫です! あっ」
衣吹戸課長がスーツに着替え、思いの外早く戻ってきた。
だが髪の毛だけ明らかに濡れており、どう考えても乾かした形跡は無さそうだった。
「衣吹戸課長、髪乾かさないんですか?
そのままだと風邪引いちゃいますよ?」
「えっ……? あ、いや、いつも、こう、だよ……?」
「いつも? えっ! そんな長い髪を毎回そのまま?」
「? う、うん」
あれはいつも自然乾燥だったのか。
であれば、あのボサボサ具合にも納得がいく。
せっかくの綺麗な長髪なのだから、きちんと手入れをしたらもっとサラサラに整うのではと考え、私は衣吹戸課長に提案をした。
「あの……絡まって傷みやすくなってしまいますから、面倒だと思いますがしっかり乾かした方が良いと思いますよ」
「そ、そう、なの……? ぼく、いつも、徹夜、して時間なくて、乾か、す時間、ないから、気にした、事、なかっ、た、かも」
「衣吹戸課長って風の精霊さんなんですよね。ご自身の髪を能力で乾かしたりっていうのはどうですか?」
「うーん……仕事、じゃ、ない、から、……それは、難しい、な」
(そういえば、御影さんが業務外で能力使っちゃダメって言ってたっけ……でも、凄く気になってしまう……あ!)
「私が乾かしますよ。IDバングルの開発で大変ご迷惑をおかけしましたし」
「そ、そんな、わ、悪い、から、良い、よっ……!」
「いえいえ、それぐらいお安い御用です!
それに、サーバールーム近くで濡れた髪でいるのは良くないと思います」
「う。た、たしかに、そう、だね」
「では、私タオル持ってきますね!」
私はシャワー室に行き、タオルを取りに行った。
* * *
衣吹戸課長を椅子に座らせ、私は丹念にタオルで髪の根元から乾かしていく。
(これは……一人で乾かすの大変だろうな)
なかなかの毛量に苦戦しながらも、シャワー室に備え付けられていたブラシとドライヤーを拝借し、存分に使わせてもらう。
水気を取った後ブラシをかけながらドライヤーを丁寧に毛先までかける。
「熱くないですか?」
「……っ! あっ、だっ、だい、じょぶ、だよっ」
衣吹戸課長は心地良さにうとうとしかけていたらしく、ハッとした様子で返答する。
(分かる……美容院とかで髪乾かしてもらったりすると眠くなるもんね……)
艶やかな髪色に変化し、乾かした後のフローラルな香りがしてくる。
最後に、髪を結い上げ普段と同様に一つにまとめた。
時間をかけて乾かした結果、薄緑色の髪が美しく光輝き、私は言葉を失った。
(綺麗……!)
前髪は綺麗な金色の天使の輪が出来ている。
欲を言えば、前髪を目が見えるぐらい切り揃えたいのだが。
「あ……あり、がとう」
一番驚いているのは衣吹戸課長のようで、自分の髪をじっと眺めては感触を確かめている。
「こちらこそです。
それで、衣吹戸課長。ご連絡頂いたIDバングルの試作品についてお話聞かせて頂けますでしょうか」
私は大分脱線していた本筋に話を戻す。
「ごめ、ん。そう、っだった、ね。今、説明、する、から」
衣吹戸課長がまだ慣れないといった手付きで髪を掻き上げつつ、テーブルに置かれていたIDバングルを取り出した。
* * *
カタカタと小型端末に文字を打ち込み、衣吹戸課長が語り始める。
『これなんだけど……一応要望のあった機能は搭載出来たんだ。でも、メモリとハードの関係で録画時間が30分しか撮れなかった。
引き伸ばそうと試してみたんだけど、今度は画質と音声が劣化してしまって。今の性能だと、これが限界みたい。ごめんね(;_;)』
「そうなんですね……いえ、十分です。
こちらこそありがとうございました」
『それと、緊急SOSについてなんだけど、発信方法が……』
《コンコンコン ガチャリ》
「衣吹戸課長、ご連絡を頂いた件で伺い……!
伊縄城さんも、いらっしゃってたのですか」
「思兼さん!」
『お忙しい中、お呼び出ししてすみません。
ちょうどIDバングルについてお話するところでしたm(_ _)m
御二方共、今からお時間いただいてもよろしいですか?』
私達は衣吹戸課長の話を揃って聞く事になった。
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