第24話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が逆襲に向けて行動を開始した件
「猫又……」
種狛部長補佐の知られざる過去を知り、唖然とする。
(″猫又″って、確か……)
「うん。伊縄城さんも一度は聞いた事ないかい?」
「アレだ。尻尾が二本生えたやつ」
子供の頃、怪談の本で読んだ事がある。
″猫が数十年生きると、猫又になる″という話。
ただの絵空事だと思っていた。
「私はその時、人間界へ社長と共に視察に訪れていたんだ。禍々しい瘴気を感じ、現場に駆け付けるとそこにいたのは、変わり果てた種狛の姿だった。
……もし、あの場に社長がいなかったら、彼は物の怪から戻れずに人間界で災いを振り撒きながら当てもなく彷徨っていたはずだ」
嶽平部長が頬杖を突き、視線をテーブルに落として沈黙する。
「まぁ、八百万に来てしばらく経ってからも、種狛はずっと心ここに在らずでさ。抜け殻みたいだったよ。たまにね。考えてしまうんだ。
私だけが彼を救ったつもりになっただけで、過去に囚われた種狛は本当は今も……」
「おっさん。もう長話はその辺りにしとけよ。
つーか明日も仕事だし、俺帰っていいか?」
御影さんが痺れを切らし、嶽平部長を制する。
カフェの壁時計の針は、すでに22時を回っていた。
「おっとゴメン! いやはや、もうこんな時間か。
でも、もしもだよ。万が一、種狛が伊縄城さんに対し危害を加えるような真似をされそうになったら……すぐに私に連絡をもらえないかな?
出来れば杞憂であれと……これでも一応は上司だから、つい贔屓目で考えてしまうんだけど」
嶽平部長が力無く微笑む。
部長の話を聞くまでは、種狛部長補佐の悪事を全て上層部に洗いざらい話してコテンパンに仕置きしてもらうつもりだった。
現に、相手から散々罵られ、物理的にも手を出されて、色々と見過ごせない事態になりつつある。
十分、訴えて良い案件だろう。
ただ。
(知らない方が良かったのかな……)
長い年月をかけて人間に対し恨みを募らせ、自己の死すら忘れて物の怪になりかけるなんて。
そもそも、相当な思い入れが無いと出来ない芸当ではないのか。
種狛部長補佐は昔、″ニンゲンに飼われていた″ 。
どういった恨みを抱いて私にぶつけてきたのか。
全て、知りたいと思った。
向こうが私を根掘り葉掘り調べているのだから、こうなったらこちらもとことん対抗してやろうではないか。
出来ればもっと、深く因果関係を調べておきたい。
私は明日、ある場所に赴こうと考えていた。
「あの……御二方共、ありがとうございました。
嶽平部長。お辛い話をさせてしまい、申し訳ありません」
「いやいや。君には、本当の種狛を先入観なしに知ってもらいたかった。
私の方こそ、おじさんの昔話に付き合ってくれてありがとう」
御影さんが何か考えていたのか、口を開く。
「一応言っておく。会社では業務外で能力を使用する事は禁止されている。
アイツが仮に変なことをしてきようもんなら、それこそ懲罰委員会行きだから頭の片隅にでも覚えておけ。
まぁ、……そこまで馬鹿じゃねぇと思うが。
じゃーな」
「あっ、ありがとうございます……御影さん」
いつもよりも心なしか優しいトーンだ。
御影さんなりの気遣いを感じ、嬉しくなった。
「私もこの辺でお暇するよ。
伊縄城さん、これからもお仕事頑張ってね」
「はいっ、遅くまで付き合って頂き、ありがとうございました!」
「あ。そういえば伊縄城さんからもらったパン、美味しかったよ。
初めに御礼を言ってなかったね、失礼した。
夜遅いから気を付けて帰ってね」
「……いえいえ! お、お疲れ様でした!」
種狛部長補佐の話ですっかりイケおじを餌付けしてしまった事を忘れていたが、不意打ちを突かれてしまい赤面する。
(……次からは、気をつけよう)
もう、道端で知らない動物にご飯をあげるのは金輪際控えようと心に決めた。
* * *
次の日、大急ぎで業務を片付け定時で上がった私は図書室に向かった。
目的の書架に辿り着き、見逃さないよう段ごとに慎重にチェックしていく。
(あっ、これかもしれない)
一冊の書籍を引き抜く。
テーブルに移動し、パラパラとページをめくる。
私は『八百万妖怪調査報告書』を読んでいた。
種狛部長補佐がなりかけたという、″猫又″についてきちんと把握しておきたかった。
他にも知らない事柄が記載されているかもしれない。
私は『ね』の項目を探した。
該当箇所を見つけ、しばし読み込む。
(『猫又――――尾が二又に分かれた猫の妖怪。
猫又になる要素は様々であり、山猫、飼い猫共に変化する可能性がある。老猫が数十年経ち、不可思議な能力を得て人を襲い攫い、喰い殺すなどの報告がなされている。
なかでも強い怨念を抱えた猫又に至っては高度な呪いを使用し、人間同士を操り社会を混乱に陥れたという。』)
何やら不気味な絵と共に、猫又についての詳細が記載されていた。
気になる単語を見つけ、頭を捻る。
″呪い″
私が種狛部長補佐と対峙し、金縛りらしきものをかけられた時、そういえば何か口走っていた気がする。
(あれが、そうだったんだ)
そして効力はどの程度のものか把握出来ないが、私は多少なりとも呪いが継続している。
想像だが、『種狛部長補佐の思い通りに動く』とか、きっとそのような類の呪いなのだろう。
嶽平部長に詳細を報告出来なかったように、種狛部長補佐に不都合が生じる事をしようとしたら制限がかかる仕組みなのだ。
猫又にはならずとも、呪いなどの能力は顕在化しているという事は、中々面倒な状態である。
まずは、この厄介な呪いを解かなければならない。
自分の行動が他の誰かに良いように弄ばれるなど、まっぴらごめんだ。
(今日の所はここまでかな。色々調べたら、疲れた……あ!)
私はある事を思いつき、書籍を急いで戻した。
* * *
図書室奥の、角部屋の個室に到着する。
この時間帯なら、運が良ければ会えるかもしれない。
私は、天に祈る気持ちで入室した。
「失礼しまーす……どなたかいらっしゃ……ぁ、」
いた。
あの後ろ姿。
間違いない、思兼さんだ。
前回の反省を踏まえ、乱雑に置かれた本の山を崩さないようにゆっくりと近寄るが、いつもと様子が違う事に気付く。
思兼さんが腕を組んで下を向き、俯いている。
珍しく居眠りをしているようだ。
(毎日激務過ぎて、完全無欠の思兼さんでもかなり疲れてるはずだよね……)
勝手に心の中で同情する。
わざわざ起こすのも忍びないので、思兼さんが目覚める間、しばし寝顔を拝ませてもらう事にした。
襟足から覗く、白い頸。
イケメンが目の前で無防備に眠っている。
あまり改まって顔を見る機会が無い為、ここぞとばかりにじっくり凝視してしまう。
それはもう、美しい絵画でも鑑賞しているかのように気持ちが高揚した。
長い睫毛が彩る切れ長な目元。
スッと通った鼻筋。
形の良い唇。
きめの整った、滑らかな肌。
どのパーツをとっても、完璧過ぎる。
思兼さんを見つめているだけで、ここ最近の疲労など綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
単純すぎる構造に自分でも呆れるが、イケメンの力はそれぐらい偉大なのだ。
相手が寝ているのを良い事に、調子に乗ってしばらく至近距離から観察していると、突然パチッと目が合った。
心臓が一瞬止まるかと思うほど驚いたのは言うまでもない。
「そんなに近くで見つめられると、さすがに……照れます」
「!? おっ、思兼さんっ!?
えっ! いっ、いつから……寝てたんじゃないんですか!?」
「目を閉じてただけで、初めから起きてましたよ。ずっと僕の周りを伊縄城さんがうろうろしてたのがなんだか微笑ましかったので、すみません。しばらく狸寝入りしてました」
「えぇ――――!! ひ、ひどい!
私、すごい恥ずかしいじゃないですか……」
「……ここに来てくれたという事は、僕と二人きりになりたかったと解釈していいですか?」
びっくり仰天し、耳まで赤くなる。
「伊縄城さんって、結構大胆なんですね」
「さ、さっきのは、あれです、ちょっと、出来心というか……〜〜っ何でもないです! 忘れてくださいっ!」
「貴重な体験なので、覚えておきます」
何故だか嬉しそうにニコニコと微笑む思兼さん。
ふふっと軽やかな笑みを浮かべて、非常に楽しそうだ。
これ以上会話をし続けると更なる墓穴を掘りそうなので、私は決まりが悪くなりそっぽを向いた。
「それで、何か御用があっていらしてくださったのですよね。どうしましたか?」
周りをキョロキョロと伺う。
種狛部長補佐の事が気にかかったが、他に気配は感じなかった。
「あ、あの、用というか……お、」
「?」
口に出そうとして、とんでもなく恥ずかしい事に今更気が付き、変な汗が出てきた。
「思兼さんに、その、……会いたかったんです。
仕事の用事とかじゃなくて申し訳ないんですけど……。
お会いしたら、なんか復活したというか、モチベーションが凄く上がったので、もう大丈夫です!
すみません、失礼しました!」
馬鹿正直に自分の気持ちを伝えてしまった。
でも、何故か晴れ渡る夏の青空のようにスッキリしている。悔いはない。
帰ろうと振り返りかけた時、咄嗟に手首を掴まれた。
「っ!?」
「伊縄城さん」
思兼さんが急に立ち上がり、距離を詰められ身構える。目を細め、甘く蕩ける眼差しに鼓動が激しくなる。
「……香水、付けるようになったんですね」
「へっ?! あっ、これは、あの、ゆきさんに、もらったんで、す」
「伊縄城さんがこの部屋に来て、すぐに分かりました。仕事も婚活も頑張ってるみたいで、嬉しい限りです。
ただ、……俺も男ですから、あまり煽らないでくださいね。伊縄城さんに相応しいお相手の為にも」
ニコッといつもの笑顔を返され、手を離す思兼さん。
「会いに来て頂いて、ありがとうございます。
そろそろ遅くなってしまいますから、食堂に行きませんか?」
「あっ、は、はい! ぜひ!」
意味深な台詞を残した思兼さんに質問をする事も出来ないまま、私達は夕ご飯へと向かったのだった。
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