第2話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が異世界でイケメン付喪神に騙されて就職した件
「もう、目を開けても良いですよ」
ぽん、と肩に手を置かれイケメン付喪神が耳元で囁く。ふわりと甘い香りが漂い、私は身震いした。
(うぅ、いちいち行動もイケメン過ぎて、怖い……何で私、こんな事に……)
いちいち距離が近い対応に困惑しつつ、ギリギリの冷静さを保ちながら、私は恐る恐る目蓋を開いた。
* * *
眼前には、天まで届きそうな、ガラス張りの超高層ビル群が私の目の前にそびえ立っていた。陽の光を浴びた摩天楼は、きらきらと青水晶のように輝き、静謐で神聖な様相を讃えている。
(すごい、綺麗……)
各ビルは中階層毎に無数の回廊で繋がっており、透明な空洞の中を、人々が行き来しているようだ。
まるで良くできた、近未来テクノロジーのCGでも見せられている気分である。
(っていうか私、さっきまで古ーい社屋にいたはずなんだけど……どういうことだろう?)
「あの」
「はい。何でしょう?」
「……この建物は、会社、ですか?」
「ご名答です。初めて来られた方は、何の建物か存じ上げない方も多いのに。察しがよろしいですね。こちらは、八百万グループの本社でございます」
私はイケメン付喪神に一番質問したいことをぶつけた。
「すみません。私……まだ、事態が全然飲み込めなくて……」
「これは、大変失礼しました。ご説明がまだでしたね。まずは、僕の紹介をさせてください」
イケメン付喪神は、胸ポケットから一枚の紙を差し出した。
そういえばこの付喪神、スーツ姿だけど私と同じ会社員ってこと?
「八百万グループ社 神霊人事部 思兼心矢と申します。僕は貴方様を人間界からヘッドハンティングしに来ました」
「……は?」
「先程契約が成立しましたので、こうしてわが社までお越しいただいた次第です。はるばる遠い世界からご足労いただき、感謝申し上げます」
「け、契約? えっ、ちょっ、どういうことですか?」
急展開すぎて、完全に置いてきぼり状態の私。
突然のビジネス用語に、思わず声を上げた。
「混乱されているようですね。そういえば貴方様の分の契約書をまだお渡ししておりませんでした。こちら、控えになりますので大切に保管してください」
ぴらり、と一枚の紙を渡されると、そこには仰天の内容がびっしり書かれていた。
「えっ……んん?」
【伊縄城 えむこ殿は八百万グループ本社に契約社員として雇用される事に合意しました。今後、配属先は神霊人事部と相談ののち、決定されます。】
名前の脇に、私の母印が押されている。
右手の親指を確認すると、赤いインクの名残がついていた。
「改めまして、これからよろしくお願いいたします。伊縄城さん」
「う、嘘でしょ!?」
やけに馴れ馴れしく手を握ってきたと思ったら、やっぱり。こんな事だろうと思った。
一瞬でもときめいてしまった自分を呪いたい。
(だまされた……)
これだから、イケメンは油断ならない。
元々私には不釣り合いの存在なのだから、打算なしで近寄って来ること自体、おかしいのだ。
「既に契約済みですので、撤回は出来ませんからご容赦くださいね。違約金が払えれば別ですけど。人間界で換算すると、50億円といったところでしょうか」
どこからともなく、カタカタと計算機を叩き出し私に天文的数字を見せてきた。
「えっ……えええええ!?!?」
「異世界で無一文での生活は無謀です。伊縄城さんはご自身のお力でわが社で働き、理想のお相手と出会い、成婚を目指す。僕達は伊縄城さんのお力をお借りして八百万グループの経営拡大・事業を成長させる。
両者、ウィンウィンです」
「き、聞いてないです!!
こんなの、誘拐だし、脅迫だし、詐欺だし……!! とにかく、私はこんな話、知りませんっ!!」
そんな私に構うことなく、イケメン付喪神は説明を続けた。
「契約期間は一年間です。もし、仮に成婚されなくても、期間を過ぎれば人間界に強制的に送還され、異世界での記憶は全て消えます」
「えっ……」
「ご提案させてください、伊縄城さん。
ここはひとつ。賭けてみませんか? 自身の力に」
「わ、私の力……?」
先程までの事務的な説明から一転、イケメン付喪神が真剣な面持ちで、真っ直ぐに私を射抜く。
「伊縄城さんのお力は、貴方様が思うよりずっと強い。それを過小評価していらっしゃるのが、僕には勿体ない事だと思います。人間界で三十年過ごして、その価値にこれまで気付かれないのならば、今後も無駄に時間を浪費するだけではないでしょうか」
「……っ、私に、価値、なんて……ないです」
「いいえ。僕が、補償いたします」
有無を言わさず即答され、びっくりして固まる。
どうして、そんなことが言い切れるのだろう。
「伊縄城さん。心機一転、この世界で一年かけてご自身を見つめ直してみてはいかがでしょうか。伊縄城さんにとって、貴重な経験となる事をお約束いたします」
彼は断言する。
誰からも必要とされなかった私に対して、嘘でも、一番欲しかった言葉だった。
(もう、後戻り出来ないなら……)
まただまされても、その時はその時だ。
私は一縷の望みに託すことに決めた。
「……分かりました。よろしくお願いします。
あ。そういえば……なんで、私の年齢をご存じなのでしょうか?」
「そこは、営業秘密です」
「えぇ……」
* * *
かくして、アッサリ騙されて異世界に連れてこられた挙句、労働先まで新たに契約されてしまった私。
今後、私の運命はどうなってしまうのか。
それは、イケメン付喪神・思兼のみぞ知る?……かもしれない。
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