第19話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達とスイーツを試食した件
次の日。
八木羽屋さんからの差し入れで一緒に借りていた保存容器や魔法瓶を返却する為、食堂へと向かった。
朝食時間が終わり、食堂関係者の社員達が慌ただしく後片付けを行っている。
会釈をしながら通り抜け、八木羽屋さんを探しているとその場に不釣り合いな後ろ姿が見えた。
(あれは、確か……)
「衣吹戸課長、お疲れ様です。どなたかお探しですか?」
「っっっっ!?」
私に気付いた途端、激しく飛び上がり挙動不審な動きをする衣吹戸課長に、思兼さんの助言が脳裏に蘇る。
(あっ! 確か女性と話すの苦手な精霊なんだっけ!……でも)
私の脳内で数秒間のせめぎ合いが起こる。
わざわざ苦手な事を無理強いさせるのは良くないと思いつつ、このままの状態では委員会に支障をきたすのではという懸念もあった。
それに、課長には聞いておきたい事柄があるのだ。
衣吹戸課長がその場から逃げるように立ち去ろうとした瞬間、両者を天秤にかけた結果、咄嗟に背中の裾を掴み、あえて引き止める事を選択した。
「!?!?!?!?」
私がまさか介入してくるとは思わず、想定外の出来事に課長は軽くパニックを起こしてしまい、今度は岩のようにその場で硬直してしまった。
慌てて服を離し、すぐさまお辞儀をして謝罪に徹する。
「驚かせてしまってすみません! あの、……えっとですね。衣吹戸課長にお話がありまして、お声がけしました」
「…………っ? ぼ、くに……?」
気を抜くと消え入りそうな声を拾い上げ、私は応える。
「はい、実は……」
「あらー? そこにいるのはシロちゃんにイブキング課長! お疲れ様っす〜!」
ちょうど通りかかった八木羽屋さんに声をかけられる。コック帽とエプロンを手に取り、これから着替えに向かうようだ。
「八木羽屋さん! お疲れ様です。昨日は色々とありがとうございました。お借りしてた容器、返却しに来ました」
「どーいたしまして〜♪ お〜、ちゃんと完食してくれたんだね! すげー嬉しい♪」
「とっても美味しかったです。特に、牛乳とみかんのデザートがすっきりした甘さで疲れが取れた気がしました」
「″牛乳かんてん″ハマった? シロちゃんが好きなら良かった〜♪
あれ超カンタンだからよく作るんだよね〜。オレ甘さ控えめが好きだから、かなり薄味だったっしょ?」
わいわい話が弾んでいると、横から遠慮がちに小さな声が語りかけてくる。
「あ、の……いつ、も、の、くだ……」
「っと! そーいや今日だった〜っ!!
取ってくるんで待ってて〜!!」
八木羽屋さんが何かを思い出したらしく、奥の保管庫へ駆け出す。
(衣吹戸課長が欲しいものってなんだろう?)
しばらくした後、両手に大袋を抱えた八木羽屋さんが戻ってくる。かなりの重量だが、それを持って帰る衣吹戸課長は相当な労力を要するはずだ。
「はいよー! お待たせっ。とりあえず今週は五袋分でいーんだっけ? 相変わらず、飽きないね〜」
「あ、あり、がと……」
そそくさと袋を小脇に抱えだす。
八木羽屋さんですら大変そうだったのに、クッションでも持つように軽々と運んでいる。
凄まじい筋力だ。
「これは……」
「イブキング課長の大事な大事な『食料』だよ〜。
氷砂糖って知ってる?
コレ、仕事中にずっとかじってるんだってさ〜」
「氷砂糖……えっ! ぜ、全部食べちゃうんですか?!」
私の反応を見た衣吹戸課長は、少し考えていたのか荷物を一旦床に下ろした後、ズボンのポケットから小型端末を取り出し機械的なスピードでタイピングし始めた。
どうやら、伝えたい事があるらしい。
バッと画面を突き付けられ、視線を移す。
『ずっとシステムに張り付いているから、中々外に出る機会がないんです。
毎週、八木羽屋くんに用意してもらってます。
これが一番手っ取り早く糖分を摂取出来るので。
……伊縄城さんは甘いもの、嫌い?』
(めちゃくちゃ弁解してる……)
好物を否定されたと思われたらしく、しょんぼりしている衣吹戸課長に、宥めるように話す。
「わっ、私も好きです! たまに、甘いものを目一杯食べたくなる時があるので、お気持ちはよく分かります。久久野主任も、目の疲れが取れるからたまに食べるって言ってましたよ。仕事中って糖分欲しくなりますよね」
衣吹戸課長がホッとしたのか、口元が少しだけ緩んだ。
「へぇ〜、くくのんも甘いの好きなんだ!
なんか意外〜! あっ、じゃー今ちょうど開発中のヤツがあるから、みんなにコレをあげちゃおう〜♪」
八木羽屋さんがゴソゴソとシェフ服の内ポケットから何かを取り出す。
「試しに作ってみたんだけど、オレ特製のアメちゃんです♪
これからもっと暑くなるじゃん? 熱中症予防にって神霊資材部の部長から頼まれたんだよね〜。味見してみてくれないかなぁ?」
黄金色の綺麗な飴玉を渡され、私と衣吹戸課長は即、口に放り込んだ。
「ん、あ。美味しい……!」
ふんわりとまろやかな甘味が広がる。
でも、普通の飴とは少し風合いが違う気がする。
「あま、くて、すき。でも、なん、か、しょっ、ぱ……?」
「おっ、当たり〜! 海塩が入ってるよ〜。
夏は適度な塩分やミネラルも摂らないとダメだからねー。神霊資材部はずっと動きっぱなしだから、炎天下で倒れない為に配合してるんだよ〜。ちなみに蜂蜜とローヤルゼリーがメインだから、カロリーも低めで女子にもオススメ♪」
なるほど、理に適っている。
私も甘いものが欲しくなったら、八木羽屋さんの作った飴をぜひ所望したい。
衣吹戸課長も気に入ったらしく、一生懸命口をモゴモゴ動かしている。
「問題無さそーなら、これで一度提出しよっかな〜。
そろそろたっつーにどやされそうだし」
「たっつー? って、どなたですか?」
「神霊資材部の暁達の事だよ〜♪
御影って苗字だったっけ、確か。
委員会でもそーいや、一緒だったよね?」
「御影さん……! 下のお名前、初めて知りました」
「あ、シロちゃんもやり取りした事ある?
仕事でよく絡む内に気付いたら結構気が合ってさ〜。たまにご飯一緒に行くよ〜♪」
『御影くん、ぼくもお仕事でお世話になってます。
いつも忙しそうなのに、やさしいですよね(^_^)』
衣吹戸課長も画面越しに会話に参戦してきた。
御影さんは個人的には一匹狼な印象だったが、噂を聞いていると実態は違っている事が分かり、それはそれで良いお話を聞いた。
「試食に付き合ってくれてありがとね〜♪
オレそろそろ会議だから、ここで失礼♪
じゃあお疲れ様〜〜!」
「ありがとうございました!」
小さく手を振り八木羽屋さんを見送っていると、後ろから制服の裾を引っ張られる感触がした。
「っあ、すみ、ま、せんっ、……ぼく、にあの、はなしっ、て、……」
「……あ!! そうですよね、すみません!
ずっとお話途中で止まったままでしたよね」
そうだった。完全に忘れていた。
しかし、健気にもきちんと待っていてくれた衣吹戸課長の態度を見て、私に対して少しでも慣れてくれたのかと思うと、ちょっとだけ嬉しかった。
気を取り直し、衣吹戸課長に申し伝える。
「あの、衣吹戸課長。実はお願いしたい事があります。単刀直入にお聞きしたいのですが、IDバングルの仕様について、ご相談できますでしょうか」
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