第18話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメンと美女に癒された件
会社に、行きたくない。
異世界に来て初めての感情である。
こんなにもやる気が湧かないなんて、今まで無かったのに。
朝一で思兼さんに欠勤の連絡を入れて、一息つく。
なるべく心配をさせないように、当たり障りの無い文面を考えたつもりだ。
私のせいで、思兼さんにまで陰湿な嫌がらせをされたら溜まったものではない。
種狛部長補佐。
再び、あの物騒な力を使われないようにするには、どうしたらいいのだろう。
何か、私に出来る手立てを考えなければ。
(……首、まだ違和感がある気がする)
マグカップを取り出しながら、ふと、鏡を覗く。
目に見えた跡などは無かったが、何かの拍子にまた昨日の息苦しさを思い出しそうになり、目を伏せる。
仕事で嫌な思いをした次の日は、寝ると大体リセットされるのが私の常だったが、ここまで這い上がれなくなる事は珍しかった。
《ピピピッ》
IDバングルの通知音がなり、チャットが入った。
思兼さんだ。
『おはようございます。体調は大丈夫ですか。
欠勤の件、承知しました。何かありましたら気兼ねなくご連絡ください。無理なさらず、お大事に。』
律儀で優しい返信に泣きそうになる。
この忙しい時期に勝手に休んでしまい、申し訳なさで一杯だ。
(また仕事で挽回しなければ)
窓のカーテンを開けると、ザァザァと本降りの雨が降りどんよりとした灰色の雲が空を覆っていた。
まるで今の私の気持ちを映し出しているかのように、酷い天気だ。
低気圧の影響もあり、頭が重くフラリとベッドに腰掛ける。
(このままお茶を飲んだら、もうひと眠りしようかな……)
《トントントン》
部屋の外からノックの音がする。
私の部屋?
(もしや、また、種狛部長補佐なんじゃ……!)
カーディガンを羽織り、少しだけ扉を開けて様子を伺おうとした途端、大きな手が扉の端を力強く掴み、物凄い勢いで外側から開かれた。
「八木羽屋さん!?」
手に四角い荷物を抱えた八木羽屋さんが、真剣な表情で私の前に立ち塞がっていたが、すぐにいつもの朗らかな顔に軟化する。
「シロちゃん、風邪引いたんだって?!
オモッチから聞いて、ダッシュで来ちゃった!
昨日から全然食堂に来てなかったから、すんごい心配だったんだよ〜〜!!」
「え! あ、ありがとうございます……!」
(そういえば、忙しすぎてお昼も行けないまま、あの一件で結局不貞寝しちゃったんだった。八木羽屋さん、もしかして気にしてくれてたの……?)
「しばらく食べに来れないと思って、デリバリーに来たよー! とりあえず、朝昼夜と丸一日分あるから、足りなかったら言ってー! しっかり食べて治さなきゃ♪」
ビシッと敬礼し、おどける八木羽屋さん。
弾ける笑顔が眩しい。
どうやら持参した荷物はクーラーボックスだったらしく、中からパック詰めされたお惣菜や果物、スープの入った魔法瓶などを一式渡された。
「すみません、わざわざこんなに用意して頂いて。お仕事あるのに大変だったんじゃ……」
「いーのいーの♪ 女の子が体調崩してひとり心細く過ごしてるっていうに、放っておけないもんね。
こーいう時こそ力になれなくっちゃ、男が廃るじゃん?」
八木羽屋さんが私の頭を優しく撫でる。
大きな手のひらから伝わる温かさに、無性にホッとした。
「いつでも気軽に甘えていーからね?
シロちゃん、頑張っちゃうタイプみたいだからさ」
真面目なトーンの八木羽屋さんに、ドキリと心臓が高鳴る。普段のあっけらかんとした印象とは裏腹に、大人な包容力を見せつけられ、何故だか異様に緊張してしまった。
「じゃっ、オレそろそろ行くねー♪ 元気になったら、食堂で会えるの楽しみにしてる!」
「八木羽屋さん、ありがとうございました!」
大きく手を振る八木羽屋さんを玄関から見送る。
ほんの少し話しただけなのに、心がポカポカと充電された気がした。
私は早速、冷めない内に八木羽屋さんの手料理を頂く事にした。
* * *
「あれ? なんだろ」
八木羽屋さんから受け取った袋の下に、折り畳んだメモが入っていた。
開けると、手書きで一筆一筆丁寧に、八木羽屋さんからの言葉が綴ってあった。
『シロちゃんへ。
最近、元気がないみたいだけど、悩みとかない?
オレじゃあまり力になれないかもしんないけど、話を聞くだけでもラクになると思うから、遠慮しないでね。
ねこまるの件で、オレめっちゃイライラしてるし何かしてあげたい気持ちでいっぱいなんだけど、オモッチに考えがあるみたいだから、めげずにがんばろ!
シロちゃん、忙しいとご飯抜く癖あるから気を付けてね。
貧血悪化しちゃうから、要注意だよ!
オレが考えた、栄養満点レシピで早く良くなってね。
八木羽屋 』
なんて愛情深い手紙なんだろう。
(八木羽屋さん、なんだかお母さんみたいだな)
思わず笑みが溢れる。
八木羽屋さんのご指摘通りだ。
忙しさにかまけてご飯を抜かないようにしなくては。
そういえば、前に御影さんからも注意されたっけ。
有り難いお言葉に感謝しかない。
このお手紙は、大事に保管しておこう。
《ピピピッ》
IDバングルが鳴り、チャットの通知が来る。
今度は大都野さんからだ。
『伊縄城さん、お疲れ様です。
思兼部長から事情をお聞きしました。季節の変わり目で疲れが出やすい時期ですから、お大事にしてくださいね!
それと私信になりますが、遊びのお誘いです♪
伊縄城さんの具合が良くなったら、私のお部屋でお泊まり女子会しませんか? 是非、聞いてほしいお話がありまして……。
美味しいお酒とおつまみ、用意しておきますね!
では、長文失礼しました。お体どうかご自愛くださいませ。』
「お、……お泊まり女子会!?」
他にも目を引く内容はあったが、特に爆弾級のパワーワードに驚愕し、椅子からずり落ちそうになる。
いや、もちろん大歓迎なのだが、あれだ。
色々と準備万端で行かないと、情け無い思いをする羽目になる。
完全に自分の事に関しては二の次にしていたので、目が覚める思いだった。
(私、見られても大丈夫なパジャマとか下着、持ってたっけ……?)
女子力の低さを改めて痛感し、頭を悩ませながらも、大都野さんへ快諾の返信をしたのだった。
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