第17話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が猫耳イケメンにボロボロにされた件
「伊縄城さん、報告書の締切明日までなんで、忘れずによろしくお願いしまーす」
「取り急ぎこれの回答すぐにもらえないかなぁ。見積って確認とれた?」
「伊縄城さんってこの後打ち合わせ出来ます?
なるはやでやってほしい案件出来ちゃって〜」
「差し込みスイマセン! 追加でお願いしまっす!!」
「「「「伊縄城さ――――――ん!」」」」
* * *
「………やっっっっと、一区切りついた……」
委員会業務が追加された事により、通常業務の皺寄せが一気に雪崩れ込み、気付けば時計の針は16時を回っていた。
捌いても捌いても仕事が湧いて降ってくるので、業務管理を徹底しないと、重大な見落としをしそうで怖い。
とりあえず、一度水分補給しないと干からびてしまう。
(完全にスタミナ切れだ、休もう)
《コン、コン》
席を立とうとした瞬間、ノックの音が響く。
もうこれ以上は無理だ。
仕事の話なら後にしてもらおうと、扉に近づいたその時、一番見たくない顔が目に飛び込み、恐れ慄く。
「お疲れ様です。伊縄城さん。お仕事、忙しそうですね」
「種狛部長補佐……っ」
白昼堂々、天敵の種狛部長補佐が私の仕事場前に悠然と佇んでいる。
すぐにその場から逃げ出したかったが、退路を塞がれてしまい呆然と立ち尽くすしかできない自分が歯痒い。
「何の、御用でしょうか」
「そんなに身構えなくても。おんなじ委員会のよしみじゃないですか」
バタンと扉が閉まる。
《ガチャリ》
後ろ手に内鍵をかけられ、いよいよ逃げ場を失い、あっさりと絶望的な状況に追い込まれる。
にじり寄ってくる種狛部長補佐に、距離を詰められないよう窓際まで後退りする。
(何かしようものなら、SOSボタンを押さないと……!)
そう、心に決め私がIDバングルに手を添えようとした瞬間。目にも留まらぬ速さで制止され不敵に笑う。
「やめておけ。ニンゲンに助けを乞われるほど、有能な八百万社員達はヒマじゃないんでね。……ああ、そういえば、おまえの情報は大体調べさせてもらった」
胸倉を捕まれ、強制的に目を合わせられる。
淡い緑の瞳が私を射抜く。
(あ、アレ、…………?)
《キィィィィィン――――》
突如、体が強張り身動きが取れなくなる。
首を逸らす事も許されない。
辛うじて意識は保っていたが、物凄く頭が重い。
この感覚、あれに良く似ている。
(金縛りと同じ……!)
仕事で疲れ過ぎた夜になった記憶がある。
種狛部長補佐の力によって、制御されているのだろうか?
頭の中では様々な考えが巡っているのだが、いかんせん体はびくともしない。
ひたすらに、種狛部長補佐を見る事しか叶わなかった。
その間、じろじろと舐めるように見られ、顎を掴まれるとつまらなそうに舌打ちをされる。
「これを使うと大概精神が落ちるんだが……しぶとい奴だな。まぁ、いい」
ピラッと目の前に一枚の写真を見せつけられる。
「!!」
それは、昨夜誰もいないはずの場所で語り合った思兼さんと私だった。
密着して仲睦まじく見える、絶妙な角度だ。
暗闇のせいか、若干妖しい雰囲気が滲み出ている。
「思兼部長を誘惑しただろう?
目的は分かっている。方々に発している「コンカツ」とやら。実態は、とんでもない謀略の序章に過ぎないのだと、おれは見抜いているからな」
「……い、今、なんと?」
「八百万の男神や精霊達を手当たり次第誑かし、篭絡させる事が、おまえの真の狙いって訳だ。果ては、この世界を牛耳る為に、単身人間界から巧妙に乗り込んできた……と」
話が壮大過ぎる。
百歩譲って、確かに婚活をするには男性とお近付きにならなければいけないのだから、種狛部長補佐の言う……誑かしてはいないけど、平たく言えばあながち間違ってはいない。
誰しも、わざわざ相手が嫌いになるような行動を取る理由がないし、出来れば人として仲良くなりたいと思うのは恋愛云々を抜きにしても自然の摂理だと思う。
ただ、それ以外の話に関しては根拠の無い出任せである。
悲しい事に、誘惑出来るほど地味でぽっちゃりな私に色気などない。
他の美しい女性社員達の方がよっぽど魅力的だと保証する。
そして、最後の文句は特に聞き捨てならない。
(″世界を牛耳る″って……)
本気でそんな事を私が考えて実行していると思っているのだろうか。
私は結婚をしたいだけだ。
世界なんていらない。
「ちがっ、……っ違いますっ……!
私は、誘惑なんて……ましてや、八百万の事をどうこうとか、全くもって考えてません!
皆さんを裏切るような事、絶対に……」
「絶対に? 絶対なんてないね」
ゾクリ、と凍るような目線。
深緑の瞳孔が綺麗な真円を描くと、まるで陽炎のように光出す。
その瞳は、怨恨の色に染まっていた。
僅かに哀しみを湛えながら。
「笑わせる。……これだから″ニンゲン″は」
「!!」
見えない霧のような膜が私の首元に張り付き、緩くだが呼吸を圧迫してくる。
彼の逆鱗に触れてしまった事を後悔する。
苦しさで自然と涙が込み上げ、うわ言のように私は呟いていた。
「なんで……っ」
「…………は?」
「どう、して……こんな、事、するんです、か……」
話すのも辛くなり、切れ切れに息をするのがやっとだ。このままでは意識を失う。
種狛部長補佐は、しばらく私を睨んでいたがやがて堰を切るように感情をぶつけてきた。
「おれはもう、二度と、騙されない……後悔させてやる。この世界に来た、哀れで大嘘つきなニンゲンめ」
《バンッ!!》
種狛部長補佐の力が弾け、壁にぶつかる。
「!! ごほっ、ごほ、っ、……っはぁっ、はぁ」
首の圧迫感から解放され、反動で咳が止まらずしばらく目を閉じて体が落ち着くのを待った。
ぜえぜえと肩で息を吸い、改めて周りを見渡すと、部屋から忽然と種狛部長補佐が消えていた。
* * *
またしても危機を感じたのに、何も出来なかった。
それ以上に、謂れのない暴言の方が胸に堪える。
私の想いや希望は、無惨にも打ち砕かれた。
悔し涙で前が滲んで、世界がぐちゃぐちゃだ。
(……もう、なんか、嫌だ……)
私は次の日、初めて会社を休んだ。
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