第16話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がストレスに耐えかねて甘いものを食べに行った件
通常業務を終え定時に上がった私は、とある野望に向けて早々に仕事場を出た。
(誰にも邪魔はさせないぞ……!)
なぜなら。
本日は、『チートデー』を決行するからだ。
『チートデー』とは、ダイエット中でも制限なしに好きなものを好きなだけ食べて良い日である。
婚活に向け、極力好物のスイーツを控え、ダイエットに臨んできた。しかし、ありとあらゆるストレスの限界に伴い、本日はひたすら甘いものを食べようと心に決めていたのだ。
毎度ストレスが溜まると爆食いしてしまい、その結果太ってきた。が、本日解禁しなければメンタルが保ちそうにないぐらい余裕がない。
(今日は、糖分をありったけ叩きこむ!)
それぐらいしないと、もうやってられない。
私は気合いを入れ、他を寄せ付けないスピードでカフェまで一目散にやってきた。
列に並び、メニューを端から端まで真剣に読み、会計で思いの丈をぶつけた。
「すみません。たまごプリンと珈琲ゼリー、抹茶ムースに紅茶シフォンと、林檎パイは追加トッピングでバニラアイス乗せにしてください。全部各一ずつです。セットのドリンクはアイスティー、檸檬でお願いします」
「は、はい。かしこまりました。少々お待ちください!」
私の澱みない怒涛の注文に店員さんが慌てて対応する。
一人でこんなに頼む客は早々いないだろう。
目的に一歩近づき、ワクワクしながら待っていると横から意外な社員に声を掛けられた。
「……凄いな。いつもそんなに食べるのか」
「くっ、久久野主任!?」
まじまじと興味深く見つめられ、思わず飛び退く。
多分、引かれている。
私は一気に恥ずかしくなり、しどろもどろになりながら言い訳を始めた。
「これは、そのっ! えーと、たまにこのぐらい食べたくなる日があるんです! 疲れてたので!」
「ふん、好きにすればいい。そういえば、今日は八百万祭の委員会の日だったな。月次決算業務にかかりきりで参加出来なかった。すまん」
珍しく素直な久久野さんに驚く。
大変失礼だが。
「えっ、いえそんな……仕方ないですよ。委員会開催も急でしたし」
「議事録は確認した。次回は参加させてもらう。主な担当者の割り当ては決まったのか」
「あ。はい。久久野主任には財務局の責任者をお願いしたいと思兼部長が言ってました」
「だろうな。承知した」
ちょうど商品の用意が終わったらしく、受取口前で呼ばれた。
一つのトレーに入りきらなかった為、二つに分けて陳列されている。
「手伝う。一人では持てないだろう。席はどうするんだ」
「ええっ! あ、ありがとうございます、じゃあ、あの窓際付近のカウンター席までお願いしても良いでしょうか……」
まさかの申し出に声がうわずってしまう。
本当にどうしたんだろう。
委員会不参加に対して、ずっと後ろめたかったのかもしれない。
お言葉に甘え、私は久久野さんに運んでもらうことにした。
* * *
何故か久久野さんと並んでカウンター席に座りお茶をする事になってしまった。
別に嫌という訳ではない。
こちらは構わないのだが、正直、久久野さんは一人でゆっくり過ごしたいタイプなのだと勝手に思い込んでいたのだ。
流れで同席するとは予想だにしていなかった為、私の方があたふたしてしまう。
「……あの、これ、良かったら食べてください。私、勢いに任せて頼み過ぎちゃったので。運んで頂いてありがとうございました」
甘いものが食べられるかは知らないが、何となく珈琲ゼリーを手に取り、久久野さんに渡す。
「いいのか」
ぽかんと目を丸くして久久野さんが問いかける。
「はい、どうぞ。甘いの大丈夫でしたか?」
「ああ。適度な甘味は目の疲れが取れるからな。遠慮なく頂くとしよう。恩に着る」
(す、素直すぎる……変なの)
いつも仕事でこのぐらいとっつき易ければ話しやすいのに。きっと久久野さんも立て込んでいた業務がおわり、理論武装も出来ないぐらいお疲れなのだろう。
久久野さんは黙々とゼリーを口に運んでいる。
私も待ち侘びていたスイーツにフォークを入れ、林檎パイを頬張った。
(お、おいしい〜〜〜〜〜〜!!)
林檎の優しい甘さが口いっぱいに広がる。
テンションの上がった私は、着々と食べ進めた。
* * *
「八百万には慣れたか」
唐突に久久野さんに質問される。
「そうですね……まだまだ分からない事だらけですが、皆さん親切にしてくださって感謝してます」
「そうか」
「あの、久久野さん。……神様や精霊ではない、私が入社した時、どう思いましたか」
「どうとは?」
「えっと、深い意味は無いんですけど、異世界から来た人間が同じ職場で働く事に快く思わない方もいるのかなぁと。最近、……考えるんです」
久久野さんがアイス珈琲を啜り、真面目な表情で私を見る。
「知ったことか」
キッパリと即答される。
「何者であっても、業務を真摯にこなしているのであれば、誰であろうと関係ない。愚問だ」
久久野さんは目を細めながら眼鏡の位置を直す。
こんな風に迷いなく言われるとは思わず、二の句が継げない。
「……碌でも無い社員に陰口でも叩かれたのか知らないが、気にする必要はない。君がここにいるという事に、もっと自信を持て」
「久久野主任……」
「では、そろそろ失礼する。暴飲暴食もほどほどにな」
「は、はいっ。気をつけます!……今日は、ありがとうございました」
久久野さんの言葉に嘘や偽りは無いと感じた。
真っ直ぐ心に響き、胸が熱くなる。
勇気づけられた私は残りのスイーツを平らげ、しばらく物憂げに檸檬ティーの入ったグラスを眺めていた。
* * *
ぼんやりとカフェで寛いでいたらいつの間にか時刻は21時を回っていた。
このまま部屋に帰ってもすぐ寝るだけなので、どうにも気が進まずのろのろと周辺を歩いていると、渡り廊下で思兼さんと出会った。スーツのまま、こちらに向かってくる。
「……あれ? 思兼さん、なんでここに……まだお仕事だったんですか?」
「お疲れ様です。そうですね、そんなところです。
伊縄城さんも夕飯からお戻りのところでしたか?」
「えーっと、はい。なんだか部屋に帰るのが億劫で、時間を潰してました。もうそろそろ戻ります」
「そうでしたか。今日は色々と伊縄城さんにとって難儀な一日となり、心中お察しします。
宜しければ気分転換に僕と少し、夜の散歩をしませんか。とっておきの場所をお教えします」
思兼さんは柔らかく微笑むと、私の手を取り側に寄り添う。
「約束通り、エスコートいたします。伊縄城さん」
* * *
思兼さんに案内され、エレベーターから降り、金属製の重い扉を開くと、眼前に広大なパノラマが広がる。
濃紺の夜空に瞬く星と惑星の光。
彼方には流れ星が絶え間なく降り注ぎ、あまりの絶景に目が離せない。
明るさの違う星達が、きらきらと天空を彩る。
(あれは、何座だったっけ。昔、たくさん覚えたはずなのに……)
異世界でもこうして天体観測が出来る事に驚きを隠せない。
「綺麗ですね……」
「住む世界は違いますが、人間界と同じ空を共有していると思うと、感慨深いものがありますね。
僕は夜間に一仕事を終えた後、此処でよく休憩を取るんです。この時刻に、他の社員と出会った事はありませんから、穴場なんでしょうね」
空を仰ぐ思兼さん。
特に会話もないままじっと星を見ているだけだったが、私にはとても癒される時間だった。
夜風が髪をなびかせ、心地良い。
私は、ずっと聞きたかった事を思兼さんに聞いてみた。
「思兼さん。どうして、私だったんですか?」
思兼さんが振り返る。
「はじめに、恩返しって名目で異世界に連れて来られて、その後に実はヘッドハンティングが目的、とお話しましたよね。
……ずっと気になってたんです。本当は、別の理由があるんじゃないかなって。何も取り柄のない、コピーを取る事だけが仕事の私を、選んでくれた意味について」
思兼さんはゆっくりと私に近付くと、初めて出会った時と同じく、優しく手を握った。
温かく包み込む、大きな手。
「そうですね……すみません。伊縄城さんの望む答えを今はまだ、お伝えする事は出来ません。
ただ、これだけは知っておいてください」
顔を上げると、目の前に思兼さんの顔が迫りたじろぐ。
この距離感は……勘違いしてしまいそうになる。
変な緊張感が漂う中、思兼さんがひたむきな眼差しで静かに口を開く。
「僕は、伊縄城さんをこの世界にお迎えして本当に良かったと感謝しています。今、この時も。
委員会は色々と問題は山積みですが、貴方ならきっと、皆を成功に導けると信じています」
こんな事を真正面から直球で言われたら、どんな顔をしていいか分からない。
気恥ずかしい気持ちになり、思兼さんの顔を直視出来ず目が泳いでしまう。
本当にイケメンって、凄すぎる。
こんなにも、優しい言葉を私なんかに惜しみなく与えるなんて、反則だ。
私はポツリと、ありのままの言葉を洩らした。
「………………思兼さんって、かっこいいですね」
「ッ!」
思兼さんの顔が一気に耳まで赤くなり、ハッキリと照れているのが分かってしまった。
(えっ、そんな反応する!?)
特段、喜怒哀楽を表に出さない思兼さんが、何気なく発した言葉にここまで豹変するとは思わず、逆にこちらが動揺する。
むしろ、思兼さんの方がドキドキするような台詞をいっぱい言ってた気がするんだけど……天然なのか?
「すみません!! なんか私、生意気な事言ってしまって……」
慌てて沈黙を破ると、思兼さんが手を離し後ろを向いてしまった。コホンと咳払いをして誤魔化している。すでに今更なのだが。
体制を立て直したのか、もう一度思兼さんが振り返り戻ってきた。
「……お気になさらず。
とにかくです。委員会については、今後も悩みは尽きないでしょう。ただ、八木羽屋達をはじめ、仲間と共に力を合わせれば、どんな苦難も乗り越えられるはずです。
年に一度の大役の機会を頂いたのですから、この時間を……存分に楽しみませんか」
「はい……っ、私も、そう思います。
思兼さん、私、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
* * *
思兼さんと私は星降る夜の下、共に奮起し誓い合った。
体力と気力を回復した私は、これまでにない、未知なるエネルギーを沸々と感じ始めていたのだった。
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