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第13話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が謎の猫耳イケメンと出会った件

「どうですか……?」

「わぁ〜っ! とっても可愛いです!

似合ってますよ伊縄城(いなわしろ)さん!」


 恐る恐るカーテンを開ける。

 試着室から登場する私を大都野(おおみやの)さんが脇目も振らずに褒めるので、居た堪れなくなり自分でも顔が赤くなるのが分かった。


 今日は休業日。


 珍しくオフィスタワーを出て、会社近くの大型商業タワーに大都野さんと一緒に遊びに来ていた。

 ゆきさんを通じて、お互いに歳も近くアラサー独身ということも分かり、急速に意気投合した。

 清楚美人な大都野さんと仲良くなるなど、夢にも思わなかったが、こうしてオフの日を楽しめる間柄になれたのはかなり嬉しい。


 今は何故か、私の夏服兼、婚活用勝負服を購入するのに付き合ってくれているのだが、彼女の美的センスに火が付いてしまったのか、一人ファッションショーを繰り広げている。


「伊縄城さん。自分で気付いてます?」

「へ? 何がですか?」


 突然の質問に、呆気に取られる。


「初めてお会いしてから、サイズダウンされましたよね。私、触らなくてもおおよその体型が分かるんです。職業病かもしれません」


 その指摘は図星だった。

 確かに、前よりも動きが軽くなった気がする。

 制服を着る時もそうだ。

 ウエストがこれまでぴったりだったのが、今では少しだけ余裕が出来ている。


 ダイエットを決意してからは食事の改善や簡易的な運動など細々とだが続けている。

 しかし、ここまで結果に反映されるほどの量はこなしていない。


 ただ、理由は分かっていた。


 おそらく、残業続きだったここ最近までの激務が影響している。


 忙しすぎてすでに詳細な記憶は飛んでしまっているが、夕食を何度も取り損ね、仕事場にみっちり缶詰状態だったのには流石に堪えた。

 ()()()()痩せた原因はそれしかない。


 そしてもう一つ、()()()()理由についても挙げておく。


 ずばり、″イケメン社員がこの会社に在籍し過ぎ問題″である。


 私はこれまで、イケメンに対して重大な思い違いをしていた事に気付いてしまった。


 イケメンとは、私のような一般人が遠くからたまに見かけた時、やる気の出ない仕事に対し強烈なエネルギーを与えてくれると共に、日々のストレスや疲れを一瞬で吹っ飛ばし明日への活力を授けてくれる、文字通り神様のような存在だと考えていた。


 しかし。

 正真正銘本物のイケメン神様や精霊たちはそんな都合の良い抽象的なものではなかった。

 粗相があってはならぬと自然と背筋を正され、私自身、妙な緊張感に包まれながら業務をこなしている。


 正直、一月以上経過してもイケメンたちとの仕事は未だに慣れない。

 激務よりもある意味、私には過酷な環境すぎたのだ。


(イケメンパワー恐るべし……あ、)


 ふと、棚にあった一着のワンピースに目が留まる。


 上品な刺繍に縁取られた白い丸襟。

 ゆったりとしたパフスリーブが、涼やかな印象だ。

 腰回りのギャザーから流れる、ラベンダー色のシフォン生地がふんわりと軽やかに揺らめく。夏らしい、爽やかなデザインだ。


「伊縄城さん、私もそれ気になってました。

 着てみませんか?」

「良いなーと思ったんですけど……ちょっと私には、若すぎますかね……」


 (私、考えたらもう30歳なんだよなぁ)


 自分の現実を顧みてしまい、途端に及び腰になる。


「何言ってるんですか! 夏ですよ!

歳なんて関係ありませんっ! 私が似合うと保証します!」


 ぐいぐいと背中を押され、試着室に逆戻りさせられる。すごいパワーだ。

 私はそのまま、大都野さんに身ぐるみを剥がされ再び着せ替えさせられたのだった。




 * * *




「これぞ! って服に出会えましたね。

私、とても大満足です」

「大都野さんの後押しのおかげで、素敵な買い物が出来ました。ありがとうございました」


 ひとしきり買い物した後、休息の為近くの喫茶店でくつろぐ。

 何度も脱ぎ着したせいか、軽く小汗をかいてしまい冷たいクリームソーダの炭酸が心地良く感じる。


「伊縄城さんって、八百万祭の実行委員に選ばれてましたよね。開催まで大忙しだと思いますので、何かあればいつでも呼んでください。

 私も出来る限り、お手伝いします!」

「うぅ……ありがとうございます。なんで、私なのか全く分からないんですが。とにかく他の委員の皆さんにご迷惑をかけないように頑張ります」

「大丈夫ですよ、思兼(おもかね)部長や八木羽屋(やぎはや)副料理長もいらっしゃいますし。怖いものなしじゃないですか!

あ、そういえば他の委員の方ってどなたでしたっけ」

「すみません。ビックリしちゃって、それ以上見てませんでした」


 自分の名前を確認しただけで、その先を見る事を完全にすっ飛ばしていた。


 大都野さんがIDバングルに入力し、お知らせ画面を開く。


「ではささっと確認しちゃいましょう。えーと……あ、神霊経理部の久久野(くくの)主任と神霊資材部の御影(みかげ)先輩も委員メンバーですね」


 この御二方も参加してたのか。

 御影さんはまだしも、久久野さんまでいるとなると、より一層気を引き締めねば。


「あともう2名いらっしゃいました。神霊広報部の種狛(たねこま)部長補佐と、神霊情報管理課の衣吹戸(いぶきど)課長で全てみたいです。この方々は私も社内ではあまり見かけないのですが、伊縄城さんお話した事ってありました?」


「種狛部長補佐に、衣吹戸課長……いえ、初めましてだと思います」


 まだ見ぬ委員に、不安がよぎる。

 一体、どんな方々なんだろう。


「錚々たるメンバーですね。確か、第一回目の委員会開催がもうそろそろではありませんか」

「あっ、はい確か……って明日!? うわぁ、忘れてた!!」

「あら、いよいよ初顔合わせですね。伊縄城さん、ファイト!」


 慌ててIDバングルのスケジュール機能に入力する。

 うっかり忘れて大目玉を喰らいたくない。


 窓から見える積乱雲が天高く伸び、本格的な夏はもうすぐそこまで来ていた。

 私は意を決して大都野さんに伝える。


「大都野さん。良かったらまた遊びに付き合ってもらえませんか?

私、今日久しぶりにリフレッシュ出来てとても楽しかったです」

「こちらこそ! 次に行く所、たくさんリストアップしておきますね。お仕事毎日大変ですけど、お互い頑張りましょ!」


 その後も談笑しながら、私達は次回の約束をしたのだった。




 * * *




「おはようございます、伊縄城さん」

「思兼さん! おはようございますっ」


 次の日、仕事場へ行く途中思兼さんに声をかけられた。


 今日から衣替えという事もあり、薄青のワイシャツ一枚に腕まくりをした思兼さんの夏仕様姿に、思わずドキッとしてしまった。

 筋張ったたくましい二の腕が露出し、普段スーツに身を包んだ完全防備な状態とのギャップに男性的な印象がより強まる。


「……伊縄城さん、もう少し近くに来て頂けますでしょうか」

「あっ、すみません!」


 変に意識してしまい、いつも以上に間隔を空けて歩く私に、思兼さんからツッコミが入る。


「夏服、お似合いですね。着心地はいかがですか?

以前から女性社員達の声もあり素材やデザイン等今年度から一新したのですが、評判は上々と各部から報告がありました。このプロジェクト、大都野さんが立案されたそうですよ」

「えぇっ、そうなんですか! 全然暑くないですし、お洒落で、とても気に入ってます。休日に私の服を選んで頂いたんですが、大都野さんのデザインセンスはスタイリッシュで、色々勉強になりました」

「すっかり打ち解けられたみたいで、良かったです。伊縄城さんは短期間で親睦を深める事がとても上手ですね」

「いえっ、私の力じゃないんです!

ゆきさん……宅旗(たくはた)さんが仲を取り持ってくれたというか……」


 すると、滅多に動じない思兼さんが明らかに驚きの表情を見せる。


「妹に会ったのですか。妹は何か、変な事はしませんでしたか?」


 その問いが兄妹揃って全く同じ内容だったので、思わず噴き出してしまった。


「伊縄城さん?」

「す、すみません。笑ってしまって。初めてお会いした時にゆきさんからも似たような事をお話されたので、仲が良いんだなと思って」

「それは……こちらこそ、すみません。お恥ずかしい所をお見せしてしまいました。妹はあの通り物怖じしない性格でして……至らない点があると、よく叱られます」


 苦笑いする思兼さん。

 ゆきさんに叱られている思兼さんを想像し、ちょっと可愛いなと思ってしまった。


 話に花が咲いていたのも束の間、仕事場に到着した。


「それではまた、午後の委員会にてよろしくお願いいたします」

「はい! よろしくお願いします!」


 会釈をし思兼さんと別れた私は、部屋の扉を開けると先客がいることに気付いた。


 デスクの上に、何かいる。


 薄暗い部屋に煌々と光る二つの緑色。

 生き物?

 何処から入ってきたのだろう――窓は閉めていたはずだ。


 しばらく立ち尽くしていると、目に止まらぬ速さで私に飛びかかってきた。


「!!」


 恐怖で思わず目を瞑る。


 (?)


 何も起こらない。

 そっと目を開くと、すぐ間近に見知らぬ男が私を見下ろしていた。

 吸い込まれそうな、淡い緑色の目。先程光っていた色と同じだ。目鼻立ちの整った、若い男性がそこにいる。無表情のまま私の前から退かない為、仕方なく声をかけた。


「あ、あの、すみません。ここは私の仕事場なんですけど、……何か御用ですか……っ」


 後退りしながら、部屋の電気をつける為に移動しようとしたが、素早く腕を取られてしまい頭上にまとめ上げられる。

 ギリギリと爪が食い込み、思わず声を出す。


「いっ……」

「勝手に動くな。このまま意識を失わせる事だってワケないんだからな。……()()()()()()


 バッと振り払われ、反動で壁にぶつかる。

 手首には薄らと、赤く手跡が付いていた。


「先に言っておく。おれは″ニンゲン″と馴れ合う気は無い。他の社員を仲間に引き入れているみたいだが、おまえの正体を暴いて白日の元に晒してやる」


 ここまで誰かから直接激しい憎悪を向けられたのは初めてかもしれない。

 言葉を紡げないまま、緑目の男を見据えるしか出来なかった。


 男は全て言い尽くし終わったのか、軽い身のこなしで扉から出て行った。

 一瞬、頭上にピンと立った大きな物体が見えた。


 (あれは……猫の耳?)


 へなへなと力無く地面にしゃがみ込み、私は腰が抜けてしまった。


 一体誰だったのだろう。

 ″ニンゲン″と名指しされ、今になって傷付いている自分がいた。

 気にしてなかった訳ではないけど、私の事を快く思わない社員もいるのだと、現実に打ちのめされる。


「だめだ……切り替えよう。仕事、しなきゃ」


 凹む気持ちを抑えられないまま、私は弱々しくデスクへと向かった。

最後までご覧いただきありがとうございます。

第二章 夏の段がスタートしました。

引き続き、第二章もよろしくお願いします!

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