第12話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が初給料日にイケメン達にお祝いされた件
大量にあった仕事の山も無事に終わり、私はある事を心待ちにしていた。
今日は、異世界に入社して初めてのあの日である。
《ピピピッ》
IDバングルが緑色に点滅し、アラームが鳴った。
「あっ、来た!」
ドキドキしながら、通知を確認する。
そう。
私にとって、大事な大事な、初の給料日なのである!
備品や会社支給品で賄えてはいたのだが、そろそろ自由に使える資金が欲しいところ。
雇用契約書には、私が人間界で働いてた頃よりも多少上乗せされた額が記載されていたので、この一月を乗り切れば……と、淡い期待を胸に、辛い仕事もどうにか頑張ってこられた。
初給料の使い道を慎重に考えた結果、何かとお金のかかる婚活資金に充てようと密やかに計画を立てており、早る気持ちを抑えつつ明細を確認したのだった。
が。
「?」
謎の数字に、思わず首を傾げた。
* * *
《コンコンコン、ガチャリ》
「伊縄城さん、お疲れ様です。少しご相談したい事があるのですが、只今……」
「………………」
思兼さんが入室しても、全く反応しない様子に違和感を抱いたのだろう。
心配そうに声を掛けられた。
「どうかされましたか?」
「あのっ、思兼さん……ひとつ、聞いてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「今日、初給料が入ったんですけど……すみません。研修時にご説明してもらったと思うのですが、この辺りの項目について、もう一度教えて頂いてもよろしいでしょうか」
私が立体映像上に映る明細を指差す。
「かしこまりました。まず、こちらは『自活手当』といいます。趣味や勉学など目標を持つ社員を応援する手当です。
伊縄城さんの場合、″婚活″という真っ当な目標がございますので、適用可能でした。月五千円支給されます」
「『自活手当』……」
それはとてもありがたい。この手当、ぜひ今後に有効活用させてもらおう。
「次は、『小粋手当』。これは男女問わず衣服や身だしなみ……伊縄城さんの世界で言うところの″お洒落″や″ファッション″について自由に使用できる手当です。月一万円支給されます。僕も先月、この手当で靴を新調しました」
「す、すごい……」
確かに、小粋な手当だ。
社員の方々が皆さん洗練されているのは、こういった会社からのバックアップもあっての事だろう。
「そして、これは……今回は例外的な入社という事もあり、上層部と相談の上決定した『特別手当』です。慣れない環境の中、真面目にコツコツと勤務された伊縄城さんに敬意を評し、今後のご活躍を期待してとの事です。
まずは一ヶ月、お疲れ様でした。引き続きよろしくお願いいたします」
「えぇ……! あ、ありがとうございます!
こちらこそ、とても……とても嬉しいです」
こうやって誰かに評価されるなんて、いつぶりだろう。
がむしゃらに突っ走ってきたが、思兼さんの言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
「そこで、一つ伊縄城さんにご提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「提案、ですか?」
「伊縄城さんの入社一ヶ月を記念して、″お祝い″をさせて頂けませんか。八木羽屋とこの間話をしていたのですが、歓迎会以降なかなか宴席を設ける機会もありませんでしたので、ちょうど良いタイミングかと。あ、お酒は今回提供しませんので、ご安心ください」
「わぁぁ……っ! ありがとうございます!
なんか……恐縮です。こんなにお気遣いいただいて」
照れつつ、御礼を述べる。
わざわざそんな事まで用意してくれようとするなんて、感激だ。
「こちらこそ、ご快諾ありがとうございます。それでは、今夜決行しましょう。八木羽屋に共有しておきますね」
「こっ、今夜ですか?!」
ニコッと無邪気な笑顔を返す思兼さん。
(うっ……このイケメンすぎる表情。
絶対、何か企んでるよ――――!!)
「善は急げ、です」
* * *
「あっ、えむこさ〜〜〜〜ん!」
食堂へ行く最中、後ろから声を掛けられ振り返る。
「宅旗さん! お疲れ様です」
「″ゆき″で結構ですよー!
私の方が年下なんですから、気軽にお話してください。お昼、ご一緒しても良いですか?」
「は、はい。ぜひ! ゆき……さん!」
コミュ力が高すぎる。
さすが思兼さんの妹さんだ。
ただ、私は美女相手にそんな気軽に物申せるほどタフではないので、慣れるのに時間がかかりそうだ。
「私、ゆきさんの昼食取ってきますので、待っててください。結構混雑してて危ないですから」
「えむこさん優しい〜!! じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
ニッコリと可憐な笑顔が溢れる。
この兄妹、揃って笑顔が可愛すぎじゃないか。
「お気になさらずー! では、ちょっとだけ待っててくださいね!」
* * *
「お待たせしました」
テーブルにトレーを並べる。
本日の日替わりは山菜うどんといなりずしセットだ。美味しそうな湯気が漂う。
「ありがとうございますー! 重いのにすみません」
「いえいえ。伸びないうちに戴きましょう!」
ふと、奥から見慣れた女性が近付いてきた。
「あっ。宅旗先輩に伊縄城さん! お疲れ様です」
「瑪瑙ちゃんお疲れー! 一緒に食べよー!」
「お疲れ様です、大都野さん」
神霊総務部の大都野さんが合流する。
思わぬ女子会結成に、この面子にいていいのかと不安になってしまう。
「失礼します。……すくすく成長されてますね。お子さんに早くお会いしたいです。もう、お名前は決まってますか?」
「ううん、全然。まさくんと色々考えてるんだけどねー。なかなかしっくりこなくって」
「宅旗先輩の旦那さんは神霊営業部に所属している帆見主任なんです。歓迎会にいらしてたと思いますが、お話されました?」
「スミマセン……あんな状態だったので記憶が曖昧で……」
「ですよね……こちらこそ思い出させてしまって申し訳ないです……」
お互い暗い表情になる中、ゆきさんが喝を入れる。
「うちの旦那なんて覚えてなくて大丈夫大丈夫!
私もそろそろ産休入っちゃうから、代わりに仲良くしてあげてくださいね」
「……ゆきさん、もう産休なんですね……私、何のお力にもなれませんが、心から応援してます!」
「ありがとうございます! 復帰したらご連絡します♪ 瑪瑙ちゃんも、何かあったらいつでも連絡してね」
「しばらくお会いできないのは寂しいですが、また一緒に仕事できるのを楽しみにしてますね、先輩!」
ゆきさんの出産を祈願し、私達は他愛もない話でお昼を過ごした。
* * *
「お仕事、完! 了!」
《タタン!》
終業時間と同時に資料が出来上がった。
順調すぎて何だか怖い。
《ピピピッ》
「あ、思兼さんからチャットだ、えーと……」
『お疲れ様です。20時に食堂にお越しください。お待ちしております』
八木羽屋さんと何か準備をしているようだ。
″お祝い″とは、どんな事をするのだろう。
弾む気持ちを抑えつつ、片付けを始めていたその時。
《コンコンコンコンコンコンコンコンコン》
(で、出た!! 絶対この高速ノック音、久久野さんだ!)
「お、お疲れ様、デス」
「なんだその挨拶は。何か不満でもあるのか」
「ないです! どういった御用でしょうかっ」
すでに業務時間外だというのに、珍しい。
嫌な予感しかせず、胸騒ぎを覚えた。
が、さっさと捲し立てて言うのかと思いきや、今回はやけに口が重い。
何か私、とんでもない事をしでかしたのだろうか。
「給与明細は確認したか」
「えっ? あ、はい。しました、けど」
「そうか。まあ、思兼部長からも説明があっただろうが、今回の特別手当に関しては多数の支持があり……私も、推薦した。この調子で、気を引き締めて業務を遂行してくれ。用件は以上だ」
「そうなんですか、あ、ありがとうございます……」
バタン! と相変わらず力任せに扉を閉めて去っていく。
(えっ……もう終わり? たったそれだけ言いにきたの……? えぇ……)
ただただ圧の強めな精霊だと思っていたけど、なんだか拍子抜けしてしまった。
(推薦、してくれてたんだ……)
むしろ他の社員の仕事ぶりをちゃんと見てくれてた事に、驚きを隠せない。
まさかの精霊からの励ましに困惑の気持ちを抱きつつ、私は部屋を後にした。
* * *
食堂へ行く途中、テキパキと荷物を運ぶツナギ姿の男性に出くわす。
御影さんだ。
「よぉ。今からメシか」
「お疲れ様です。そうですよ。御影さんはお仕事ですか?」
汗で張り付く前髪を豪快に払う。しなやかな上腕を晒し、溜息をつく様子に慢性的な疲労を感じさせる。
「ああ、こちとらしばらく夜勤だからな。……残業月間は終わったのか?」
「はい、なんとか。もう残業はしばらくしたくないです……」
「だろうな。お前、一応女なんだから無茶すんなよ」
「一応って何ですか! でも、ありがとうございます。御影さんも無理しないでくださいね」
私に背を向け歩き出すと、キャップを手に取り頭上へと掲げた。御影さんの不器用なやり取りにも、何となく慣れてきた気がする。
(皆、自分の仕事を全うしていて、……すごいな)
心の中で御影さんを応援しつつ、私は食堂へと急いだ。
* * *
食堂の窓際一角に専用スペースを作成して下さったらしく、ご丁寧に衝立と手作りの看板が私をお出迎えしてくれた。
「お待たせしまし……ひゃあ!!」
中を覗こうと顔を出した瞬間、突如目隠しをされ咄嗟に避ける。
振り向くと、シェフ姿の八木羽屋さんがにこやかに佇んでいた。
「おつかれさま〜! シロちゃん、仕事終わりでも良い反応でお兄さん感心しちゃう♪
さてと、いよいよはじめましょーかね〜。オモッチ、よろー♪」
「了解」
なんと、奥のキッチンからウェイター姿の思兼さんがやってきた。普段のスーツもよく似合っていたが、黒いベストをきたギャルソン風の制服とエプロンがまた、違った男の色香を見せる。
(わぁ、イケメンは何着てもかっこいいな……!)
手にはメニューと、青色の硝子ボトルに入った檸檬水を差し出された。
「いらっしゃいませ、伊縄城さん。こちら、本日のコースになります」
「あっ、ありがとうございます! わぁぁ、すごい!」
前菜、オードブル、スープ、メインディッシュ等、どれも八木羽屋さんが創意工夫したのだろう。
実物を見る前からすでに美味しそうなラインナップだ。
「じゃんじゃん食べてねー♪」
「ごゆっくりお楽しみください」
「いただきます!!」
* * *
八木羽屋さんお手製ケーキとオリジナルブレンドの紅茶を頂き、すっかり満腹となった私は幸せなひとときを過ごしていた。
「お付き合い頂きありがとうございました」
いつものスーツ姿に着替えた思兼さんが戻ってくる。
「こちらこそ、ありがとうございました。お仕事終わりにお二方にこんな素敵なお祝いをして頂いて。
私、またお仕事頑張れそうです」
「シロちゃんに喜んでもらえて、オレもサイコー!
もっと研究して、おいしいごはんたくさん作るね〜♪」
にかっと陽気に笑う八木羽屋さんと、静かに優しく微笑む思兼さん。
対照的な二つの笑顔が、一番のご馳走だと思う。
(今すごく、充実してる気がする……嘘みたい)
心の底から、この会社の方々を愛おしく感じていた。
《ピピピッ》
IDバングルが赤く点滅する。
『赤色』は重要案件を意味していた。
「あれー、なんかオレのとこにも来たよ〜?」
「全社連絡のようだ。確認してみよう」
通知を確認すると、立体映像が目の前に立ち上がる。
何かのお知らせのようだ。
『全社お知らせ:薫風の候、社員の皆様におかれましてはご健勝のことと存じ上げます。さて、もうじき来る八百万祭に向けて今年度も実行委員会を設置及び運営することになりました。
厳正な審査の結果、以下の実行委員を選出しましたことをお知らせいたします。』
「八百万祭……? お祭り、って事ですか?」
「はい。八百万グループが主催する夏の大行事です。全社をあげて行うので、毎年実行委員会が中心となり管理運営をします」
「もうそんな時期なんだ〜、一年って早いねー!」
「……んんんんん?」
見てはいけないものを見てしまった気がした。
「あの、……見間違いでなければ、私の名前が入ってるんですけど…………」
「あ〜〜! オレも入ってるじゃ〜ん!
オモッチもいるー! 何これ、今回超楽しそー♪」
「開催まで残り約三ヶ月ですね。業務と並行して大変だと思いますが、……とりあえず、頑張りましょう。伊縄城さん」
「えっ」
(う、嘘……でしょ?!)
* * *
新たな試練が立ちはだかる。
出会いの季節は慌ただしく過ぎ去り、私を休ませてくれる暇を与えず、未だかつてない夏がはじまるのだった。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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以上、12話にて第一章完結となります。
次章より、夏の段がスタートします。
引き続きご覧くださいますと幸いです。
よろしくお願いします!