第10話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がみんなから答え合わせをされた件
ピン、と張り詰めた空気。
思兼さんが心持ち険しい表情で口を開いた。
「少し、耳の痛いお話になることをご容赦ください」
「う、はい……」
来る、ついに。
心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられ、手の先からじわじわと血の気が引いていくのが分かった。
聞きたくないけど、後戻りは出来ない。
「僕はずっと気になっていたのですが……伊縄城さんはどうして、そんなにもご自身だけで前進しようとするのですか」
「え……?」
言っている意味が分からず、きょとんとしてしまう。
「誰でも、始めから全て完璧に出来る者はいません。僕もそうです。もちろん、失敗する事も。
人は皆、誰しも得手不得手はあり、打開出来なければ、互いに協力し合い、業務を通して成長していくのだと、僕は考えております。
どうか気負わずに。伊縄城さんが仕事をしやすいよう、環境を整える事が僕の役目なのですから。ご自身を卑下する必要など、ありません」
ひとつひとつ、真剣に言葉を紡ぐ思兼さんに、胸が熱くなる。
「僕は、伊縄城さんと一緒に仕事をしていきたい。貴方にご提案した通り、これは僕自身の希望であり、我儘でもあります。
伊縄城さん。どうかこの先も、ご面倒をお掛けしますが、引き続きお付き合い頂けないでしょうか」
今までずっと押し殺してきた不安が一気に氷解し、ぼろぼろと目から溢れ出した。
(ここに居て、いいんだ……良かった……っ)
思兼さんの目元が柔らかく緩む。
その優しい表情が琴線に触れ、名前をつけられない感情を見られるのがこそばゆくて、ゴシゴシと目元を拭った。
「あ、でも一点お約束をして頂けますか」
「……はい?」
ニッコリと、私の方に屈みながら小声で耳元に囁かれる。
「ご婚約成立までの間、部屋には俺以外の男性は入れないでください。……妬いてしまいますので」
「〜〜〜〜〜〜っっ!!??」
私の反応に気を良くしたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべる思兼さん。
(ちょ、ちょっ、なんか今サラッとすごい事言わなかった!?)
「さて。もう遅いですし戻りましょうか。僕もそろそろ終業ですので、すぐに片付けてきます。また食堂でお会いしましょう」
爽やかに手を振り、廊下を進む思兼さんの後ろ姿をしばらくその場で見つめていた。
「…………妬くって、一体……」
イケメンの冗談は心臓に悪すぎる。
揶揄うにも、刺激が強すぎではないのか。
治らない鼓動を鎮める為、深い呼吸を繰り返しながらゆっくりと自室へ向かう羽目になった。
* * *
食堂で思兼さんと合流後、大都野さんに出会い、声を掛けられた。
何やら、必死な表情をしている。どうしたのだろう?
「思兼部長に伊縄城さん!
お疲れ様です、昨夜は大丈夫でしたか?!
私、調子に乗ってたくさんお酒を勧めてしまったから、伊縄城さんの体調が悪くなってしまった事、本当に申し訳なくて……」
相当気にしていたらしく、どんよりとしたオーラが漂っている。その様子を感じ取り、慌てて説明した。
「いえいえ! 大都野さんのせいじゃないですし、この通り平気なので、大丈夫ですっ!
私こそ、せっかくの会を色々台無しにしてしまってすみませんでした」
「そんな……でも、お元気なのを確認出来て、安心しました。それに、思兼部長の迅速なご対応がなかったらと思うと……本当に、ご無事で何よりです」
(ん?)
「あ、伊縄城さんは倒れられてたからご存知なかったですよね。当初は医務室に看護師が不在で休ませるだけの方針だったようですが、部長が体の震えや顔色の変化に気付き、毛布などで温めて介抱されたそうです。その後、お医者様を緊急でお呼びして事なきを得たと、上司から伺いました」
「アルコールで倒れた社員を何名も見てきましたからね。何事もなくて、良かったです」
「………………そ、えっ、……!?」
点と点が繋がっていく。
(えっ、つまり、私……思兼さんに……)
「あ〜〜〜〜っ、なになに珍しい組み合わせ〜!
オレも混ぜてー♪」
八木羽屋さんが私達に気付き、思兼さんと私の間へ強引に乱入してきた。
もう、色々とカオスである。
「八木羽屋、昨夜は助かった。ありがとう」
「どういたしまして〜♪ シロちゃん、オモッチがお姫様抱っこで部屋まで運んでくれたんだよ〜!
オレは荷物持ちしてたんだけど、全然覚えてない?」
「お姫様抱っこ!!??」
新事実が続々と発覚し、今すぐ消えたい。
色々と禊は済んだつもりになっていた私が大甘だった。
そもそも、平均女性より決して軽くはない私をまさか思兼さん自身が運んでたと思うと、いよいよ申し訳が立たない。
「あ、あの、皆さん……」
私がこの話題を終わらせようと声を掛ける間際、大都野さんがすかさず質問してきた。
「あっ、伊縄城さんに私、お聞きしたい事があったんです。差し支えければ、教えて頂いてもよろしいですか?」
「へっ?! は、はい、大丈夫ですけど……」
きらきらと目を輝かせる美女。
こんな綺麗な女性に見つめられたら、答えないわけにはいかないだろう。
「つかぬ事をお伺いするのですが……」
一体、何だろう。
ゴクリ、と喉が鳴った。
「″コンカツ″って、どういう意味ですか?」
「!! ゴホッ、ゴホンッ!」
思わず咳き込む。
「あ――――――! オレもそれ聞きたかった!
シロちゃん教えてよー、カッコいい演説でそこだけめちゃめちゃ気になってたんだよね〜」
この中で唯一、事情が分かっている思兼さんだけが意味深に微笑んでいる。
「僕がご説明しましょうか?」
「〜〜や、やめてくださ――――い!!!!!!」
* * *
それ以上の追求をどうにか躱し、しばらく生きた心地がしなかった。
ただ、私の目的が会社全体にダダ漏れにならずに済んだのは、不幸中の幸いである。
これで、色々と吹っ切れた。
私は異世界に来て初めて、自分らしく自由な気持ちになれたような気がしたのだった。
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