心の痛み③
ヒューと子供の喉が鳴って、皆が我に返る。
「あんた! あんが何者でもいい。敵だって王女だってかまわない。この子を助けておくれね? どうぞ、後生だから」
狂気という名の女が迫ってくる。とっさにその両腕をささえようとしたけど、すごい力で引き倒され、圧し掛かられた。
「やめなさい。下がるんだ」
騎士が女を引きはがし、ワルサさんが私を立たせてくれる。顔を覆っていたベールはボンネットごと、女に取られていた。
この混乱。でも、私は何かしなくてはと思う。それが、見当違いのことでも。
私はこれと意識せず、ワルサさんを押し退けてた。髪の間を伝って垂れてきた水を手で拭う。
「ねぇ、お母さん聞いて? 人は死んでも消えないの。本当よ。天使様が迎えにいらして、私たちを天上に運んでくださる。神様たちがよいように、次の世界を選んでくださって、生まれ変わるのよ? その子もきっと」
すごい勢いで掴みかかられた。鍛え抜いているであろう騎士がかなわないなんて、母親ってのはすごい。
ずれた感心の仕方をしているうちに、一発、二発、頬を張られていた。
「死んでない。この子はまだ、死んでなんかいないのに。この女はなんて、世迷いごとを」
嘘じゃない、嘘じゃないのに。言うべきじゃなかった。いま、この場で。
真実は、なんて私たちにやさしくないんだろう。
私は、死んでしまった。でも、天使様に会えた。神様の声を聞いた。美しく生まれ変わって、魔法があって、さすが異世界だって浮かれてた。どこか、物語のように感じてた。
信じたくなかったのかな? でも、私は、確かにいま生きてて、好きな人が隣にいて、私の奮闘を見守ろうとしてくれてる。
なくしたくなんてない。でも、じゃあ、過去の私はいいの?
ぶわっと、前世の記憶が押し寄せてきた。
ペタンと座り込んでいることにも気付けない。私は泣き喚いた。
「うわぁーん。おとーさーん。おかーさーん」
私、死んじゃった。すごく単純で、当たり前なことだけど、ずっと認めたくなかったんだ。
「な、なんで泣くのよ。泣いたってどうにもならないのに。こんな、こんな子供が泣いてたら、あたしだって、泣けて、泣けてきて、しようがないよ。うわぁーん」
見も知らないおばさんが、私をかかえて大泣きする。私もよけいに泣けてくる。もう。なにがなんだかわからない。二人して、わんわん泣いた。
人が傷つくってことは、死ぬってことは、なんて悲しいんだろう。
どんな救いが待っているのだとしても、その苦しみはけして消えない。




