偽聖女⑤
○✕クイズじゃないけど、通路を横切って、ずいぶん人が移動したなぁ。もちろん、王太子側に移動した人たちは、見る間に元気になったよ?
トンマーヌ子爵は同じ場所で、まだ頑張ってるけど。
王太子側近の事前説明によると、彼にはもともと、帝国側へ探りを入れる人物、いわゆるスパイの運用を任せていたらしい。ミイラ取りがミイラになってどうするの。
そのせいもあって、近頃のシイル殿下は、バブル期の企業戦士並みに忙しかった。
十代の男の子が目の下にばっちり隈をつくってるのを見ると、さすがに気の毒でね。ついでを装って、何度《回復》させたかしれない。
悪用されそうな勇者はどうにか帰還させた。突き上げをくらうのも覚悟の上だった。それくらい胆の据わった子でも、驚愕しないではいられない事実が、十八時間ほど前に判明。
でなきゃ、こんな非人道な脅しで、貴族たちをまとめようとしたりしないよね。どう考えても、あとで歪がでてくるもん。
私は、自分に降りかかる火の粉を払えれば、それでよかったんだけど、どうせならシイル殿下に力を持ち続けてほしかったし、今回のことを知らせてもらった恩義もあるからね。力業での協力を申し出た。
で、いまの状況。
王様は遠い目をして存在を希薄にしてるけど、大広間の賑やかさのレベルは、前に参加した朝議の時とかわらない。
そこへ、トンマーヌ子爵家の家人が駆け込んでくる。
まあ、冷静に考えれば、この場に、このタイミングで通されてる時点で、王太子殿下の手の平の上ってわかりそうなもんだけど、ここにいる人間のほとんどが、いま、おかしなテンションなんだ。
神の奇跡を見た? あー、はいはい。だーかーらー、そこの奥さん、私を拝まない!
トンマーヌ子爵にしてもこんな状況下で、自分同様、真っ赤な顔してぜーぜーいってる家令を見たら、嫌な予感にさいなまれるよね?
「な、なにごとか!?」
「だ、旦那様! 奥様はじめ、ご家族様、また使用人たちも突然の病に倒れ、そ、その上」
口にすると、よけいに大変なことが起こりそうだと言わんばかりの家令を、子爵が引き寄せ、自分と同様に尻もちをつかせる。二人共、声をひそめるとか、場所をかえるとか、思いつかないほど具合わるいんですかね?
「なんだというのだ!」
「お庭の草花、すべての木々、お嬢様誕生の折に植えられました霊木までもが、すべて、すべて枯れ果てました」
いやー、まあ、念には念をっていうか? ここに呼ばれてくる途中、急ぎつつも、ちょっと遠回りを。空中庭園のひとつから、遠望できるんだ。彼の邸宅。
「ワシが、ワシが間違っておりました! どうか、神よ、ギュベニュー辺境伯夫人を真なる聖女と認め、その導きに従いますゆえ、どうか、どうかお許しを!」
叫んで、ばったと倒れたから、大騒ぎだよ!
えーと。困ったときの神だのみは、異世界でも通じる概念だけど、ケセラサ人はもともと、自力でなんとかするんだって国民性のはず。追い詰めすぎちゃったかな?
自分が偽聖女として裁かれた場合のことを考えれば、悪いなんてちっとも思わないけどね。火あぶり? 斬首? おー、ぶるぶる。
さすがに評議なんて続けていられない。
「しばし、休憩をはさもう」
糾弾されてたシイル殿下の声に従い、ひとまず解散。
私は、その視線の意味をくみ取って、大広間にいるすべての人を癒し、平常の状態に。トイレへ行くついでに、トンマーヌ子爵邸にも《回復》魔法をかけました!
まあ、相手は貴族だからね。喉元すぎればなんとやらで、一晩ぐっすり眠れば気持ちも変わるだろう。でも、下手に信仰とかされても困るから、それくらいでちょうどいいよね?




