春のにおい
男子高校生が4人わちゃわちゃしてる話。
ほぼあらすじな会話メインの話です。
桜はまだ咲いていなかった。
本来なら、この並木は美しい桜吹雪に薄紅色の絨毯が敷かれるのだろう。そして俺たちは涙ほろろに昔話を語りながら本校を後にする。卒業証書を片手に、同級生と記念写真をとり、先生に忘れないでねなんてリップサービスをふりまいて、そうして来たる四月にドキドキとワクワクを携えて「またね」ってドラマみたいにちょっと強めの風が吹く中振り向きながら言う。
本当は、そういうやつ。
「おろろろろーん」
「うるせぇ、黙れ。おれの理想の卒業式を返せ」
「だって律子先生……俺は本気だったんだー!」
「お前が本気でも相手にされるわけないだろ。りっちゃん先生への告白列ができてたのはウケたけど」
「りっちゃんマジで美人だったもんなぁ」
「おろろろろろろーん」
「うるせえ」
学校から駅前まで、ちょっとだけ長い桜並木。毎日、晴れの日も雨の日も風の日も、クラスも部活も違う四人で帰った道だ。男だけで華なんかなくて、彼女ができたとか別れたとかでも四人でわちゃわちゃ笑って泣いて過ごしてた三年間だった。長くて短い三年間だった。
中学の頃は高校生ってなんだか凄く大人だった。小学生の頃に見ていた、ちょっと大人の階段登った中学生とかじゃなくて、高校生というのは自分にとってはもう立派な成人だったのだ。二十歳こそでないけれど、選挙権だってまだなくても、なんでもできて活力的な、そういう理想像を高校生活に夢見ていた。実際自分が過ごしたのはこの悪友共と無為な何の糧になるのかも分からない日々だったけれど。課題で買ったばかりの本を前日にできた水溜りに落としただけで一日中笑えるような、そんな毎日だった。
「そういや交換日記やってよな、高一の時」
「ああ、女子がやってたの真似したやつ? きゃぴきゃぴ書いたわ。オレ結構黒歴史」
「俺ん家あるぞ」
「は? 捨てろよ、ふざけんな」
「リョウジ、初カノのこと書いてたもんな。マジウケる」
「捨てろ。今すぐ捨てろ」
「ヤダよ、成人式に持ってきてあげますぅ」
「キィーーーー!」
愛してるぅ、ってカツミが当時のリョウジの真似をしてゲラゲラ笑う。顔真っ赤にして振り上げられた拳を捉えて長身のソウシが宥める。でも成人式に闇黒呪物を持ってこようとしているのは当のこいつである。
「何泣いてんのカズ」
「……うるせぇ」
「そんなんじゃ警察官になんかなれませんよぉ、おセンチくん」
「うるせえ、殴る」
「まあまあ、写真撮ってこれも成人式にもってきてあげますから」
「なにがあげますだ、うるせえ。皆殴ってやる」
「待って。今回オレ何も弄ってない」
「うるせえ、おれの顔見ただけで共犯だ」
「助けておまわりさーん。ここに暴力魔がいますー!」
「おれが未来のお巡りさんだ」
ぎゃいぎゃい騒ぐ、こんな日も多分最後なのだ。別に連絡手段がないわけじゃない。これからも互いにグループだって個人間だってくっだらないことでメッセで盛り上がるだろうし、なんだかんだで成人式とは言わず理由につけては顔を見せ合うだろう。だけど、制服で、今までのように約束されたかのように会えるわけじゃない。それぞれが違う環境で違う夢に向かって歩いていく。幸いにも各々進みたい道には明確な形があって、そして互いに切磋琢磨し、それに足掛けこの日を迎えることができたのだ。自分たちはきっと多分に恵まれている。だけどそういうのじゃなくて、もっと胸の奥がぎゅうぎゅうと締め付けられるような寂しさが触れられぬほど渦巻いていた。今はもう戻ってこない、とか担任が偉そうに言っていた。あの時はなんとなく流していた言葉が、なぜかいま、無償に自分をかき乱していた。
「うぅ……」
「うわマジに泣き始めた」
「俺さっき泣いたらカズに怒られたのに」
「リョウジのは普通にうるさかった」
「ええ……、ごめん。ほら、カズ、愛してるって。また皆で会おうよ。仲良くしてよ」
「うぅ、おれもみんな愛してる」
「マジでキてんな」
紆余曲折あったけど、きっとこんなのは振り返ったら順調な内の一つなのだろう。大人に守ってもらえない、これからは、自分たちが守っていかなきゃいけない立場に少しずつなっていく。それが誇らしくて、少しだけ恐くて、そしてチカチカと未来が眩しかった。でも、きっときっと、この馬鹿で恥ずかしい彼らは立ち止まった時に手を伸ばしてくれるだろうから。歩き疲れたら共に休んでくれるだろうから。
「あ、ほらカズ。ちょこっとだけ咲いてんじゃん桜」
「マジ? あ、ホントだ。ソウシに抱っこしてもらいなよ」
「ほら」
「うわぁ、良いです。大丈夫です。自分で見れますー!」
指差された方を見る。四輪一房でそこだけ咲きかけていた。何となく自分たちに重ねて、また意味も分からず涙が溢れたらめっちゃ連写された。ウザい。
「並木終わっちゃうよー、ぼちぼち帰んなきゃ」
「いや、クラス会出るだろ」
「だからでしょ、オレとカズはクラス違うじゃん」
「じゃあ、また明日だな」
「明日かよ。良いけど」
来週くらいまでは会えるかなってカツミが言う。そうだなってソウシが言う。リョウジが寂しいなって全然寂しくなさそうに言う。きっと今この瞬間が数年後、十年後、数十年後、おれのかけがえのない宝物になる。
「じゃあ、またな」
桜吹雪ではないけれど、少し強めの風が濡れた頬をひゅるりと吹いた。
何年経ってもいつかこの場所で集まれる日をまぶた裏に映す。
それは、なんて騒がしく美しい未来だろうか。
書きかけでも明るい話を投稿したくて。