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久々の更新です。

生きていました。また余裕あればパラパラ発掘して投稿できたらなぁと思います。


 終わった、そう認識した途端に全身の力は抜けていった。

 隣で同じく呆然としている彼を見やると星が弾けたように目がかち合う。そしてどちらともなくボロボロと涙はこぼれ溢れた。

 いい大人が何をしているんだと思う。でもきっとこれは自然なことで、全くの生理現象なのだから仕様がない。体のありとあらゆる水分を涙生産に使って、もしかして後から「干からびたミイラ状の、男女の遺体が見つかりました」と速報されるかも知れない。それだけは避けなければ、そうして彼の涙を右手で拭えば彼も彼の右手を私に寄せる。それでも相も変わらず私たちの瞳は乾くことを知らず、彼は私を抱き寄せてぎゅうぎゅうと抱き締めた。


「生きてる」

「うん」

「俺らは生きてる」

「……うん」


 確かめるように私も抱き返す。損なわれないように、夢じゃないことを思い出すために。

 きっと二人とも言いたい事、感じてることは一緒だった。けれど口に出さなかったのは、言葉にした途端にそれが稚拙になってしまうことを恐れたからだ。それほどには、この感情は誰にも危められてはいけないものだった。







「それで結局どうなったのよ」


 あんたたちはさ、そう付け足しながら私の数少ない女友達である彼女はコーヒーカップを傾けた。いつもの喫茶店のいつもの席に座る彼女の、細長い指の先はいつも通り整えられていた。老若男女だれしもが思わず振り返るような容姿をして、その淡麗な顔の綺麗な唇を開けて私に問う。


「どうって……どうも……」

「はぁ? まさかこんな事があって、まだ只の素敵な同僚ですー。なんて言うんじゃないでしょうね?」


 彼女は綺麗な口から倒錯的なまでに暴力的な言葉を放つのが好きだ。あぁ、もうそれも前と変わらず。

 私が何か弁解をする暇もなく彼女は思うがままに私に語りかけ続けている。けれど、誰がどう言おうと本当にあれから何も変わらないのだった。あんな事があったのに私たちも、目の前の親友も、世界も、何もかもが日常を歩んでいる。


(何か目に見えて変わったもの……)


 考えて先に脳裏に浮かんだのは、たった一月だけの友人だった。長い栗色の髪を揺らして、淡く遠く微笑む彼女。大好きな人に会うため、ただそれだけのために灯火を最後まで燃やしきった美しい人。


(彼女は会えたんだろうか)


 きっと巡り会えたのだと思う。確信なんてないけれど、さいご、彼女は笑っていたから。どうか、そうであって欲しい。

 そうして思いを馳せて気付くことは、世界が変わらないのではなく、私が変わる事を恐れているのだという事だ。きっと私はだけじゃない、今はここにいない彼だって、いつも優美なこの友人だって、変わらないように大切に握りしめているだけで、きっと等速に進む時間には抗えていないのだろう。


 なら、これからの未来。私が望むのは。


 現を抜かしていれば目の前の彼女にガムシロップの使い切りパックを投げられて、それは見事に私の額に直撃する。油断していたために、残念な声をあげれば周りの人にくすりと笑われた。非常に恥ずかしい。


「酷いよ」

「私を無視した罰だわ」


 ふふっと吐息のように微笑む姿はやっぱり綺麗で思わず許してしまう自分が悔しい。どうあれ美人は役得なのだ、世の中は大変不公平に出来ている。


「まぁ、良いわ。今日は久々に顔が見れただけでも許してあげる。でも次会った時はちゃんと進捗を用意しておくように」

「うぅん……善処します」

「何よバカ。しゃんとしなさい」


 あなた、普通にしてれば可愛いんだから。普通にしてれば。なんて言われてわたしは顔を顰めるしか出来なかった。だって普通ってなんだろう。それが一番難しいんじゃなかろうか。






 話し込んでいるうちに降っていたようで、店の外に出てようやく気付いた私は屋根の向こうを見遣ってため息をひとつ吐いた。天気予報くらいは見るべきよ、と彼女は白い鞄から花柄の折りたたみ傘を出してニヤリと笑う。確かにそろそろテレビは買うべきなのかもしれない。

 仕様がないから家まで送ろうか、そんな話をしていればどこかで見慣れた背高坊主が通りすがりかぬっと現れた。


「……あー、おい」


 声の先へと顔を上げれば、彼は黒い傘を広げて待っている。彼女は空気を読みました、という顔をしてひらりと手を振ると爽やかに去っていった。カツンとヒールを鳴らして歩く様は、後ろ姿もなお艶麗だ。角を曲がるまで見送って、お互いの顔を覗きあう。


「待ってたの?」

「いや、たまたま……。送るよ」

「……うん」


 彼女が言うような、偶然とか、運命とか。私たちにはそんなのどうだっていい。大事なのは今、私の隣には彼が居て、彼の隣には私がいることだった。

 傘が雨を弾いてパタパタと鳴る。彼が少しだけ私の方へ傾けて、雫は左をスルリと落ちた。雨のにおいって結局のところ何なんなのだろうか。土の匂い? 青葉の香り? どうであれ肺いっぱいに吸い込めば、胸を締め付けて視界は滲む。

 なぁ、と彼は言う。


「今度、一緒に部屋でも借りようか。」


 少しだけ驚いて隣を見上げても、平均より幾許か背の高い彼の、正面を向いたその表情はこちらからは伺えなかった。伺えなかったけれど、黒髪から覗いた耳はほのかに赤く、見えた瞬間思わず思いっきり腕を叩く。

 小さく悲鳴をあげて、非難の瞳で此方を見下ろされるが突然そんな事を言う方が悪い。驚いたんだからしょうがないでしょ、そうぼやけば「顔が赤いぞ」と返された。それはお互い様だ。


「新築駅近徒歩5分じゃなきゃ認めない」

「……今は20分上り坂の築40年なのに?」

「あとネコ飼いたい!」

「えぇー、俺は犬が良い……」


 通称心臓破りの坂道を跳ねながら登る。傘からも飛び出て、当たり前のように咎められてもやめる気にはならなかった。明日は晴れるといいな、布団を干してから君と出かけるために。だって部屋探しなら断然快晴の方が良いだろうから。

  変わらないように見えた毎日は、私が否定していただけで間違いなく動いていた。そうして、新しい未来を望むにしろ、恒常的な日々を過ごすにしろ、私たちは少しずつ変わっていかなきゃいけない。時計が壊れても明日はくるけど、今は、だからこそそれで良いんだと思う。振り返って笑う。だってこんなに楽しいんだから、時を止めてしまうなんて勿体無い。

 手を伸ばして彼の傘を奪うと空に投げた。屋根の向こうは雲が切れて、もしかしたら後には虹を拝めるかも知れない。彼は呆れた顔して私の手を拾いあげてぎゅっと握りしめた。

 この雨がすべての灰を流してくれることを願って、私たちは緩やかに道を進む。永くゆっくり歩んでく。

初めて長編を書こうと思って断念した話の一部。というか終話。

今は違う話を書きたいなぁと思ってますが、いつかそのうちこれも拾ってあげたいなぁと脳内タンスの隅っこにおります。


去年はなかなか身動きとれませんでしたが、今年はリハビリしながら少しずつ趣味活動の時間を増やしたいなぁと考えています。

昨年のグダグダな状況にも関わらず見守ってくださった方々は本当に、本当にありがとうございます。


どうか皆さまの一年が良いお年となりますように!

今年も改めてどうぞ宜しくお願い致します。

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