親友
ざりざりと遠慮なく音を立てて歩く様は当たり前に変わらず、一年ぶりに君を見かけた僕を安心させるには十分だった。
近所の境内はこの猛暑でもどことなく涼やかで、幼いころは彼とアイスバーを買っては入口の松の根元に座り込んでいた。ツクツクボウシが五月蠅いくらいに歌を奏でて、もう少しすればヒグラシが笑うだろう。そんな物思いに耽る僕を見咎めるように、全く、と彼は一言呟いた。
「ほんとに変わらねぇよな」
「そうかな」
「昔からつるんでは何所に行くにも一緒だったけど。時間が止まってるようで、何だか涙もちょちょ切れるわ」
何それ、おじさん臭い。笑って返せば彼も笑ったようだった。
一年前もこんな青空だった。抜けるような青が頭上から落ちてきそうで、もしかしたらすでに自分が溺れてしまっているのではないかと錯覚するような。
ざりざりと豪快な音を立てて、僕の前に立つと漸くといったように彼は口を開く。それが普段の彼らしくなく、けれど経った時間を表すようで、どうして胸を締め付けられた。
「一年前、大変だったんだぞ」
お前のおばさんは放心状態だし。でもあの人真面目じゃん?おじさんと隣でしゃんと背筋伸ばしてさ。それが逆に見てて辛かったわ。
彼はそう語りながら僕にアイスバーを一本寄越した。坂の下の出店で売っている、味は変わらずバニラ一筋。これがまた良いんだと、果たして僕が言っていたのか彼が唸っていたのかはもう忘れてしまったけれど。
「なぁ、大変だったんだぞ」
「うん」
「あの日から毎日通ったのに、結局お前起きなかったし」
「……うん」
「電話もらって全速力で走ったんだぜ? てか俺の罪悪感とか喪失感とかマジそういうの考えろし。ふざけんな」
「うん」
「ほんと、ふざけんな……」
一年前もこんな青空だった。抜けるような青が頭上から落ちてきそうで、そうして彼はその日からずっと溺れていたのかもしれない。木々から漏れている木漏れ日は彼の肩を優しく照らすのに、その足元には雨が止まないようだった。溶けるアイスもそのままに、お盆も過ぎた寺の一角で、彼はバニラアイスと花束というには些か小さい菊を携えて一年ぶりに僕のもとへ訪れた。
「ごめんね、ごめん」
謝ることしか出来なくて、抱きしめることもできなくて、その声も届かず僕は彼をただ見つめた。
一年前の今日から、あの僕の葬式から一度も彼が足を伸ばせなかったのは、決して多忙だけではないということを僕はよく知っている。優しすぎる彼はきっと誰よりも自分を責めて、そうして一年経った今日、漸く僕のもとを訪れたのだ。
「馬鹿野郎……」
「うん……」
届かない言葉で、抱きしめられない手で、それでも必死に君へと伸ばす。聞こえなくても、触れられなくても、きっと君には伝わると信じている。
「来月大会だから」
「うん」
「お前が取れなかった金賞、俺がとってきてやるから」
だから、また報告に来てやるから大人しく待ってやがれ、馬鹿。
本当に口が悪く素直じゃない彼は、それでも顔を上げて見えない僕を見据えて言った。
言ったからには最後まで。もういつの日か忘れたお互いに戒めあったあの言葉。忘れたとは思えないから、彼なりの労りの言葉なのだと理解する。
「ふふっ」
当時泥だらけで走り回っていたあの頃を思い出して思わず笑みがこぼれる。彼をみればどこか決まりが悪そうな顔をしていて、その様に笑いが深くなるのは仕様がないだろう。
「ありがとう」
忘れないでいてくれてありがとう。
挨拶に来てくれてありがとう。
たとえ一年ぶりだとしても、それが君にとってどんな決意だったかは僕だけが知っているから。
きっと、綺麗な奥さんができても、子供ができても、孫ができても、おじいちゃんになって痴呆になって訳も分からず放浪するようになったとしても。
それでも君は僕を忘れないでいてくれると信じているから。だから僕はここで笑っていられるんだ。
ありがとう。
どうか今日はきれいな青空だから。
ゆっくり歩いて家に帰ってほしいと思う。
小中学校での指定作文を除けば、私の初めて書いたお話です。6年前、通勤電車で書いた記憶があります。
こんな状況でなければ人目に晒すことなく埋まってたはず。
ちなみにこういう設定大好きなので、今後も似たような話が出てくる可能性大であります。
今も昔も拙いところだらけですが、ネタ集の第一号として投稿させていただきます。