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テケツのジョニー  作者: まんぼう
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第4話

 オイラは場末の寄席のテケツに住む、ジョニーと言うサバトラの雄猫なんだ。寄席で起きる事をこれから話して行くぜ。え、猫が話せるかって? そこは小説の世界じゃないか、堅い事は言うなよな。


 オイラはテケツの姉さんに飼われているのだけど、寄席に来る人間の中にはオイラを可愛がってくれる人も居る。その中の一人に柳亭金魚と言う前座が居る。こいつは女流の噺家なのだが未だ入門してそれほど経っていない。所謂前座という訳だ。オイラに、たまにだがオヤツを買って来てくれてるので、一応贔屓にしてやってるのさ。

 ある日のことだった、金魚が寄席にやって来た。金魚が寄席に来るのは珍しい事ではない。前座の仕事があれば十日間通わなくてはならない。昼席だったら午前十時あたりに入って、トリが終わるのが午後四時半前後だから、掃除等をして夜席の前座に引き継ぐ五時あたりまでは仕事をする。

 一応前座には手当が出るのだが、昼席や夜席を一日勤めたとして千円しか貰えない。昼と夜両方勤めれば二千円になるが、十二時間以上働いて二千円は安すぎる。それが寄席の仕来たりならばオイラが口を出す所では無い。

 その代わり、前座は何かあると師匠や先輩から小遣いを貰える。トリを取る師匠からも少ないが毎日貰えるし、正月などは大勢の師匠からお年玉を貰えるのだ。その他に大きな落語会や師匠や先輩が主催する独演会や落語会等で前座の仕事を頼まれるとそれは別に手当を貰える。この場合は千円では無いらしい。一応かなりの額をくれるそうだ。そんなこんなで前座はやりくりしている。

 それに師匠の家に行けば、ご飯は食べさせて貰えるのが落語界に決まりでもある。だから前座は寄席に行く前に師匠の家に行き、掃除や雑用をして師匠の家族と一緒に朝御飯を食べるのだ。この点で、弟子は師匠よりも師匠の女将さんに気に入られないとならないと言われている。そうだよな、中には師匠より女将さんとの付き合う時間が長い場合があるのだからさ。

 そんな少ない収入の中からオイラにオヤツを買って来てくれるのは金魚だけなんだ。金魚は今日は前座では入っていない。時間的にも中途半端だし、こんな時間に来るのは珍しいと思った。

 金魚はオイラの姿を認めると抱きかかえて

「ジョニー。今日から小金ん師匠に噺を教わるの。旨く覚えられるか傍で見ていてくれる?」

 そんな事を言う。小金ん師匠というのは柳家小金んと言って古典落語の名手だ。金魚とは噺家のおじ姪の関係になる。金魚の師匠が小金ん師匠の弟弟子だからだ。

『何の噺の稽古だろう』

 そんな事を思ったら、金魚はオイラの考えが判ったのか

「あのね。私の名前が金魚だから『金魚の芸者』を覚えて将来のウリにしなさいって言ってくれたんだ。あの噺って今まで誰にも教えなかったのに……。だから私、嬉しくって」

 そうか、「金魚の芸者」というのはオイラも聴いた事はある。要するに金魚の恩返しの噺で、助けて貰った金魚が飼い主に恩返しで芸者になるという噺で、何とも不思議な噺だったのを覚えている。

 オイラからしたら金魚なんぞ、さっさと食べてしまえば良いと思うのだがな……他の猫から聴いた限りでは、どうやら金魚は余り美味しくないらしい。

 金魚はオイラを床に放すと鞄から何やら取り出した。どうやらオイラの好きなオヤツらしい。

「ジョニー。これは傍で聴いていてくれるお礼代わりよ」

 金魚は、オイラのオヤツ用の小皿にペースト状のものを流し入れてくれた。肌色のそれは怪しくオイラには映る。これは「チュールー」と言ってペースト状の猫のオヤツなんだ。抜群の旨さで、オイラはこれが大好きなんだ。

「さ、食べて!」

 出された小皿をオイラは遠慮なく食べる。旨い! 本当に旨い。世の中にこんなに旨いものがあるなんて、向かいのパチンコ屋の猫のサガシやこの辺りを縄張りにしている野良のパピヨンには判るまい。極楽極楽!

「じゃぁお願いね!」

 金魚はそう言うと稽古部屋に上がって行った。姉さんが来て

「ジョニー美味しいもの貰って良かったね。ちゃんと仕事するのよ」

 そんな事を言って背中を撫でてくれる。背中は尻尾の付け根あたりを撫でられると堪らなく気持ち良いのさ。姉さんはその辺りも良く判っているな。

 やがて小金ん師匠がやって来た。今席は昼席の中入りとなっている。中入りはトリの次に重要な出番で、これも大事な役となんだ。

「おはようございます! お疲れさまです!」

 寄席の従業員や帰ろうとしていた噺家や芸人が一斉に声を揃えて挨拶をする。それを見ただけでも小金ん師匠の人望や地位が判ろうと言うものだ。

 勿論、着物に着替えていた金魚も出て来て挨拶をする。そんな金魚を見た小金ん師匠は

「出番が終わったら、稽古部屋に行くから待っていなさい」

 そう言って楽屋に消えて行った。

 金魚はオイラを抱きかかえると二階の稽古部屋に向かった。階段を登りながら

「小金ん師匠は普段は優しいのだけど、稽古の時は本当に厳しいんだよ」

 以前、金魚から聞いた話では、金魚の最初の稽古は小金ん師匠がつけたそうだ。何でも金魚の師匠は自分の変な癖が移ってはいけないと言う事で、最初の稽古は兄弟子の小金ん師匠に頼んだそうだ。だから金魚は小金ん師匠の厳しさも良く判っているのさ。


 小金ん師匠の噺が終わり前座の「お中入り~」という声が太鼓の音と共に寄席全体に響き渡る。緞帳が降りて休憩になる。この時間は寄席によって若干違っていて十分が普通だがウチは十五分となっている。十分ではこの時間にお弁当を食べる人でも時間が足りないのと、休憩時間が増えれば売店の品物もそれだけ売れるというものらしい。

 稽古部屋で金魚の膝に抱かれながらも、聞こえて来る声で寄席の様子は判るのさ。

 すると着物姿のままの小金ん師匠が稽古部屋に入って来た。本当はお互いに着物姿でなくても良いそうだが、小金ん師匠は拘るみたいだ。確かに着物に着替えれば噺家も気合が入るというものなのだろう。

「よろしくお願い致します」

 金魚は畳に手をついて頭を下げた。

「じゃ始めようか」

 小金ん師匠の声に金魚はバックから小型のラジカセを取り出した。師匠にもよるが、小金ん師匠は録音を許可しているみたいだ。中には許さない師匠もいる。

 金魚が録音の赤いボタンを押すのを確認して小金ん師匠は語りだした。今日は最初だから金魚が話すことは無い。

 噺が進む……。やがてサゲになった。

「声が(鯉が)いいねえ~」

「元が金魚ですから」

「お粗末さまでした」

 サゲを言って噺が終わった。

 金魚が頭を下げる。その後、この噺の注意点が小金ん師匠によって金魚に語られた。その内容は企業秘密になるので詳しくは書けないが、オイラにとっても面白い内容だった。

「兎に角、あたしとしては、折角、師匠が金魚という名前をつけたのだから、この噺を受け継いで欲しくてね」

「ありがとうございます! 必ずものに致します」

「うん、ちゃんと録れているね。稽古するんだよ」

「はい! ありがとうございました!」

 その後、小金ん師匠は楽屋で着替えて出口に向かった。そこまで見送る金魚。寄席ではもうすぐトリの師匠が上がろうとしていた。

 夏の夕日がやけに眩しく感じた日だった。

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