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お種さん

作者: ベスタ
掲載日:2018/06/07

筆者が書いている、マーマンシリーズとは関係性が全くない作品となっています。

 今よりほんの昔。

 皆さんのお爺さんお婆さんの、もう一つ上のお爺さんお婆さんが暮らしていた時代。


 海にほど近い境の港町。その松の大樹の根元に、お種さんというものが住んでいた。


 女ながらに大層気の強い娘だった。

 そのくせ世話焼きなところもあるもんで、人々はお種さんを慕って頼りにしていた。



 さて、境の港は海の町。とはいえ砂浜の向こうには大きな半島があり、渡し船も頻繁に通っていた。

 港町なので船で遠くへ行ってとってきた魚はとなりの街で売り払ったり、地引網で取れた魚は町のみんなに振る舞われ、そんなにお金がない割にはみな気のいい者たちで賑わっていたそうだ。





 その日は夏の天気が良くて、雲一つない晴れあがった、気持ちの良い日だった。

 今日も今日とて幾人かの男と女たち、それに沢山の子供達が海に放り込まれたあみをひっぱってひっぱって、魚をとっていた。

 海からはこれまたいくつかの船が、それ引け、やれ引けとはやし立て、その声に合わせてみんなが汗だくになってひっぱっていた。

 田舎なもので、町の楽しみといえば賭け事、お酒、それとこの地引網くらいだったらしい。


 さて、ずるずるずるり、とみなが力を合わせてあみを引き上げると、ついに魚の群れが頭を現し出した。


「あれまあ、今日もいっぱいだねぇ」


 どこかの奥さんが歓声をあげる。

 それにひかれたように網が一気にずずずっと音を立てて陸に上がった。


「あらぁ、きょうもやったねぇ」

「やった!」

「ごちそうがいっぱいだ!」


 子供達のはしゃぐ声が聞こえ、あたりは歓声に包まれた。

 黄色い声に野太い声もいくつか混じってはいるが、それは十分に楽しいと思える光景だった。

 お種さんは汗をかいた額を手ぬぐいで拭いて、そんな光景をどこか眩しそうな様子で眺めていた。

 そんなお種さんを見つけた近くの女将さんが寄ってきた。


「お種さん、そんなところにいたのかい。早く取らないといいのがなくなっちまうよ」


 そんな調子でお種さんの手をむんずとつかんで魚の群れに連れて行く女将さん。

 そこでは歓声に混じって魚たちが元気よく跳ねていた。


「あたしは今回は綱を引っ張っただけさ。少しでいいよ」


 遠慮するお種さんに女将さんは首を振っていった。


「それはちがうね。あんたのおかげできっと今日も大量だったんだから。だからあんたはしっかり貰わないとね」


 そういっておけにぱっぱっぱといくつか見繕って入れる。


「ああ、今日は鯛もあるじゃないか。めでたいから入れとくよ」

「女将さんにゃ敵わないね。ああ、そこの雑魚も入れといておくれ」


 女将さんが鯛をおけに放り込むと、お種さんはさらに奥の小さい魚も要求した。

 あたりから笑い声が響き、女将さんは笑顔で答えてくれた。


「あいよ」

「どうも、ありがとね」


 お種さんはおけを受け取ると、女将さんに礼を言ってその場を離れた。

 地引網はそれを見物していた子供達にも振る舞われる。今日の晩飯は魚料理となるだろう。

 ワイワイと賑やかな砂浜を抜け、松林を抜けた頃、ひとりの男がお種さんに寄ってきた。


「あれあれ。今日は大量だねぇ」

「三太郎じゃないか。あんたがこんなところまで出張ってくるなんて珍しいこともあったもんだ」


 お種さんはそのぼさぼさ頭の三太郎を見て、すこし嫌な顔をした。しかし、三太郎も三太郎で、そんなお種さんの事情などつゆほども気にせずお種さんにすり寄っていた。


「いやぁ、ここのところまともな飯を食っていなくて。腹が減って腹が減って死にそうなんだ」


 ぐぅ


 三太郎の言う通り、と言わんばかりに三太郎の腹が声を上げた。やれやれと、お種さんは先ほど取れたばかりのいくつかの魚を、三太郎に渡してやった。


「ありがてぇ」


 三太郎は喜び勇んで魚にかぶりついた。

 活きの良い魚だったので三太郎は非常に美味しそうに2、3匹をペロリと平らげてしまった。


「ああ、こりゃあうめぇ」

「そうかい。そいつはよかったね」


 お種さんはため息をつきながら三太郎が食べ終わるのを待っていた。三太郎はひと心地をついた後、膨れた腹をぽんとたたき、げふぅ、と盛大なゲップをもらした。


「こんなに腹がふくれるとたぬきになったみてぇだ」

「はいはい。他の2人はどうしてるんだい?」


 お種さんは三太郎に久々にあったので、他の2人についても聞いてみた。

 三太郎は上を向いてうぅんと、ひとつうなった後、思い出したように語り出した。


「二郎作のやつは賭博場の周りをうろついて、景気のいい旦那のおこぼれをもらってるはずだ。小女郎のやつは今も街のお大尽様に目をかけてもらって左うちわだ」

「あいつらは変わらないねぇ」


 二郎作は機転の効くやつで、悪くいえば小狡いやつだ。だが、憎むに憎めない。元々うまくやるやつだった。

 そして、それよりも上手くやってるのは小女郎だ。街へでていってその美貌で気前のいい男をたらしこみ、養ってもらうのだ。お種さんにはとてもではないがそんな真似はできない。男に媚びを売るのはどうにもできないお種さんであった。


「みんなげんきでやってるようだねぇ」

「おれらよりもなんぼも上手にやってるよ」


 そういってそこらの草むらに寝っ転がるお種さん。今日は朝から地引網で疲れたのだ。楽しいことが大好きなお種さんは昔からよく地引網に参加していた。


 そんなお種さんを三太郎が覗き見る。

 お種さんはそんな三太郎を下から見上げて不思議そうな顔をした。


「なんだい。まだなんか用事があるのかい」

「ああ、お種さんなら飛びつきそうな『楽しいこと』があるなぁ」


 そう言った三太郎はにんまりと悪そうな笑顔を作った。

 ほほうとこれまたお種さんも悪そうな笑顔を作る。


「そいつぁどんなことだい」


 がばりと起き上がるとあぐらをかくお種さん。そんなお種さんに顔を付き合わせる三太郎。


「おうおう、それがなぁ。街の方から正太爺さんが半島の方に帰って行くらしい。どうやらお土産を持ってるらしいぞ」

「ほうほう。そいつぁ面白そうな話じゃないか。正太爺さんもお土産がなくなりゃさぞかし驚くだろうねぇ」


 ニヤニヤと悪い笑顔を作って話し合う2人だった。


 言い忘れていたが、この2人。他の人間のように酒も賭けもしやしないが、ひとつだけ止められない事があった。

 それはいたずら。

 人が慌てふためく姿を見た日には、胸の支えが取れたようなさわやかな気分になって随分と楽しい気持ちになる。止められないし、止めるつもりもありゃしない。


「正太爺さんは昼になってから渡し船を使うらしいぞ」


 それを聞いたお種さんは三太郎と一緒に正太爺さんを待つこととした。






 正太爺さんは2つ隣の街へと出稼ぎに出ていた。

 久しぶりに家に帰ることになって、お土産に羊羹なんて洒落たものを買い、家路についていた。


「こいつは喜ぶじゃろぅ」


 家にいるだろう子供一家の喜ぶ顔を想像して、正太爺さんは自然と早足になっていた。

 船の渡し場まで一直線の道があればいいが、すこし遠回りになる。気が早っていた正太爺さんは近道の草むらの中を通ることにした。


「ずいぶん深けぇ草むらだ」


 その草むらは正太爺さんの背丈ほどもある草むらだった。

 おいせこらせと草をかき分けながら進んで行く。

 すすむすすむすすむ。


「はぁぁぁ。あれぇ、おかしいなぁ」


 正太爺さんは途中で気がついた。どうにもこうにも、どれだけ進んでも船の渡し場に行きつく気配がない。これは困ったと辺りを見回すと、つい先ほどてっぺんにあったお天道さんがいつのまにか西に傾いていた。


「ああ、こりゃいかんこりゃいかん。近道のつもりがえらい遠回りじゃ」


 急いで進むとすこしひらけた広場があった。手頃な石もあったので荷物を降ろしふう、と正太爺さんは一息をついた。空を見るとお天道さんは西に消えて星がまたたいていた。


「ありゃ。さっきまでまっ昼間じゃったに、なぁんかおかしいのう」


 正太爺さんは不審に思い、辺りを気をつけていた。


 するとどこからともなく1人の年老いた尼さんが杖をついて歩いてきた。

 ひどく弱っているのかヨボヨボと歩いてきて、正太爺さんに気づくと声をかけてきた。


「やあやあ、こんばんわ。こんなところで野宿ですか」

「ああ、急に日が暮れてしもて。野宿せにゃなりませんわ」


 正太爺さんは疲れ切っている尼さんを可哀想に思って座っていた石を譲ってあげた。


「あれ、ありがとうねぇ」


 尼さんは石に腰掛けると、ふぅとため息をついて休んだ。

 疲れていそうな雰囲気だったので正太爺さんは肩を揉んでやろうと思った。


「どれ、お疲れのようじゃ。ひとつ、肩でも揉んでやろうか?」

「ああ、ありがたい。では1つ甘えるとしましょう」


 尼さんが受けたので正太爺さんは尼さんの肩を揉もうと後ろに回った。


 とんとんとん


 正太爺さんが肩を叩いてやると尼さんは気持ちよさそうに目を細めた。


 とんとんとん


 そうやって叩いていると、正太爺さんの鼻にぷぅんと良く嗅いだことのある臭いが鼻をついた。それは魚の臭いであり、生臭い臭いだった。


 とんとんとん


 正太爺さんは急に日が暮れたこと、いつまでも渡し場につかないこと、いきなり現れた不審な尼さんと怪しい事が続いて警戒した。

 そして、自然と1つの結論にたどり着いた。


(ははぁん。こいつぁお種さんの仕業だな)


 とんとんとん


 お種さんは鼻がいい。

 どこかで正太爺さんが羊羹を持っているのを知ったのだろう。おどかして羊羹を取っていこうという腹に違いない。


 さて、そうと分かれば正太爺さんは容赦をしてやる必要がなくなった。


「そぉれ!」


 どすんどすん


「あれまぁ!!!」


 正太爺さんが強く肩を叩いてやると、尼さんはぴょいと飛び上がって、悲鳴をあげて逃げていった。正太爺さんは笑って、逃げる尼さんに声をかけてやった。


「はっはっは!! おおぅい、お種さん!! あんまりイタズラするんじゃねえぞぉ!!」


 その途端、空は昼に戻り、背丈ほどもある草むらはくるぶしほどの野原に変わっていた。

 近くを通った人が声を掛けてくる。


「ありゃ、どうした正太爺さん。そんな野原で大声出して」

「ああ、お種さんにイタズラされちまったよ」


 正太爺さんはその人に答えると、その人は笑って言った。


「あっはっは! お種さんじゃしょうがねえなぁ」

「しょうがねえしょうがねえ!」


 2人は笑いながら、ふと正太爺さんが荷物を見てみると、羊羹がすこしかじられていた。

 そして、荷物の中に見覚えのない鯛が丸ごと1匹入っていたのだった。

 それを見た2人はまた、大笑いした。


「ありゃあ! こりゃまた見事にやられたもんだ!」

「はっはっは! こりゃ一本取られたな!」


 正太爺さんはひとしきり笑うと笑顔で家に帰っていった。





 日が沈むとお種さんは住んでいる松の大樹の木下でのんびりしていた。

 この港町では夜になると一気に暗くなる。人も家もみんないなくなったように暗くなってしまう。なので夜の移動はとても危険なものだった。


「お種さんお種さん、聞いておくれよ」

「おや、女将さんじゃないか。どうしたい、こんな時分に」


 暗い中、提灯ひとつひっさげて昼間のおかみさんが顔を出す。お種さんも何事か、と外に出ると、大層ご立腹な女将さんが立っていた。


「ウチの主人ったら漁から帰ってきて、その足で賭け事をしにいっちまったんだよ。生活費まで持っていっちまうんだからたまったもんじゃない。ちょっと懲らしめておくれよ」


 女将さんがほとほと困っているようなので、お種さんは胸を張ってどんと叩いた。


「よし、任せておくれよ。二度と夜遊びはしないと言わせてやるよ」

「ああ、じゃあ頼むからね。お種さん」


 そう言って女将さんは家に帰っていった。

 お種さんは、さてと、とニンマリと笑うとイタズラのために準備をするのだった。





 五兵衛は賭けに勝っていた。

 勝った勢いで酒をしこたま呑んで、いい気分で帰っていた。

 提灯ひとつで千鳥足。

 真っ赤な顔で下手な歌でも歌いながら帰り道を歩いていた。


「きっとかあちゃんもよろこぶぞぉ」


 五兵衛は家で待っている女房の喜ぶ顔を想像しながら上機嫌で帰っていた。なにせ賭けに勝っているのだ。負ければ怒られるかもしれないが、勝って倍以上にはしている。女房は普段しけた顔しているが今日は許してもらえるだろう。


 五兵衛はゆらゆらと揺れながら松の大樹の前を通った。


 その時、ひゅうと風が吹き、五兵衛の持っていた提灯の灯りがふっと消えてしまった。


「おいおいおい。こいつぁ縁起でもねぇ。暗くなっちまったじゃねえか」


 辺りは真っ暗である。

 歩くにも一寸先は闇。今と違って電灯や街灯なんてない田舎の街。夏とはいえやけに寒い風が吹くので五兵衛はぶるりと身を震わせた。


「こりゃあ、こまったなぁ」


 酔った勢いでそのまま家路につく五兵衛。しかし、先ほどのいい気分はすっかり消し飛んでしまい赤い顔で慎重に帰っている五兵衛だった。


 ふと、五兵衛のいくらか先に灯りがぽつぽつとついてるのが見える。


「おお、こりゃ助かった」


 五兵衛はすがりつくようにその灯りに近づいていった。


「誰ですか?」


 女性であった。

 しかもこんな田舎町じゃ滅多に出会えない美人だった。


「怪しいもんじゃねえです。ちょいと灯りが消えて困っちまってて、灯りを分けちゃくれませんか」

「それはお困りでしょう、はいどうぞ」


 提灯を貸してもらった五兵衛はロウソクの火を分けてもらい、火を移し替えた。自分の提灯に火がともり、ようやくひと心地をつく。


「ああ、これで大丈夫だ」

「それは良かったです」


 五兵衛が顔を上げて、その綺麗な女性に礼を言おうとすると、その女性はこちらに顔を向ける。

 そこにはそれまであった、美人の顔は無くなっていた。

 目は大きくランランと光り、口は耳元まで裂け、歯は全てギザギザの牙となっていた。


「ひぃぃ!!」

「あっはっはっはっはっは!!!!」


 肝をつぶした五兵衛は大きく尻餅をついた。バケモノの笑い声が聞こえてくる。五兵衛は生きた心地がしなくなり大慌てで提灯を持つと走りだろうとする。その瞬間、


「ふっ!」


 バケモノが息を吹きかけせっかく点いていた提灯の火が再び消える。もはや灯りはバケモノの持っている提灯のみであり、バケモノの顔がぼうっと浮かび上がっていた。

 五兵衛は明かりのついていない提灯を手に持ってがむしゃらに自分の家に走って帰った。


「うわあぁぁぁ!!!」

「はっはっはっはっはっは!!!!」


 バケモノの笑いが追いかけてくる。後ろを見るとバケモノの顔が灯りに照らされてまだ追いかけてきていた。


「ひいっひいっひいっひいっ!!!!!」


 五兵衛は息も絶え絶えになんとか家に帰ってくると、自分の女房を叩き起こした。


「かあちゃん!! かあちゃん!!」

「なんだい、うるっさいねぇ」


 女将さんは眠たい目をこすりながら、起き上がる。顔面蒼白な五兵衛が震える手で玄関を指差す。


「ば、バケモノが、バケモノがでたぁ」

「バケモノ? そんなもんいるわけないでしょ」


 女将さんはそういうが五兵衛は女将さんに怒鳴り散らす。


「本当に出たんだ!! 現にほれ!! 提灯も消されて……」


 五兵衛が突き出した提灯にはあかりが灯っていた。五兵衛は拍子抜けしたが、女将さんは気づいた。


(ははぁ。こりゃあお種さんだね。今度また、ご馳走をあげようかねぇ)


 女将さんは誰の仕業か気づいたものの、あえて言わずに五兵衛を叱りつけた。


「あんたが勝手に賭け事なんかしに行くからだよ!! 今度は殺されても知らないからね!!」


 そう言われた五兵衛はびっくりして、震えて女将さんに大声で約束した。


「もう、もうしねえ! 夜遊びなんてこりごりだぁ!!」





 お種さんは松の大樹の根元の巣穴で、朝にもらった雑魚にかぶりついていた。


「あぁ、明日は何をしてやろうかなぁ」





 お種さん。別名、お種狐。


 義狐として町のみんなから親しまれていた狐だが、今はその存在を知る者は少ない。

地名がバッチリでていますが

某妖怪の大先生の出身地です。


名前に関してはがっつりフィクションです。

出来事に関しては参考にした話があるため半分フィクションです。

二次創作ではないはず。

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