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いつの時代でも、
人の悩みが共通するように、
どこの世界でも、
住人の悩みは共通するものである。
(サウス・カッハ/安らぎの国在住/学者)
〇
「――ユキ」
突然名前を呼ばれた少女の肩が、びくりと上下する。振り返ると、白い壁が延々と連なる廊下の先に、姉巫女の姿があった。微笑んでいる。
「はい」呼びかけに応える。天井の高い一本路に、声が幻惑のごとく反響する。「姉巫女様」
「試験の結果、他の巫女より聞きました。――あまり気を落とさぬよう」ユキより少々背丈のある彼女は、穏やかな笑みを口元に湛えながら、滑るように距離を縮めた。「評価は往々にして、時の運に左右される定めです。意にそぐわない結果だったとしても、もし自分を責めているようであれば、お止めなさい。自責も、度が過ぎれば自傷となり得ます。実に、無益なことです」
二人の身体が交差する。桜色の唇が、耳元で囁く。どこか官能的で、脳が痺れる響き。
ユキは、顔が赤くなるのを必死に堪えた。「――はい」
「確か、三度目でしたね? しかし、巫女試験には信心ある限り何度でも挑戦できます。決して諦めないでください。私も、微力ではありますが、陰ながら応援していますよ。いつだって、私は貴女の味方です」
どこまでも慈愛に満ちた声。
「ありがとうございます」鼻の奥にツンとした刺激を感じる。瞬きをすると溢れてしまいそうで、目に力を込める。「勿体ないお言葉です。感謝致します」
「フラハ母神のご加護あれ」
姉巫女は優雅な仕草で一礼すると、夢に舞う蝶のように音もなく歩み去った。
そして、一人だけが取り残される。
再び世界は清浄で静謐で、――それでいて限りなく無機質な表情に戻った。
潔癖なはずの白い壁は、まるで遺体に施す死に化粧のごとき、虚構の清潔さを露呈する。延々と横たわる長い床も、高い天井も、開放感を感じさせるどころか、際限のない真白な時空的狭間に閉じ込められているようで、冷えた氷のような不安を喚起させる。
例えるなら、まるで健常者を錯乱に追い込むための、悪魔的監獄。
あるいは、すでに精神に異常を来した者を強制収容する、瘋癲院。
いや――いずれにしろ大きな違いはないのかもしれないと、ユキは思う。自分が狂っていてもいなくても、世界の在り方に対して、自身が異質な存在である事実に変わりはないのだから。
世界が正常であれば己が異常、世界が異常であれば己が正常。
その明確な隔たりが埋まることはない。
「なんで?」
なんで私だけが――と、思わず零れた独り言は業火で炙ったような熱を帯び、真黒に煤けていた。